第2話 蛇の妖怪

そこへ三兄弟が現れる。


「あれ?起きてんじゃん。……なんか変な空気感?」


「……良かったね、お姉さん!」


少年が女性に近づく。少年は白っぽいような金髪のような髪色で10歳?小学校の中学年くらい。この人たちも蛇の妖怪なんだろうか。そんな気がする。美紅は立ち上がろうとするが、ふらふらと座り込む。貧血か。


「お姉さん、大丈夫?座ってていいよ。あ、名前はなんていうの?」


「あ、はい。頭はくらくらするけど、大丈夫です。えと、美紅です」


「みくちゃんだね。漢字はどうやって書くの?」


年下であろう少年からみくちゃんと呼ばれ、少し戸惑う美紅だったが、


「美しい、紅と書きます。秋生まれなので」


「秋生まれの美紅ちゃん!……僕はね、黒い音と書いてくおんていうんだ。年は近いかな?」


 えと、どう考えても違うでしょ。……うん?妖怪の年齢って?


「黒音は昭和の最後くらいに生まれたんですよ」


心の声を読まれたと思ったのか、美紅は驚いた表情で声の主を見る。


「あ、私は黒刃くろはといいます」


25歳くらいの、白っぽい銀髪の男性だ。


「俺は黒都くろとです」


こちらの男性は20歳くらいか。濃い灰色の髪をしている。光は月明かりしかないが、並ぶと髪色の違いがわかるものなんだと美紅は思った。しかし年齢に関しては、黒音のことを考えると、見た目年齢は関係ないということか。美紅は兄弟の父らしき男性を見る。


「……私は蒼詩あおしだ。この樹海に住む、大蛇や蛇たちの長ちょうだ」


三兄弟たちが驚いた様子で蒼詩を見る。


「……父上、正体を明かしたのですか?」


黒刃が尋ねる。


「気付かれていたからな。……それに、飛び降りるところまで一部始終見ていたのだ」


美紅に対して蒼詩は


「これも何かの縁。……聞こえていたかわからないが、助かったのは生きる資格があるということだ」


「手当てをしたのはおまけ程度ということです」


黒都が話に入るが、蒼詩にキッと睨まれる。黒都はあ、やべっと呟くと、黒刃の後ろに隠れた。


 手当てしてくれたんだ……。ずっとそばにいてくれたのはこの人かな?あ、この蛇っていうの?


「……それなら、もう変化へんげ解くー!疲れたー」


黒音はそう言うと、蛇の姿に変化した。というより、戻ったのか。


「……蛇だ。おっきい」


美紅は呟くように言った。それを見ていた黒刃が


「あまり驚かないんですね。蛇というだけで女性は嫌うのに」


「……もう何回も見たので。夢だと思ったんですけどね。それに、私は田舎育ちなので、蛇は結構見ました」


 さすがにこんな大きな蛇は見たことないけど……。


美紅は苦笑いをしながら黒刃に答える。黒都はにやにやしながら美紅を見ていたが、何か思いついたのか変化を解き蛇の姿に戻る。気づいてない美紅にそろそろと近づき、大きな口を開けかぶりつこうとする。何かの気配に気づいた美紅が振り返ると大きな蛇が……固まっていた。蒼詩がその大蛇を睨んでいたのだ。

これが蛇に睨まれた蛙か、と美紅は思ったが、蒼詩の姿を見た瞬間、美紅自身も固まってしまう。怖いと思ったのだ。蒼詩はそれを見ると、すっと無表情に戻った。黒都はムッとした表情を(した気が)すると、この場を離れた。蒼詩もどこかへ行ってしまった。


「あ、え〜と、仲が悪いわけじゃないんですよ。黒都は驚かそうと思っただけで、父上はそれを制しただけです」


「あ、はい、わかります。大丈夫です」


そう言ったところで、美紅のお腹がぐ〜と鳴り、空気を和ませた。


「……すみません、何も食べてないので」


黒音は蛇の姿で笑いながら


「僕、何か獲ってこようか?」


美紅の頭に「?」が浮かんでいる。


「動物とか食べるでしょ。木の実でお腹いっぱいになる?」


 そういうことか。サバイバルだ!……あれ?家に帰るという選択肢は?


