<四章:勇者の秘密> 【02】


【02】


「遠慮せず入ってください」

 あたしは、足元にある本やら雑貨を足で隅に寄せる。

「ちょっ! 眼鏡ちゃん!」

「朝片づけたのに、少し目を離したらこの散らかりよう」

「私も片付けようとしたの! そしたら積んでた本見つけてつい!」

「はいはいはい」

 必要でない物を移動させ、二人と追加一名が座れるようにスペースを開けた。

「さ、勇者さん」

「ささ、勇者くん」

 魔王様の私室に勇者さんを入れた。

「ボクの家より狭い」

 まあ、狭い部屋である。魔王と勇者が六畳一間にいるとかミスマッチだ。

「魔王様の私室ですので」

「魔王、貧乏なのか?」

「違います! 私は狭いのが好きなの!」

 あたしは、こたつに入る。勇者さんと魔王様も入る。

「さて、勇者さん。今日の勉強は算数ではありません」

 なので魔王の間から移動した。内密な内容になるからだ。

「今日の勉強のお題は、『夢』であります」

「夢?」

「はい、正確には将来の夢であります」

「将来」

 勇者さんは何とも言えない顔になる。

「勇者くんは大きくなったら何になりたいのかな?」

 と、魔王様。

「勇者!」

 と、勇者さん。

『だよねー』

 と、あたしと魔王様。

「勇者さん。少し視点を狭くしてみましょう。魔王様と決着をつけた後、その後はどうするのでしょうか?」

「王様から嫁もらって、家と畑、羊――――あ、家は“お姉ちゃん”が良くしてくれたからいいや」

 勇者さんの『お姉ちゃん』発言に、魔王様がピクンッと動く。

「嫁と新しい畑と羊もらって、いつも通り人助けして生きる!」

「いつも通りでありますか」

「いつも通りはよい。パンと水と空気が美味しいならもっとよい」

 素朴な考え方だ。これだけの力を持っていたら、普通はもっと成り上がることを考える。無知だからというより、生来の性格の良さで素朴なのだろう。

「仮に、仮にですが、勇者さん、その王様が報酬をくれなかったらどうします?」

「そうなったら、ボクの努力が足りなかったと思う。諦めて自分でどうにかする」

 人を恨まない子だ。

 魔王を倒して努力が足りないとか、そんな馬鹿なことはないと願いたい。

「勇者くん。選択肢というのは沢山あった方が良いのよ」

 魔王様は堂々とした口調で言った。こたつに入っていなければ様になるのだが。

「せんたくし?」

「人生の選択肢よ、将来の夢は沢山あった方がお得なのよ」

「嫁、畑、羊………………」

 勇者さんは指折りで数えだす。

「豚、牛、馬、鶏」

 全部家畜であった。

「あ! 犬か猫も飼いたい!」

 素朴だ。

「勇者くん、夢はもっと大きく持ちなさい」

「魔王の家は小さいのに」

「ここは私の私室。秘密の部屋よ」

「ボクの家の床下にも、お姉ちゃんが地下室作ったぞ」

 やはり、『お姉ちゃん』というワードに魔王様がピクンとなる。

「勇者くんは、私と決着をつけたとして、田舎で田畑を耕して人助けする毎日で良いの?」

「畑は食べ物が実るんだぞ! 凄いんだぞ!」

 当たり前のことだが、そう言われたら凄いことに感じる。

「でもほら、役職とか官位とか城主とか、何なら王様にでも、勇者なんだから全然目指せると思うけどなぁ」

「?」

 ピンとこない勇者さん。

 魔王様は、勇者さんに社会的に高い地位に就いて欲しいのだろう。子供に出世してほしいと思う母心、それはそれで間違ってはいない。

 ただ勇者さんは、全く出世欲のない人間だ。山の景色、日々の移ろい、朝日、夕日、月を見るだけで喜び。石のようなパン、味のしない豆の水煮を美味しそうに食べる。

 生きるだけで幸福かのように生きている生き物だ。それでいて身を削って人助けをする。無欲で素朴、そんな生き方が、

「偉いので、お姉ちゃんはクッキーをあげます」

「甘い!」

 勇者さんは、あたしのクッキーを満面の笑みで食した。この笑顔を見たさに、事務服の裏にはびっしりとクッキーを仕込んでいる。本当にクッキーモンスターと呼ばれかねない。

「うーん、ううーん、う~ん」

 腕を組んだ魔王様が唸る。

「魔王、食うか?」

「いいからいいから、それは勇者くんが食べなさい」

 勇者さんは、クッキー齧りを再開する。

「うーん」

 魔王様は体を捻って悩んでいた。


 とりあえず、勇者さんには思いつく限りの将来の夢をノートに書かせ、いつも通りお土産を渡して帰らせた。


「見せて見せて」

「どうぞ」

 魔王様にノートを渡す。

「一つも大きな夢がない」

「ここまで素朴な願いが並ぶと、自分達の心の汚さが実感できますね」

「まあ、私魔王だからね。世間的にはやべぇ奴だから」

「そうですね」

 勇者さんの夢は、畑の作物が良く実るようにとか、家畜が欲しいとか、美味しい物が食べたいとか(ただ彼の美味しい基準は低い)、地震が起こりませんようにとか、天気はほどほどに変化してほしいとか、そんなこんなのド素朴である。

「夢は大きく、野望は遠く、果たせぬ願いは………あれ? なんだっけ」

「何ですか? 急に」

「言葉がポカリと浮かんだのよ。って、この夢さ。肝心なことが書いてないよね」

「書いてありませんね」

 ノートには素朴願いが並ぶだけで、勇者の務めである『魔王との決着』が書かれていない。

「やっぱり、偽物なのかなぁ」

「偽物かと、只者ではないでしょうが」

 あちらの国も、勇者に魔王への敵愾心くらいは植え付けるだろう。力を持った者を上手に動かすには、何かを憎ませるのが一番だ。

 それをしない。していない。できていない。

 理由はわからないが、本物の勇者にはあり得ないことだろう。偽物と考えるのが普通だ。

「さて、眼鏡ちゃん。我が参謀よ。勇者くんが偽物として、今後どうしますか?」

「ご安心を、魔王様。自分に良い作戦があります」

「ほう、聞きましょう」

 我ながら妙案を思い付いていた。

「勇者さんを他の幹部の方に紹介します。そして、勇者さんを幹部に加えます」

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