第3話 相反する感情

 サバイバル生活……まず、何をすればいいの?人間に必要なのは衣・食・住だよね。衣は……今気づいたけど、服ボロボロになってる。血だらけだし。体も、飛び降りたときに木々に引っ掛けてついたのかな、傷だらけ。しかも何日もお風呂入ってない。どこか水がないかなあ……。


 ふと、美紅は頭にも布の端切れが巻かれていることに気づく。


 包帯の代わりなんだよね?この布ってどこから持ってきたんだろ?ま、まさかね……!後から聞いてみよう。食は……水の確保と食べ物は黒音くんが手伝ってくれるらしい。でも動物を獲ったら捌くのは私だよね?動物なんて捌いたことないよ……。で、できるのか……。あ、ナイフ!


「……ナイフ!」


と美紅が突然口に出したため、全員が美紅に注目する。


「自給自足生活やるんだね!」


黒音が楽しそうに言う。


 あ、そういえば返事をしてなかった。


「……今だけでも、やりたいことをやって、自由に生きたいって思ったんです」


黒音は嬉しそう、黒都はふーんと興味あるのかないのか、黒刃は微笑んでいる。蒼詩は


「……欲しいものがあるなら、できる限り用意しよう」


美紅はゆっくり立ち上がり


「ありがとうございます。あの、まず、私のナイフがどこにあるか知ってます?」


「……ナイフ?……ああ、自分の手首を切ったナイフか。いや、見てないが」


 本当に一部始終見てたんだな……。


「……切るものが欲しいなら、供に付けさせるが」


美紅の頭に「?」が浮かんだ。


「……えと、よくわからないです」


「……」


 この空気感……ちょっとずつ慣れてきたかも。美紅は笑いそうになったがなぜか感情を抑えた。黒刃が補足する。


「蛇の妖怪もさまざまで、武器に変化できる者がいるんです。父上はその者をお供に付けさせると言ったんです」


「あ、そうなんですね。今の説明でわかりました」


「父上、若い子なんですから、もっと柔らかい言葉で言った方がいいと思いますよ」


黒都が蒼詩にそう言うと、


「……そうだな……」


と呟いて、洞窟の奥に行こうとした。美紅がその背に


「あ、違うんです。言葉がわかりにくいというんじゃなくて、えと、なんていうか、そういう蛇の一族がいることも知らないし、なんていうか、大丈夫です!」


蒼詩は振り返るが、無表情で、何も言わずに去っていった。美紅は自分が怒らせたのではないかと焦っていた。黒刃がまた補足する。


「あ、怒ってるわけじゃないので安心してください。武器に変化できる者を連れてくるんだと思いますよ。一族の長が頼みに来たら断れないでしょう」


「そうなんですね……良かった」


「あなたより何十年、何百年も長く生きてるので、そんな滅多なことじゃ怒りませんよ」


黒刃が微笑みながら言う。何歳なんだろ……と美紅は思った。その横で黒都がぼそりと


「昔は短気だったらしいけどね、昔は」


「兄上は知ってるんですか?」


と黒音が黒都に聞いている。


「さ〜、兄上は知ってる?」


今度は黒都が黒刃に聞いている。面白い兄弟だ、と美紅は三兄弟を見ながら思った。


「確かに、私が生まれた頃の父上は短気でしたね。でもそれは理由があってのこと。今は……大丈夫だと思います」


美紅と二人の弟に微笑みながら、しかし笑顔のどこかに「聞くな」という圧力をかけながら言う。美紅は急いで話題を変えようとする。


「……い、衣食住の住を考えてて。どこで寝ようかなって」


「そうだね……どうしようね?洞窟の奥は暗いし、蛇がいっぱいいるし、踏んづけたら怒られちゃう」


「ここで寝ればいいじゃん、ここで。ずっとここで寝てたじゃん。」


美紅はえっと思い、辺りを見渡した。そう言われてみれば、黒い……しみ?たぶん血だろうが、洞窟の入り口から点々と続いている。そして困ったような顔をする。


「何か問題でも?」


 寝てたというより、気絶に近いと思うけど……。でも確かに、月明かりが入るから奥よりは見えそうだけど……でも寒いし、地面だし、何より入り口付近だし……ゆっくり寝られるの?


