<二章:日日草> 【02】
【02】
「もう勉強したくない」
「ええ」
勉強を開始してから三日目、勇者が勉強を拒否した。
「そうなると、自分は倒せませんよ? 魔王様と決着つけれませんよ?」
「むむ」
ヤケで剣振るわれないか内心ドキドキしていたが、勇者はそこまで馬鹿ではないようだ。
「理由を話してみてください」
「………パン屋さんがある」
「はい、パン屋さん」
「銅符一枚でパン三つ売ってる」
「ああ、あのパン」
クッキーのお礼に一つ貰った。硬くて黒くてボソボソした酸っぱいパンだった。
「銅符四枚だと、パン十一個にまけてくれる」
「一個足りないでありますね」
「足りない。足りないのに気付いた。でも、いつも『おまけだ』ってパン一個くれた」
「何を恩着せがましい」
通常サービスだ。いや、詐欺か?
「ボク、それすごい嬉しかった。おまけのパンは、普通のパンよりずっと美味しい。でも、昨日食べたおまけのパンは美味しくなかった」
「騙されていたわけですからね」
「だから、もう勉強したくない」
困った。これは困った。学ぶこと知ることを恐れている。これでは教えようがない。
おのれパン屋め。子供相手に小ずるい商売を。
「勇者くん。君は一つ大人になったのよ」
魔王様が近付いて来た。
さっきから、チラチラとタイミングを見計らっていた。
「大人?」
「知らなかったことを知る。食べていた物の味が変わる。大人になるってそういうことよ」
「これが………大人になるってことか!」
「そう。大人になると色んなものが変わるのよ。怖かったものが怖くなくなり、その逆もある」
「大人、大人に近付くと、大人になると! 魔王と決着をつけることが!」
「できるね」
うんうん、と頷く魔王様。
良い保護者の意見だ。感心してしまう。二人が魔王と勇者という関係は見ないものとして。
「ちなみに勇者くん。そのパン屋さんの場所どこかな?」
魔王様は、勇者の国の地図を広げる。
「ここ」
「そこね!」
地図を畳み、魔王様は肩をほぐしながら勇者の空けた壁に向かう。
ちなみに、今日破壊されたのは水晶の巨人だ。破片が綺麗なので一欠けらポケットに入れた。
「魔王様、ちょっとお待ちを」
あたしは追って、魔王様の肩を掴む。
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃ、眼鏡ちゃーん」
「その槍はなんでしょうか?」
先端に得体のしれない生物が付着した大槍だった。
「遠投しようかと」
「どこに?」
「パン屋」
小声で言う魔王様の頭を叩いた。
「全面戦争を起こす気ですか」
「大丈夫! 店だけ狙うから!」
「あんたが槍投げたら村ごと消えるであります」
「上手くやるから!」
「そういう問題じゃない」
ホント、マジ止めて。
「じゃ天災にする! 雹か雷あたりを落とす! バレないように上手くやるから!」
「駄目なものは駄目であります。立場考えてください。そんな馬鹿なことしたら自分辞めますよ?」
「うぐっ」
魔王様を止めるには、この辞める発言が割と効く。
「じ、じゃあ」
「駄目であります」
「そんな聞く前からッ」
「駄目なものは駄目、絶対の絶対、完全に全く、今回魔王様は自粛してください。自分、久々に怒りますよ?」
「もう怒ってるでしょ!」
「怒る寸前であります。怒ったらこんなもんじゃありません」
「ヒッ」
一時間説教して魔王様を止めた。
なんやかんや、勇者は黙々と勉強していたので今日は良しとする。
翌日、早朝。
幹部の一人を魔王様の名で呼び出した。
「眼鏡、魔王様はどこだ?」
「少しお花摘みに」
その幹部は、『蟻集のモンスター』と呼ばれている。今日の姿は、頭に血の染み付いたズタ袋を被り、下はメイド服である。
「今日は何とお呼びすれば?」
「今日はトットリオンだ」
この方、声と姿と名前と性格が毎日変わる。変わらないのは魔王様への忠誠心だけだ。
「では、トットリオン様。魔王様の命を伝えます。この地図にあるパン屋を潰してください」
「………パン屋?」
トットリオン様の能力は、敵地の潜入に破壊工作と諜報活動に使える。
「パン屋に偽装していますが、中では我々の脅威となる破壊兵器が作られています」
「理解した。即破壊する」
「いえ、即破壊はいけません。じわじわと経営を悪化させて廃業させてください。二度とパンを焼けないくらいに徹底的な廃業を。店主には、小麦粉を触るだけで嘔吐するような心的外傷を刻んでください」
「いや、よくわからない」
「わかりやすく言いましょう。毎日クレームをつけてください」
「え?」
「その毎日変わる姿で毎日クレームをつけてください。子供を騙すような商売している店ですから、叩けばいくらでも埃が出て来るはずです。とはいっても、理不尽な内容ではいけません。正論でぶっ叩いてください。とりあえず、それを毎日です。次は、近くに店を構えてください。そのパン屋より美味しいパンを安く、早く、適切な良いサービスを提供して」
「なるほど、周辺住人に食料を提供して毒を混ぜて一掃するのだな」
「あなたは何を考えているのですか? 周辺住人に愛されるパン屋を作ってください」
「すまん。意味がわからない」
幹部のくせに物分かりの悪い。
「何も一生パン屋をやれとは言いません。経営が安定したら信用できる人に譲ってください。人物の精査は自分も口を出すので」
「周辺住人に愛されるパン屋を作って、我らに何の得が?」
「大衆の胃袋を掴む。それはつまり、相手国の中心を掴むことと同義であります」
「わかったような、わからないような。何故にそんな遠回しな手段を?」
「何故? 理由を話す必要はありますか?」
「魔王様はいつも理由を話すだろう。聞いてもいないのに長々と」
「っフっぅぅぅぅぅぅぅ」
あたしは深くため息を吐いた。
「失望しました。トットリさん」
「トットリオンだ」
「あなたは仕事を断るのですね。あたしが代わりに行きます。その間、魔王様の相手は任せます。言っておきますが、あの女は深夜でもお構いなく伝声管で話しかけてきますよ。数年前に食べたお菓子についてや、書物の台詞についてなど、本当にくだらない内容を朝まで。無視したら無視したで面倒な態度をとられるので、それはもう面倒で。あなたにそれができますか!」
「眼鏡、落ち着け。今日は一段と目が怖いぞ」
「失礼、取り乱しました」
「幹部である以上、魔王様の命令は絶対だ。従う。だがしかし、周辺住人に愛されるパン屋を作り、任務を完遂させたあかつきには、納得できる理由を教えてもらおう。魔王様を交えて、直接な」
「その頃には、あなたが納得できる理由がわかります」
ふん、とトットリオン様は魔王の間から出て行った。
彼? のことだから任務は完遂するだろう。問題は、
「やばい。あたし何してんだろ」
魔王様の名前を騙って私利私欲を満たすとは、バレたらクビだ。
後々問題にならないと良いが。
数日後、勇者からクッキーのお礼にまたパンを貰った。
ふわふわで美味しいパンだった。
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