<二章:日日草> 【03】


【03】


 爆発が起きた。

『あれ?』

 あたしと魔王様は異変に気付く。

 いつも通り壁は破壊されたが、補修工事中の赤錆びた巨人は無事だった。

 ちょこっと空いた穴から勇者が現れる。

「ま、魔王、けっ――――――」

 勇者は倒れた。

「勇者くん!?」

 魔王様を制して、あたしは勇者に駆け寄った。

 様子を確認。

 外傷なし、瞳孔の反応は正常、軽い発熱、発汗、脈は早い、呼びかけに答えてくれる。

「どう? 眼鏡ちゃん」

「たぶん………疲労でありますな」

 仕方ないので勇者に膝枕してやる。

「疲労?」

「勇者も過酷な職業ということですね」

「だ、だいじょうぶ」

 勇者は全く大丈夫そうではない。

「一体、どうしたでありますか?」

「来る途中………山が崩れてた」

「ああ、昨日地震がありましたね」

「困ってる兄妹いたから道を切り開いた」

「流石勇者ですね」

 剣の切れ味は、相変わらず謎である。

「その後、暴れるモンスターがいたから退治した」

「暴れるなら仕方ないですね」

 あたしも一応モンスター扱いであるが、暴れる奴に同情の余地はない。

「その後、孫に会いたいおばあさんをおぶって山を三つ超えた」

「え、すご」

 スタミナお化けか。

「途中、商人の馬車が馬が死んで困っていたから、馬車を運んだ」

「馬車を………」

 あきれた体力だ。

「商品壊れたから弁償しろと言われた」

「その商人の名前と、商会の名前を詳しく」

「助けたおばあさんがすごく偉い人で、なんとかしてくれた」

「それは良かった」

 何か残念である。

「帰りに盗賊団を二つ潰した」

「それは勇者のお仕事で?」

「困っている人がいたら勇者は何でもする」

「さようでありますか」

 勇者も大変だ。

「その後、いつものお使いをして―――――」

「いつものお使いとは?」

「小麦粉の袋10個を隣町まで運ぶ。パンが一つ貰える」

 大丈夫? それ詐欺じゃない?

「木を10本切ると、枝が貰える」

 それは詐欺だ。

「あと」

「まだあるのですか」

「畑手伝って、雑草とったり、兎退治して、昆虫集めたり、キノコ集めたり、薬草集めたり、鉱石掘っ………………」

 勇者は気絶するように眠った。

「魔王様、これ完全なオーバーワークであります」

「私なら半分で倒れるわ」

「あちらの国の労働基準法は、どうなっているのでしょうか?」

「ないんじゃない?」

「うわぁ」

 働きたくない。

 暮らしたくない。

「眼鏡ちゃん、眼鏡ちゃん」

 魔王様は、あたしの袖をクイクイ引っ張る。

「何でありますか?」

「交代」

 あたしの膝を指した。

「仕方ないでありますねぇ」

 勇者を少しずらして、膝の片方を開けた。

「さ」

「わーい、ムチムチって違う!」

 ツッコミをいれつつも、魔王様はあたしの太ももに頭を置いたままだ。

「立ち仕事が多いからか、下半身がヤバくて」

「エッチに聞こえますねぇ! いやいやそれより、私が勇者くんに膝枕したいのだけど」

「膝枕しても何の得もありませんよ」

 床の大理石で脛が痛い。

「得というか徳を積みたいかも」

「魔王が徳とはなんのこっちゃでありますか」

「そういうわけで、眼鏡ちゃん交代して」

「魔王様、オーカ・エチゼンという人物を知っていますか?」

「どなた?」

「余所の世界の偉いオブギョーです」

「オーカ・エチゼン・オブギョー。強そうね。クリムゾンガンブラッドくらい強そうな名前ね」

「クリムゾンガンブラッド様と比べないでください。あの方のようにビームは撃てませんよ」

「オーカ・エチゼン・オブギョーは、ビーム撃てないのね。それ本当に強いの?」

「強いとは言っていません。名采配で有名な人です」

「オーカ・エチゼン・オブギョーは知将なのね」

「そんな感じです。そんな方の名采配に、育ての母親と産みの母親、どちらが子供を引き取るべきか――――――魔王様、聞いてますか?」

「あ、うん。聞いてる聞いてる」

 魔王様はウトウトしていた。

「オブギョーは、母親に子供を引っ張らせて――――――」

「子供真っ二つになるでしょ? 大丈夫、その知将?」

「なりません。子供が痛がったので育ての母親が手を離したのです」

「じゃ、子供は産みの母が引き取ったのね」

「いいえ、子供を思いやり、手を離した育ての親が子供の真の親になりました」

「オブギョーより弱かった母が悪い」

「だから、そういう話じゃありませんて」

「そもそも、何で産みの親は子供を手放したの?」

「さあ? 何か色々であります」

「私なら子供は手放さないけどなぁ、産んだことないけど」

「そうですね。わからんでもないです」

「てかね、育ての母と産みの母、二人で子供を育てれば良いのでは?」

「………母親が二人では子供は混乱するような」

「混乱するの?」

「いえ、憶測なので何とも」

 育児経験はないので。

「二人いれば負担は半分よ。そのオブギョーって男でしょ?」

「はい、男ですが」

「ほらね、やっぱり。オブギョーが女なら意見変わったかもよ」

「そうかもしれませんね」

「眼鏡ちゃん、これ何の話だっけ?」

「魔王様が膝枕を代わりたいというので、勇者さんを引っ張り合いすると思い」

「………………私、そんなこと………ないと、けど」

「魔王様?」

「ぐぅ」

 魔王様も眠ってしまった。

 両手に花ならぬ、両膝に勇者と魔王。

「我は、勇者と魔王を制した覇王眼鏡である」

 冗談を呟き、妙な充実感を覚えた。

 あたしが強かったら、この二人を亡き者にして二つの国を揺さぶり――――――なんて野望を持ったりしたり、しなかったり、いやいやないかクソザコには無理だ。

 それに弱いからこそ、この二人を膝に置いているわけだから。

「弱くて………………良かったであります?」

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