<五章:暗い海> 【01】


【01】


 あたしと魔王様の討論は、気付いたら六時間を超えていた。

 喉がカラッカラで痛い。夜の気配を感じる。爬虫類二人は途中退場した。

「ま゛、魔王様。続きは明日にしませんか?」

「えー楽しくなってきたから、もうちょっと話そ?」

「自分、魔王様と体の基礎が違うので」

 水分と栄養を補給しないと倒れる。

「やっと一区切りついたか」

 背後から声。

 人骨が立っていた。スケール様である。

「よくもまあ、数時間も似たような話を続けられるなぁ」

「大事な話よ!」

 魔王様は元気よく怒った。

「大事な話も大事だろうが、坊主は女同士の不毛な争いを長時間見物してどんな感想をもった?」

 スケール様の後ろには勇者さんがいた。顔色が沈んでいる。

『ちょ!』

 あたしと魔王様は同時に声を上げる。口論を見られるとか、保護者が絶対にやってはいけないことである。スケール様も止めればいいのに何を傍観しているのか。

「喧嘩はよくない!」

『………………はい』

 魔王様と揃って返事をした。何も言い返せない。

「保護者として保護対象の未来を心配するのは当たり前として、だがそもそも本人を交えないと無意味だろ」

 骨も正論を吐く。

「私たちは、ほら、それであれで」

「魔王様、はっきり言葉にしないと伝わらんぞ」

 しっかりした感じで、スケール様は魔王様に言う。

「伝わる伝わらないとかの問題じゃなくてね」

「伝えるのが一番大事だ。俺も肉があった頃は妻子がいた。そういう男の意見と言えば、伝わるか?」

 スケール様に妻子いたとは初耳である。しかし、それを聞いたせいで妙に説得力が増す。

「魔王様、眼鏡、ほら坊主も、言いたいことを言ってやれ。他人の望みも良いが、本人が望む挑戦が一番だ」

 スケール様が勇者くんの背中を押した。

「眼鏡ちゃん、先言うる?」

「言うります」

 疲労でやや言葉がおかしい。

「あたしは、勇者さんにそのままでいてほしいです。今のまま、優しくて強い子で成長してください」

「わかった!」

 あ、決まってしまった。

 もう聞く必要はないと思うが魔王様は言う。

「私は、勇者くんに勇者を辞めて欲しいわ。君はまだ子供よ。仮に勇者をやりたいのなら、大きくなってから。それまでは毎日健やかに、安全に、楽しく気ままに生きて欲しいの」

「わかった!」

 え、それも?

「じゃ、ボクだな!」

 勇者さんは、いつも通り元気よく言う。

「みんなに仲良くしてほしい。ここで、魔王とお姉ちゃん、他のみんなと出会って、美味しいものを食べたし、楽しい遊びもした。王様がいうような、悪い奴らじゃないってわかった。だから、ほかのみんなにも魔王たちが悪い奴らじゃないって伝える」

「勇者さん、流石にそれは危険です」

 あちらの国に裏切り者と呼ばれるだろう。勇者といえども、いや勇者だからこそ酷い裏切り者として扱われる。

「良い手かもね」

「え、魔王様?」

 勇者さんの身を案じていたのに、こんな危険を許すとは。

「勇者くん約束して、説得ができないと思ったら、少しでも無理と感じたら、すぐにここに帰って来ると。私たちに意見を求めると。約束して、決して一人で悩まないと」

「わかった。約束する」

 勇者さんは、真っすぐに魔王様を見て答えた。

 失敗は目に見えている。だから、その後こちらに取り込もうというのか。

 反論するほどの意見はないが、複雑な気持ちだ。

「自分、勇者さんに付いて行ってもよろしいですか?」

 心配だ。心配だったら心配だ。

「駄目よ、眼鏡ちゃん」

「そうだ、お姉ちゃん。危ないぞ」

 勇者さんも危険を承知しているではないか。更に心配になる。

「早い方がいいから、ボクはゆく」

「勇者くん、くれぐれも忘れないでね。説得が失敗したら、失敗しそうだったら、すぐここに帰って来る。一人で考え込まない。私と眼鏡ちゃん見てたらわかると思うけど、人を説得するのは本当に難しいからね」

「わかった!」

 勇者さんは帰って行った。

 その後姿は、何故か驚くほど小さく、年相応の子供に見えた。



 翌日、彼は戻って来なかった。

 次の日も、その次の日も、彼は戻って来なかった。

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