オマエのような村娘がいるか

 ミレイア・エルヴェシウス侯爵姫は、幼いころ、魔族に捕らえられそうになった。

 牢に閉じ込められているところを、老勇者トゥーリに救われる。

 年老いたか細い手の平で頭をなでてもらった感触は、今でも忘れられない。

 それ以降、勇者のことを慕っていつかお役に立ちたいと思うようになる。


 だが、手紙には即興で

「近隣の村に住み、子どもの頃に魔族から救ってもらったのがきっかけで、冒険者になった」

 と嘘を書いた。

「結局男爵様のことをあきらめきれず、メイドにジョブチェンジ」

 という偽シナリオをでっちあげる。


「トゥーリ男爵様に認められる日を夢見て、ワタクシはトレーニングに明け暮れました」


 ソファテーブルに向かい合わせになりながら、ミレイアはクーゴンに過去を聞かせた。


「うむ。確かに紅茶の淹れ方は合格としようか」

 クーゴンは、ミレイアの作った紅茶セットに満足げである。


「違いのわかるゴリラで安心いたしました」



「オマエを今すぐ、お貴族様の親御さんへ突き返してもいいんだぜ?」



 口の減らないゴリラだ。黙って焼き菓子でも食ってろ。


 待てよ、ゴリラは今、なんと言った? お貴族様だって?


「何をおっしゃいますの? わたくしはヴェスタ村の||」


「オマエのような村娘がいるか」

 クーゴンが、ミレイアの足元を指差す。


「いやらしい目で覗かないでくださいまし」

 ミレイアは足を閉じた。

 ミニスカメイド服なんて下品な服装など、着てくるべきではなかったか。


「アホか。トランクを見ているんだ」


「トランクですって?」

 足元に置いていたトランクに、ミレイアは目を移す。


 水牛モンスターの革で作られたこの旅行かばんは、ミレイアのお気に入りだった。

 ショーウィンドウで見かけて即買い。


 丈夫で雨にも強い上、盾にもなるというスグレモノである。



「どこの世界に、そんなゴツい牛革のトランクを持った村人がいるんだ?」



「は、ふ、ほ」

 嫌な汗が、赤い勝負下着を濡らす。


「こ、これは、拾ったのですわ!」

「名前が刺繍してあるぞ。届けに行かんのか?」


 やってもーた! ミレイユは自身のツメの甘さを恥じた。


 いつか冒険の旅をするときは使おうと準備していたのである。しかし、こんなクソ高級品、その辺に住む村娘が買えるわけがなく。


 だが、トランクだけでこのミレイアの身分を見破るとは。

 

 このゴリラ抜け目なし、と責任転換する。


「どこのご令嬢だ? 王女か、皇女の類か? 聖女かもな」

 

 正確には、聖女だ。


 エルヴェシウスは聖女の家系で、父も他所の国から迎えたお婿さんである。

 聖女は自身を守る必要があるため、トレーニングには事欠かなかった。

 

 魔物にさらわれそうになったのも、聖女を幼いうちから誘拐し、魔王の配下として教育するためだろう。


 今なら、魔族をこちらが教育できるレベルにまで達しているが。

 

「ご想像におまかせしますわ」


「あくまで口を割らぬか。では、そのご令嬢がなぜ野盗を軽く捻り潰せるまでに成長した?」


「生活レベルが、修行でしたから」


 護身術というレベルではない、過酷な修練を積んだ。並の冒険者など、及びもつかないほどの。もちろん、花嫁修業も。


「そうか、どこぞの聖女か修道女だな? 金があるし、すぐ抜けられたんた。きっと聖女だろう」

 また、見破られた。まったくもって抜け目がないゴリラである。 


「だが、おそらく何不自由なく育てられたはずだ。そんなお前さんが、どうしてここになんか? ここは、想像を絶するほど危険だぜ」


「あやうく、少年と結婚させられそうになったのです」

 とある貴族の少年との見合いを、親が勝手にセッティングしてしまったのだ。


 ミレイアは侯爵家を飛び出した。

「年下はお呼びじゃないの」と、書き置きを残して。


「『あの女は、谷底ヘ誤って落ちて死んだ』と、方々へふれてまわりましたわ。裏工作はバッチリですの」 


「とんでもない女だ」

 クーゴンは頭を抱える。


「何をそんなに考え込んでるのです? どこかに不安となる要素が、ございましたか?」


「不安要素しかないのだがな!」

 紅茶を飲み干し、クーゴンは立ち上がった。


「ここは『おもしれー女』と言いながらフッと笑って、採用する流れでは?」


「その度を越したポジティブ思考は、どこから湧き上がってくるんだよ?」

 肩をすくめながら、クーゴンは玄関を指差す。 

「認識阻害魔法を見破ったことは、褒めてやる。さすが冒険者だ。だが、採用するかどうかとなると話は別だ。勇者の顔を見て気が済んだろ? 出口はあっちだ」


「いいえ。採用していただくまで帰りません」

 負けじと、ミレイアも席を立つ。 


「このミレイア、男爵様がお望みとあらば、専用の●器となる所存!」

「兵器の言い間違い、だよな?」

「セ〇〇○マシーンにだって!」

「セントウマシーン、だよな?」


 スキンヘッドの額を搔きながら、クーゴンは眉間にシワを寄せる。


「とにかく出ていけ。退職金ならたんまりやる。オレのポケットマネーからになるが」

「お金なんて結構ですわ」


 盗賊の引き渡しでシコタマ稼いだし、蓄えもあった。当分食うには困らない。公爵家とここへの往復なら、あと二週は楽にできるだろう。

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