第9話 ボケツ

三室戸寺。紫陽花で有名な寺。

宇治橋からも、楽に歩ける距離にある。

宇治辺りの歴史的出来事は数多く最も歴史雑誌の興味を引くのは、室町幕府15代将軍足利義明と織田信長による宇治槇島の戦いだろうか。

歴史雑誌を観光雑誌としてとらえるなら宇治橋の西には、世界遺産平等院がある。

翌朝、勘太郎と萌の姿が宇治橋東詰の宇治茶の老舗通園にあった。

創業は、平安時代末期の平治元年(西暦1160年)で千年の歴史を誇る、日本最古のお茶屋である。

歴史ライターなら、当然取材対象になる。

広辞苑に出ているほどの名店である。

今更ネタにできることがあるなら、新しい商品になるので歴史雑誌ライターのネタではなさそうだ。

勘太郎は、三室戸の荒木田のアパートを確認に来ただけで、何かが出るとは思っていない。

だいたい、三室戸が荒木田の本拠地とは思っていない。

案の定、隠密部隊から昼過ぎに連絡が入った。

荒木田が動いた。

自家用車である。

シルバーの日産ノートである。

あまりに大量に売れている大衆車。

いかにも目立つことを嫌うルポライターらしい。

勘太郎は、いつものGTR覆面パトカー。

助手席に萌が乗ってカモフラージュしているようなもの。

目立つことこの上ない。

荒木田の車には、当然GPS発信器がつけられている。

荒木田は、昨夜のルートを逆戻りしていた。

ただ、山科区役所方面に曲がらず、京都外環状道路を真っ直ぐ走った。

『勘太郎先輩・・・

 聞いてはりますか。』

警察無線から小林の声。

『メリット5やで。

 コバ、どこにいてる。』

『アハハ・・・

 アマチュア無線みたいで

 すね。

 鑑識の特車で北白川別当町

 ケンタッキー前です。

 今朝、警視庁の鶴薗警部補

 が合流してくれはりました

 ので、同乗してもろてます。

 もちろん、サブ先輩と幸太

 郎君と小室君はここに。』

京都府警察鑑識特車は、トラックをベースに改装した捜査用車両で乗車定員は10名。

5人くらいなら、かなりの余裕がある。

『そのメンバーでその人数や

 ったら暑苦しくはなさそう

 やな。

 自称、ジョニーデップリさ

 んもいいひんさかいな。

 北白川別当町か。

 えぇ狙いやけど、ちょっと

 行き過ぎやな。

 信号1っコ戻って、ワール

 ドコーヒーの本店前交差点

 を比叡山方面に進んで、右

 側に鉄柵が見える辺りで止

 めてくれるか。』

勘太郎のなんとも細かい指示に、鶴薗と小室は面食らった。

ところが、約30分後、鶴薗と小室だけでなく、小林と佐武でさえ慌てることになった。

GPSがどんどん近づいて来たのである。

数分後、小林達は荒木田の日産ノートを目撃した。

鑑識特車の止まっている目の前の鉄柵横の未舗装と言っていいような小路に荒木田は入った。

1番奥の平屋の1軒家に停車した。

『そこが、荒木田の本拠地や。』

勘太郎の声が無線機から聞こえた。

勘太郎は、荒木田の拠点を把握していたのだ。

『勘太郎先輩・・・

 調べてはったんですか。』

『警察庁のデータベースの。

 全国パパラッチリストにあ

 ったで。』

『そんなもんまでデータに

 なっているんですか。』

一同驚くよりもあきれた。

『せめて鶴薗さんと幸太郎と

 小室君には知っていてほし

 かった。

 このデータは、以前イギリ

 スのダイアナ前皇太子妃が

 パパラッチに追いかけられ

 て事故死された時に、日本

 でも念のためデータにして

 ほしいと。

 当時の警視庁交通課長が警

 察庁に直談判して作らはっ

 たんや。

 ここまで言うたら、

 鶴薗さんにはわかります

 よね。』

鶴薗は、頭を掻いた。

『ハイ、わかります。

 当時の警視庁交通課長は森

 川警部ですね。

 それをご存知の警視正も凄

 いです。』

このやり取りでは、佐武と小林が驚いた。

『け・け・警視正・・・

 また上がらはったんで

 すか。』

勘太郎は、全国警察官剣道大会の時木田に報告したので佐武と小林には話してなかった。

『そんなことはどうでもえぇ。

 俺は俺やん。

 サブちゃん・・・

 つながったけ・・・』

『なるほど、これやったら。

 ここに来る予想はできるな。

 しかし、荒木田の京都出身

 は、ここやったんか。』

さすがに佐武は勘太郎との付き合いが長い。

『この車・・・

 造る時に、本間部長が、警

 察庁のデータベースにアク

 セスできるようにしとけっ

 て強行に言うてきはった意

 味がようやくわかった。

 こんな形にしたかった

 んや。』

荒木田が入った1軒家は、荒木田の生家である。

そして荒木田が、在日三世であることまで克明に記載されていた。

そのあたりを話していた時に、勘太郎がいきなり、警視庁の森川警部の携帯電話に電話した。

『森川さん・・・

 少し、難しい案件になりま

 すので、皆さんに聞こえな

 い場所に移動をお願いし

 ます。』

勘太郎のそばには、木田、鶴薗佐武、小林、新藤幸太郎、小室が揃っている。

『鶴薗警部補の出張で、警部

 補のデスクに近づく人、い

 てますよね。

 雑巾がけするような感じで、

 異様に丁寧な。』

『警視正・・・

 なんでそれを。』

『その娘から目を放さないで

 下さい。

 なんらかの関係者です。

 篠塚亮子ですよね。』

警視庁捜査1課の事務職員である。

かなり美人で物腰が柔らかいので、人気は高い。

鶴薗と幸太郎と小室は、衝撃を受けていた。

『なんでですか。

 勘太郎先輩・・・』

幸太郎は、食って掛かりそうな勢いになっている。

『お前、ホレてるか。』

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