<二章:日日草> 【04】


【04】


「我、最強である」

 浮遊した“赤い卵”はそう言う。

「我、最強であるが故に、本日の報告をする」

「はい、お願いします」

 勇者と魔王様を寝かせてから、あたしは城の下部層に移動した。定期報告を記録する仕事があるからだ。

「海の状態は『ナギ』。非常に安定している。湧き出たモンスターの数は30体。対話できる個体はなし。全て処分。以上、報告終わり」

「記録しました。クリムゾンガンブラッド様」

 この赤い卵、これでも古参の幹部の一人である。

 口癖は『最強』。実際、最強だと思う。普通に戦ったら勝てる相手はいない。インチキのような強さである。

「眼鏡よ、本日の魔王様の状態は?」

「健やかであります。………………前から思っていたのですが、一つ聞いてよいですか?」

「我、最強なので何でも聞くのだ」

 記録用本を閉じる。この話は記録するつもりはない。

「古参の幹部の方は、海の状態が安定していると必ず魔王様の状態を聞きますよね」

「うむ」

「あの『暗い海』と魔王様に、何か関係が?」

「ある、とは断言できぬ。できぬが、経験則で魔王様のお加減が良くない時は、海も荒れるのだ。静かな時こそ油断はできない。海が大きく荒れる前は、決まって水面は静かなのだ」

「自分にも教えて欲しかったのですが」

 初耳だ。

 軽く怒りが湧く重要な情報だ。

「確かではないのだ。古参の勘に過ぎない。それに、これを知ったら魔王様は無理をしてでも己を抑えるであろう。その結果、よくないことが起こる可能性も高い。眼鏡よ、魔王様には伝えるなよ」

「了解であります」

 一理ある。不確定な話を魔王様に伝える必要はない。

「最強の我は、今日の仕事を終えたので帰るのだ」

「はい、本日もおつかれ――――――」

「あ、眼鏡いた」

 と、クリムゾンガンブラッド様の背後から勇者が現れた。

「なんっ!?」

「なん?」

 クリムゾンガンブラッド様が回転して勇者を見た。目は見当たらないが、たぶん見た。

「子供?」

「子供じゃない。ボクはゆ――――――」

「はい、ちょっと待って!」

 全力ダッシュして勇者の口をふさいだ。

「なんだよ」

(あなた! なんでここに!)

 小声で問い詰める。

「寝たら元気になった。起きてトイレ行った。帰りに迷った」

(迷い過ぎでしょ!)

 魔王の間からここまで、かなり離れている。

「眼鏡よ、その子供はもしかして」

「クリムゾンガンブラッド様、この子は」

 マズい。マズすぎる。

 幹部に勇者が見つかるとは、しかも相手は古参。ごまかしようがない。計画が全部とん挫する。

「眼鏡の子供か?」

「………………」

 いや、

 いやいやいやいや、

 あたしのどこを見て経産婦と勘違いした? その卵を叩き割るぞ?

「ハッ、最強の我らしくない失態だ。うむ、わかる。わかるぞ、眼鏡よ」

「は、はぁ」

 察してやっている空気が伝わる。

「秘密裏に産んだということは、やんごとなき理由があるのだな! 我わかる。わかるわー。我、最強だからわかるわー」

「………………」

 この卵野郎、何もわかってない。

「父親は、もしや」

「もしや?」

 卵は、あたしと勇者の周りをフワフワ浮かびながら観察する。

「む、身体的特徴が幹部の誰とも合わない。だがもしや、スケールか?」

「あの人、骨じゃないですか」

 スケールとは幹部の一人で骨だ。皮膚も肉も性器もない。

「あやつは、気合を入れればフレッシュな形態になれるとか、最強の我も見たことはないが」

「間違いなく違います」

「ハッ、これはいかん。ゲスな勘繰りなど最強の我らしくはない」

「ソウデスネー」

 今更何を、だがしかし、なんとなく上手く去ってくれそうな雰囲気。

「眼鏡じゃま」

 大事なところで勇者があたしの手を払う。

「元気な子であるな」

「ボクは元気だ。最強だからな」

 張り合うな、お子様。

「ほう、この『最強のモンスター』クリムゾンガンブラッドを差し置いて最強を名乗るか」

 張り合うな、幹部!

「大海を知らぬ子供よ。貴様には我が直々に最強を見せてやろう。場所を移すぞ!」

 い、嫌な流れ。


 場所を移した。


 円形の闘技場だ。幹部専用の運動場である。この周囲の壁は特別頑丈に作られている。魔王の間の周辺壁と同じくらいの強度だ。

「子供よ。我が最強の一片を見るがよい」

 卵が光る。

 壁に爆発が起こり、特別頑丈な壁が抉れて融解していた。

「どーだー我最強であろう?」

「ん、んー?」

 勇者が剣を“突き”の構えで微調整していた。

 何を?

「こうっ」

 勇者は剣を突き出す。剣の先端が光ったように見えた。

 壁に大爆発が起こり、特別頑丈なはずの壁がドロドロに溶けて大穴を開けていた。

 卵の影に隠れなかったら、余波であたしは吹っ飛ばされていただろう。

「ふっふーん」

 勇者が胸を張る。お子様の態度だ。

「………………よかろう」

 大人気ない卵は、何かを決意したようだ。

「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬぬ」

 卵はブルブルと震え、何かが軋み、卵の殻にヒビが走る。殻が割れた。何かが出て来る。光で作られたかのような眩しい輝ける手だ。

 光る手が壁を指す。

 大々大爆発が発生した。咄嗟に勇者を盾にしても、あたしは吹っ飛んだ。

 壁はすっきり蒸発して、荒涼とした外の世界が遠くに見える。

「クリムゾンガンブラッド様、その卵ボディが本体じゃなかったのですね」

「我、最強故に常に封印状態なのだ」

 手が引っ込むと、割れた殻は修復された。最強によくわからない生命体である。

「ボクもそれやりたい!」

「フッ、己を律するところから始めるのだ。子供よ」

 言っていること“だけ”はまともである。

 勇者は、剣を振るい光を放つ。

 クリムゾンガンブラッドも負けじと光を放つ。

 闘技場の壁という壁が破壊されて行く。やがて、二人の破壊とは別の破壊音がどこからか聞こえた。

 ズズ、ズズ、と周囲の景色がズレ始める。

「あ、やっば」

 破壊し過ぎて階層の区画が落ちたようだ。

 時すでに遅し、あたし達は落下する。


 卵と勇者に助けられ、何とか無事で済んだ――――――までは良かったが、その破壊による苦情は300件を超えた。


 久々に、あたしは魔王様に滅茶苦茶怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る