第7話 そして京都

1週間ほど後。

京都祇園の乙女座では、スタッフ達の元気な声が飛び交っている。

『いらっしゃいませ。

 お客様。

 ホンマに申し訳おまへんの

 どすけど。

 うちは、一見さんはお断り

 申し上げております。』

女将の高島美野里がそこまで説明した。

一見の客。

警視庁捜査1課の小室刑事である。

『女将さん。

 お久し振りです。

 警視庁の新藤です。

 こいつ、私の後輩です。』

高島美野里の後ろには、大将で板長の糸魚川が出てきている。

『新藤はん。

 お久し振りどす。

 お元気どしたか。

 今日はまた、わざわざ東京

 から。』

あまりに高級そうな設えの店構えの乙女座に。

小室は尻込みしている。

『ハイハイ・・・

 小室君。

 もっと奥まで入りなさい。

 美野里ちゃん元気してた。

 糸魚川さんは、大丈夫そう

 やね。』

新藤幸太郎の後ろから、萌が顔を出した。

女将の高島美野里と板長の糸魚川が大声を上げて驚いた。

『お・お・大女将・・・

 ま・ま・まさか・・・

 旦さんも。』

『当たり前や。

 いつもの面子、揃てるで。』

本間と木田と小林に佐武まで揃っている。

美野里と糸魚川の大騒ぎにスタッフは戸惑った。

かなりの大物が来店したことはわかった。

『あれって、女優の高島萌違

 うの・・・。』

さすが、人気女優は目立つ。

客の中には、萌に気付いた者もいる。

その奥で、鋭い視線で一行を睨み付ける男。

勘太郎が気付かないはずはない。

『崇・・・

 奥の8番のお客。

 あれって。

 よぅ来てくれはるのか。』

糸魚川に、客の身元を確認した。

『東京のフリーのライターさ

 んで、荒木田さんどす。』

佐武がピクっと動きかけた。

小室は完全に振り返ってしまっている。

『振り向くな小室・・・

 あいつが睨み付けてたのは

 お前や。』

勘太郎、そこまで気付いている。

そして、小林に目配せをした。

小林は、部屋から出て店からも出て行ってしまった。

店の向かいの駐車場の奥に止まっていた車の後部座席で、何やらゴソゴソして降車した。

車に乗っていたのは、京都府警察本部捜査1課の服部刑事と数人の刑事。

全員が真っ黒なジャージの上下。

車は、軽自動車の箱型貨物車で、ガス工事車両を模してある。

小林が、5分ほどで、タバコのカートンを手に戻ったものだから、荒木田は安心した。

乙女座の一番奥の座敷で、小林は、外の様子がわかる席に座った。

新藤幸太郎には、勘太郎の考えが、ある程度わかった。

『勘太郎先輩・・・

 気付いてはったんですか。

 荒木田やって。』

『当たり前や。

 八重洲口で視線に気付い

 たら、グランスタにもい

 たし、新幹線でも同じ車両。

 普通やない。

 俺らに注目してるのは、わ

 かるわな。

 ただ、萌の追っかけかもと

 思っていたけどね。

 まぁ、どっちかわからんさ

 かいに念のため小林に連絡

 して、隠密部隊の準備して

 もろた。

 したら、小室を睨み付け

 とるやないか。

 嫌でもわかるで。』

小林が、ニヤっと笑って、手に持ったタバコのカートンを新藤と小室に見せた。

『今時ハイライトですか。』

小室は、箱を見て驚いた。

トランシーバーである。

無線機にあるトークスイッチはない。

単純な盗聴機である。

わざわざタバコに似せてあるのは、店内で、対象者の服装風貌を話さないためである。

鋭い者なら、それだけで尾行に気が付く。

外で待ち構えているのは、隣の滋賀県にある甲賀市で尾行の専門家として鍛え抜かれた尾行のスペシャリストばかり。

しばらくして、勘太郎達の座敷に酒類と料理が運ばれたのを見計らったのか、荒木田が会計に向かった。

『支払い中や。』

小声で小林が囁いた。

店の外では、尾行開始の準備が完了。

荒木田がタクシーを依頼したので、タクシーの到着までは美野里が相手をしている。

タクシーが到着して、運転手が知らせに店内に走ると、会計場で待っている荒木田は、当然すぐに出てくる。

その一瞬の隙をついて、タクシーのリアバンパーの裏にGPSが貼り付けられた。

超強力磁石なので、放り込むだけなのだが。

バチンと貼り付いた音がしたと同時にタクシーの運転手が店から出てきた。

同時に、尾行車両の後部座席で、GPS受信機が作動した。

ノートパソコンの画面に、地図が映し出された。同じ画像が勘太郎のパットにも送られてきている。

荒木田が乗ったタクシー、四条通りを東に向くとすぐに祇園八坂神社に突き当たる。

祇園八坂神社の前は南北に東大路通りが走る。

祇園八坂神社前の三叉路を右折したタクシーはスピードを上げて南下。

五条通りこと国道1号線を左折した。

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