「ここって洞窟の入り口付近ですよね?蛇が通るんじゃないかと思って……」


「ああ〜、でも何も真ん中で寝ろって言ってない。隅っこで寝て、邪魔だったら踏んで行っていいとみんなに言っておくよ」


蛇の大群が自分の周りを歩いて?行く……そんな想像をしたのか美紅は上の空になる。


「……ところで、蛇って夜行性でしたっけ?」


「両方いますよ。私たちは夜行性ですけど、昼行性の者もいます」


「……それじゃあ、やっぱり、ゆっくり眠れないんですね。最近、やっと眠れるようになったのに……。万年寝不足だった私に……」


ぶつぶつと言っている美紅に対して、やれやれめんどくさいといった様子で黒都はどこかへ去っていった。


「……うん、屋根があるだけマシだよね。他に見つかるまではここで……でもここ寒いし、何かあればいいんだけど……」


美紅は考えながら、思ったことを口に出していた。


「あ、美紅ちゃん。毛皮ならあるよ!熊の」


「ーー熊!?熊出るんですか?」


突然の美紅の大きな声に、黒音は驚いていたが


「あ、うーん……というより、若そうな熊が僕たちの土地に入ってきてね。言っても聞かなかったから……」


 可愛い少年のような容姿なのに……やっぱり蛇なんだね。……あれ?


「蛇って……どの蛇も肉食でしたっけ?」


「ええ、その蛇の体の大きさによって捕食する生物は違いますがね」


「……あなたたちは何を食べるんですか?」


「……さっきも言ったように昔は人間を食べてたらしいですが、今はあなたたちと同じように動物を食べてますよ。でも、私たちは妖怪なので、そんなに頻繁に食べることはないです」


黒刃は笑顔で答えているが、その笑顔がなぜか怖い気がした。


 その、妖怪云々はよくわからないけど、蛇って丸呑みするんじゃなかったっけ?あの大きさだったら人間も丸呑みできそう……。


美紅はひきつり笑いをしている。黒音は何かを感じとったのか


「大丈夫だよ!父上も食べないって言ってたし。父上の言うことは間違いないよ」


黒音の、父親に対する姿勢のようなものが見えた気がした。


「……で、なんだっけ?……あ、毛皮!貸すよ!」


「あ、ありがとうございます」


「これで衣食住の住は解決しましたね」


黒刃も黒音も嬉しそうだ。美紅もつられそうになるが感情を抑えている。



 「……なぜ、感情を抑えるのだ?」


蒼詩の声に美紅だけビクッと反応する、本日二度目。いつのまにか蒼詩が一匹の蛇を連れて戻ってきていた。


「……」


「美紅ちゃん、父上の質問に答えた方がいいかも」


黒音が耳打ちにひそひそと話している。


「……あ、えーと、なぜでしょう。いつしか笑えなくなりました。泣くことはできても笑えないんです」


と悲しそうな表情で俯いてしまう。蒼詩は少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに無表情になり


「悲しい、辛い経験をすると、そうなるのかもな……」


と美紅に言ったのかわからないが呟くように言った。美紅は質問を返してみることにした。


「……あなたも、悲しい経験をしたのですか?」


美紅の眼差しに蒼詩は目を逸らし、


「……忘れた」


 ……それは、忘れたんじゃなくて、忘れたいだけなんじゃないの?


そう思うと、また涙が出てきそうになった。自分と重ね合わせているのか。俯いて涙をこらえている美紅に、黒刃と黒音と一匹の蛇は少し動揺しているように見えた。蒼詩はそんな美紅を、無表情の中にも優しげな表情で見ていた。少し時が経ち、


「……すみません」


美紅はそう言い、顔を上げようとしたとき、ふと、蒼詩の隣りにちょこんといる赤っぽい一匹の蛇が視界に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る