「それとも今から家に帰りますか?」


黒刃がまた美紅の心を読んだかのように尋ねる。美紅はこの蛇、鋭いなと思った。美紅は俯き、今までのこと、今回のことを思い起こしているようだ。そして、美紅は決心したかのように顔を上げた。


「もう、家には帰らないし、会社にも行かない。一度死んだのだし、どうにでもなれ精神です」


「……家族はいいの?」


黒音が寂しそうに尋ねる。そういえば父親はいるけど母親はいないのだろうか、と美紅は思ったが


「私は天涯孤独みたいなものです。家も一軒家だけど、そこにひとりぼっちは寂しいから……」


最後は言葉に詰まりながら言う。そこに、そろそろ〜と戻ってきた、蛇の姿の黒都が美紅に向かって言う。戻ってくるの早いな。


「……別に一緒に暮らしてもいいけど、人間のような暮らしはできないぞ。何もないし。自分で何とかするしかない」


 やっぱりサバイバルか!


美紅は不安そうな顔をしている。


「父上はどう思うでしょうね。……昔は人間を食べていたと聞きましたから、食べるために生かしておいた説も……」


黒刃が真剣な顔で言っている。


「えー、美紅ちゃん、食べられちゃうの?」


「……今は食べないぞ、人間なんて」


誰しも蒼詩の気配に気づかなかったのか、ビクッと反応する。

今は、と言ったということは昔は食べていたのか……と美紅は考えていた。


「こちらに連れてきたのは私だから、心ゆくまでいるといい。……何もないが」


「あ、補足します。霧が出てたでしょう?あの霧で、この洞窟や妖怪たちの住む場所と区切ってるんですよ。なので、妖怪が引っ張り込まない限り、こちら側に来ることはできないんです」


美紅は無理やり納得したような顔をしている。黒刃は言葉を続ける。


「父上に見つけてもらって良かったですね。それもやっぱり縁なのかもしれません。この樹海には他の妖怪もいますから、例えば女郎蜘蛛に見つかってたら殺されてたかもです」


美紅はえっと声を上げた。


「蜘蛛いるんですか?」


「蜘蛛くらいそのへんにいるじゃん」


「……蜘蛛だけは、蜘蛛だけは……ゴキブリも嫌いだけど……」


「で、でも最近は女郎蜘蛛の皆さん、見てないので大丈夫だと思います!」


「この周辺に近づく者はいないと思うぞ」


「えー、美紅ちゃん、蜘蛛嫌いなの?」


美紅は蜘蛛のことが頭から離れなかったが、ふと、この空気が心地よいことに気づいた。いつも自分はひとりぼっち、だと思っていただけかもしれないが、この賑やかな空気は久しぶりだ。


 ここにいていいなら……嫌になるまでは、ここにいたい。でもサバイバル生活か……。


笑うかと思ったが虚ろな表情になった美紅を、蒼詩は見ていた。


「……何があったのか知らないが、聞いてやらなくはないぞ」


美紅はその言葉に顔をあげ、


「……そんなぶっきらぼうに聞く人、あ、蛇か、に自分のこと話したくないです」


「……」


「父上に対してすごい態度だな……」


「「「……」」」


美紅はヤバいと思ったのかフォローする。


「……思い出すと辛いので、言いたくなったら言います。……さっきは、サバイバル生活かーと思って考えてました」


「「サバイバル生活?」」


黒都と黒音の声がハモる。


「……自給自足ってことですか?」


黒刃が考えながら言う。美紅はあれ?そうだっかな?と思いながら


「そんな感じだと思います」


「美紅ちゃん、どうするー?美紅ちゃんがやりたいなら手伝うよ、サバイバル生活!」


 あれ?主旨ってそれだった?……でも、もうどうでもいっか。やりたいことをやって、自由に生きよう。



自由に生きる



美紅のこの決心はずっと胸に残り続けることになる。

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