<一章:勇者と魔王の相互作用> 【03】
【03】
魔王城と呼ばれる球体の建造物。その中心には魔王の間がある。実は、更にその奥、魔王に選ばれた極一部の者だけが入ることができる魔王の私室があった。
四畳一間、周囲の構造物の影響で微妙に寒いので万年こたつを置いてある。
壁には歴代魔王の肖像画(皆ベールで顔を隠しているので誰が誰だか全くわからない)。
あたしが掃除しないと、脱ぎ散らかされた衣服や、本や書類で足の踏み場がなくなる空間だ。
「眼鏡ちゃん、本日から本格的に計画を進めて行きたいと思います」
「はい、魔王様」
あたしと魔王様は、こたつに入って計画の最終確認をしていた。
「………………反対しないのね」
「魔王様。自分は職務には忠実であります。他の方に『魔王全肯定・口悪眼鏡女』などと囁かれるくらいですから」
「酷いあだ名ね」
大体、幹部連中が言っているので始末が悪い。
「はい、全員の名前を控えていますので、自分が死んだ時は彼らを拷問にかけて罪を償わせてください」
「い、一応考えておきます」
あたしは計画書を指す。
「名付けて、『勇者と魔王の相互作用』」
「はい、眼鏡ちゃん。質問があります」
「はい、魔王様」
「相互作用ってどういう意味?」
「余所の世界の言葉であります。字面が面白かっただけで、特に深い意味はありません」
「そういうの好きよね」
「好きでありますが、何か問題が?」
「いえ、進めてください」
計画はこうだ。
「勇者と魔王の戦い。二国の代表による戦い。といっても、実質こちらの国が勇者に攻められるだけのシステムなのですが」
「私らの国は土地がアレだからねぇ」
あの『暗い海』が色々と問題なのである。
無尽蔵にモンスターが産まれるので、人的資源も無限に思えるが、意思疎通のできない“本当の意味でのモンスター”が大多数を占めるので、処理と選定をしなければならない。
幹部の方々は、その仕事に時間のほとんどを使用しているので、魔王様はノーガードな状態なのだ。ノーガードで問題ない単純な理由もあるけど。
さておき。
「勇者を撃退したとしても、別の勇者が現れて魔王様を殺しに来るでしょう。こちらは攻めに割く戦力はないですし、今の魔王様が殺されるのも困ります。自分の雇用主ですから」
「友情とか親愛じゃないのね」
それは別料金。
「ですので、魔王様の趣味も兼ねて、今の勇者と秘密裏に友好な関係を築く」
「長い目で見れば、勇者を倒すよりも懐柔した方が被害は少ないと思うのよ」
「確かに」
魔王様がショタコンという説も濃いのだが、今の勇者より強くて融通の効かない乱暴な生き物に襲われては困る。
魔王は勇者のようにポンポン産まれない、育たない。今の魔王様が死んだとして、次の魔王があたしのようなクソザコを雇ってくれるとも限らない。
今の勇者を懐柔する。
最初は意味不明に思えたけど、まとめて見ると悪い計画ではない。
でも、二つ問題がある。
「幹部の方にも秘密にするでありますか?」
「友好な関係を築くまでは秘密にします。勇者への敵愾心を持っている人もいるし、そもそも勇者くんが私たちと仲良くしてくれるのか確実ではないからね」
賢明である。
勇者は、あたしたちと違う生き物だ。ちょっとしたボタンの掛け違いで殺し合いになる可能性は高い。
もう一つの問題、こっちは現時点では答えを出せない問題だと思う。
「懐柔に失敗した場合は、どうするのですか?」
「む、むむ」
魔王様は考え込む。
「難しい」
「難しいでありますね」
この国の倫理観では、子供を殺すことは悪だ。あの『暗い海』から子供は産まれない。女の胎からしか産まれない。
しかし、生物的に多様な方々が多いので、“つがい”がいて子を宿すことは稀なのだ。
子供は貴重な存在。だが、その子供が成長したら別の話………に、なるのだろうか? それこそ、情というものが湧いてしまうのでは?
難しい問題だ。
「この問題は保留にしましょう」
「ですね」
策は用意しておこう。最終的には魔王様任せで、あたしは腹をくくって冷静に立っているだけだが。
ギュェェェェ、と壁かけ時計が鳴く。
「魔王様、通常業務のお時間であります」
私たちは、こたつから出た。
「ところで眼鏡ちゃん。あの玉座、硬くて冷たいのだけど何か対策は?」
「伝統で、玉座に手を加えてはならないとあります」
「クッションくらいは良いでしょ?」
「威厳というものが大切なのかと」
いざ戦いになった時、魔王の玉座に可愛いクッションがあったら敵味方共に混乱する。
あたしと魔王様は部屋を出て、玉座裏の隠し通路から魔王の間に出た。
砕けた陶器の巨人が転がっている。またまたまた、壁を開けた勇者が仁王立ちしていた。
「魔王! 決着をつけるぞ!」
「勇者くん、その前に話があるわ!」
とりあえず、決着を先延ばしにするところから始める。そして、じわじわと仲良くなる。
これは、決着をつけたい勇者と、決着をつけたくない魔王のお話である。
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