<四章:勇者の秘密> 【05】
【05】
「た、ただいま参りました」
あたしは、疲労困憊で魔王の間に参上した。
「おつかれ、眼鏡ちゃん。大丈夫だった?」
「人工呼吸と心臓マッサージをしたら即蘇生しました。念の為、ブロブ様に浸かってもらっています。更に念を押して、卵と骨に看てもらっています」
「え、人工呼吸? それって―――――」
「今はそういう話で盛り上がれる気分では」
必死だったので感触とか何も覚えていない。
「そうねそうね」
「魔王様、聞くのも野暮なのですが一応聞きます。それは?」
「お仕置き中よ」
玉座の隣には、目隠しと口枷をはめられ、鎖で芸術的に縛りあげられたカラミアさんが転がっていた。
「この馬鹿蛇女。危ないから目は使うなって言ったのに、前も眼鏡ちゃんに催眠かけて偉いことになったのよ」
「え、何ですかそれ?」
そんな記憶はない。
「だから魔眼避けに、その眼鏡あげたでしょ? 何でか知らないけど滅茶苦茶に抵抗されたのよ。眼鏡にトラウマでもあるのかしら?」
「眼鏡」
この眼鏡は、かけていることを忘れるほど体の一部になっている。だがそういえば、これを最初にかけたことを覚えていない。すっぽり記憶が抜けている。
「トラウマといえば、勇者くんの記憶だけど」
「魔王様わかるのですか?」
あたしのことは後でいい、今は勇者さんだ。
「たぶん、死んだ時の記憶ね」
「臨死体験ということで? 確かにトラウマでしょうけど」
「いいえ、彼は最低でも一度死んでいる」
「死んで生き返ったと? スケール様みたいな?」
「スケールは死なないというより、殺しきれないだけ。勇者くんのは――――――再誕と言うべきか、再臨と言うべきか、【転生】が一番近いのだろうけど、安易に使いたくない言葉よね。魂を弄ぶ所業よ。しかも、記憶を残す雑な仕事をして。記憶は人の歴史、逃れられない個人史に他ならない。それが欠片でも残っている限り、彼は死んだ時と同じ運命に翻弄される。だから、眼鏡ちゃんの記憶も封じたのよ」
運命とは、また大きな言葉だ。
「魔王様、勇者さんの最後は」
言葉の断片から読み取るに、
「暴言と暴力、空腹と寒さ。そういう最後を迎えた勇者は聞いたことがない。となると、彼は勇者ではなく無力な子供。魂は、ただの子供よ」
「待ってください」
ただの子供、その言葉に棘を感じた。
「勇者さんは“ただの子供”ではありません。特別でありますよ。どこの子供が魔王様の幹部をぶっ飛ばせますか?」
「強いのは認めるわ。でも、私が幹部連中に手加減するように言っていたら?」
「皆さん手加減していたと………………」
「この馬鹿蛇女は別だけどね」
魔王様は、カラミアさんを蹴る。口枷から官能的な悲鳴が漏れた。
「ですが」
納得いかない点が多々ある。
「ほらそれ、眼鏡ちゃんさ。私のやることは全部肯定していたのに、彼のことになると否定するでしょ? それも【記憶】なのよ。あなたは過去に子供がいた」
「………………は? え? あたし経産婦ですか?」
超驚きの事実である。
「経産婦かどうかはわからないけど、【子供】って存在に固執してる生物だったのは確かね。そりゃもう、記憶消すまで『子供返せー!』叫んでたから」
子供? 封じられた記憶の内容が子供?
「すいません、魔王様。色々おかしな情報が多くて混乱をば」
頭痛がしてきた。
「いつか言おうとタイミングを伺っていたのよ。あなたは特に、現在と記憶が噛み合っていなかったからね。そういう子って精神に異常が起こりやすいから、慣れるまで記憶を封じるのよ」
「自分も、勇者さんのように【転生】したと? もしかして他の方々も?」
「そこは何とも言えない。前の記憶持ってる奴は稀だし。眼鏡ちゃんのように人に近い形で産まれるのは更に稀だし。知っているのは、あの暗い海だけね」
無尽蔵にモンスターを産みだす海。あんな無茶苦茶ものを理解できる日が来るのだろうか? あたしに理解できるのか。
ふと、思い付く。
「もしかして、勇者さんも海から産まれた、とか?」
「可能性はあるね。海から産まれると同時に、外に飛び出したとか」
「容易に想像はできますね」
死んだ時はともかく、今は元気なのだ。
「それはそれで、疑問が生まれるのよ。あの剣とか」
「海からは生物しか産まれませんよね?」
「そうね。変わってるとはいえ、剣は見たことないわ」
「剣のような生物という可能性は?」
糸のような細いモンスターは見たことがある。あれをねじったら剣に見えなくもない。
「クリムゾンガンブラッドみたいな生物が、剣の形してる可能性もあるね。でもそれはそれで共生状態であることに疑問が生まれるわ」
「ですね」
解けた謎もあるが、増えた謎もある。
「さて、眼鏡ちゃん。私から新たな提案があります」
「何でしょうか、魔王様」
魔王様が改まって言う。
「この馬鹿蛇女の馬鹿行動は許されないけど、良くも悪くも今度の方針が決まりました。私は彼に、勇者を辞めてもらいたいと思います。そんな感じで計画の修正を――――――」
極自然と口が動く。
「参謀としては魔王様の提案に反対であります」
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