<二章:日日草> 【01】


【01】


「魔王と戦う前に、お前を倒せというのはわかった」

「ご理解いただけたようで」

「でも、なんで勉強だ?」

 魔王の間の中心。机を挟んであたしと勇者は座っていた。広げているのは我が国の作成した問題集(スライムでもわかる。はじめての算数)である。

「自分『知識を伝えるモンスター』なので、物理攻撃は無効であります」

「すごいな!」

 嘘です。

「ということなので、自分を倒したかったら知識を身につけてください。つまり勉強であります」

「………勉強」

 勇者は、一桁の足し算を相手に悪戦苦闘していた。

 この勇者、馬鹿過ぎる。しかし、馬鹿に馬鹿と言っても馬鹿は学ばないので事実は黙って飲み込もう。あっちの国ではこれが普通の可能性もあるので。

「計算用の小石を並べてください。忘れそうになったら数字は声に出して言うように。急がず、焦らず、ゆっくり確実に一問ずつ解くように」

「む、むむ」

 ペンを拳で握って勇者は顔をしかめる。

(眼鏡ちゃん)

「ん?」

 玉座の魔王様が思念を飛ばしてきた。

(私は今、あなたの脳内に――――――)

「いや、普通に話してください」

 声の届くところにいるのに。

(勇者くんに聞いてほしいことがあるのよ)

「はあ」

 自分で聞けばよかろうに。

(ちょっと恥ずかしいでしょ!)

 いや、思考を読まないでいただきたい。モラハラで訴えますよ?

(今回だけ! 今回だけだから!)

 はあ、仕方ない。

(勇者くんの交友関係を聞いて! 友達は何人いるのか、その中に女の子はいるのか!)

「友達」

 勇者は背中の剣を差し出す。

『?』

 あたしと魔王様は首を傾げ――――――あ、この勇者、魔王様の飛ばした思念を読んだのか。

(ギャアアアアアアア!)

 うるさい! 頭が割れる!

「魔王うるさい」

「はい、すいません」

 恥ずかしい女である。

「で、勇者さん。その剣が友達とは?」

 赤いボロボロの剣だ。刃こぼれが酷く、なまくらにしか見えない。よくもまあ、こんな物で城の壁を切れたものだ。

「ボクの友達、聖剣フレイムスグレイン」

 勇者はボロい剣を自慢げに掲げた。

「なるほど」

 ボロ剣でも、この子にとっては聖剣なのだろう。

「では、友達の手前。数字に負けないように勉強しましょう」

「うぐ」

 今は剣よりペンの方が強いのだ。

「勇者くん、他の友達は? 勇者なんだから旅の仲間いるでしょ?」

 魔王様が勉強の邪魔をしてくる。

「いない。ボク一人」

 地雷だった。

 沈黙の中、勇者がガリガリとペンを走らせる音だけが響く。

 魔王様が、“眼鏡ちゃんヘルプ視線”を送ってくる。今回だけは無視させていただきます。

「でも、魔王と決着つけたら王様が嫁をくれるって言ってた」

「ほほう」

 魔王様、圧が凄いです。空気が震えています。

「あと、家と畑。羊もくれる! 羊はよい。刈っても、乳飲んでも、食べても美味しい」

 あたしは勇者が羊に見えてきた。髪のモコっとした感じが特に。

「………………………………解けた!」

 勇者は一桁の足し算集を解いた。

「ご褒美のクッキーであります」

「甘い!」

 あたしの適当に作ったクッキーを、勇者は満面の笑みでかじる。悪い気はしない。

「次は小石なしで足し算を。それが終わったら引き算に行きますよ」

「おう!」

 糖分のおかげか、勇者の学習意欲は高まった。

 三時間で問題集の五分の一を解く。思ったよりも地頭は良いのかも。

「………………グウ」

 しかし、疲れ果てて勇者は机に突っ伏し寝てしまった。

 ここ敵地なんだけど? やっぱり馬鹿なのか? 呆れたあたしは勇者の髪を撫でた。

 モコモコだ。見た目通り羊毛っぽい。

「眼鏡ちゃん、それはいけない」

「え、何故に?」

 何故か、魔王様に静かに怒られた。

「寝てる男の子の頭を撫でるとか、いけませんよ!」

「勇者さんが起きるので静かに」

「確かにッ」

 うむ、フワっとモコッと良い手触り。癖になる。服はボロだが、髪は誰かに手入れしてもらっているのだろうか? そのうち勇者の私生活も調べないと。

「眼鏡ちゃん、眼鏡ちゃん。私も触りたい」

「あ、はい」

 魔王様が近付いて来た。

「う、うふ、ぐふっ、ぶふっ」

 吐息は荒く、漏れる声は気持ち悪い。ここにいるのがあたしだけでよかった。魔王の格が落ちてしまう。

「じゃ失礼しま―――――――」

 その時、魔王様が壁に叩きつけられた。

 何が起こったのか理解するまで、少し時間がかかった。

「なんッ」

 魔王様は赤い剣を白刃取りしていた。それは勇者の剣だ。

 投げた? と思ったが、勇者は眠ったまま。つまり、剣が勝手に動いている。

「イッッ、キャァァァァァァァ!」

 可愛らしい悲鳴が響いた。

 剣は魔王様を外に吹っ飛ばした。また壁に大穴が開く。今日は普段の倍、修理をお願いせなば。

 まあ、あんな剣に守られているなら敵地でも安心して眠れるはずだ。

「本当に、良いお友達で」

 あたしは、思う存分モコモコな手触りを楽しんだ。

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