月明かりとともにー蛇の妖怪と出会った日から私は変わっていった……そして支配するー

雪乃司

第1話 出会い

死にたい

死にたい

死にたい


いつもそう思っていた。この世に未練はない。いつ死んでもいいように、家にはベッドと、生活に最低限必要なものしかない。全部捨てた。でもそれさえももういらないかもしれない。

いつしか死にたいとも思わなくなっていた。死に「たい」じゃなくて「死ぬ」と思った。




20XX年、某所


夕方の森を歩く一人の女性がいた。山登りという服装ではなく、軽装の女性。荷物は……小さいリュックのみ。

自殺の名所と呼ばれている樹海。樹海とは海のように広大な森林が広がっていることをいう。今宵も一人の女性が、この樹海で死んでいくのか。死に場所を探しながら彷徨う女性。いつの間にか霧が出てきた。


 さっきのあれ、死体だよね。みんなここで死んでるんだ。私はどうせだったら高いところから飛び降りて死にたい。今まで痛い思いしたんだから、最期くらい楽に死なせて。


涙が溢れてきた。もう涙は枯れたと思ったが、この涙は未練なのか。女性は立ち止まり、涙を拭う。そしてまた歩き出す。

崖のようなところに出た。下は霧で見えないが、だいぶ高そうだ。女性は下を見たのち、空を見上げる。夜になっていた。月明かりが綺麗な夜だ。


 ……ここにしよう。だいぶ歩いたし疲れた。たぶん死ねると思う。


女性はその場で座り、リュックの中からナイフを取り出した。リュックの中はロープと小さな財布が見える。これだけしか入ってないようだ。


 タクシーの運転手さん、不思議に思ったかな?……通報されませんように。どうか静かに死なせてください。


女性は目を閉じ、そして開いた瞬間、ナイフで自分の左手首を思いっきり切った!


「うぅ……!」


痛みで呻き声をあげる女性。傷口から止めどなく血が流れてくる。それを見ると女性は微笑み、ナイフを捨てると崖に近づき、吸い込まれるように飛び降りた。



 その姿を見ていた者がいた。その者はまたかと思ったが、若い女性がなぜ、とも思った。やれやれとその女性が飛び降りたところに向かう。



 女性がうっすら目を覚ますと大きな白っぽい蛇が見えた。頭から流れた血でその場は血溜まりのようになっていた。女性はまた静かに目を閉じた。


「父上、この人、生きてません?でもそのうち、死ぬと思いますけど」


大きな蛇の一匹が言う。父上と呼ばれた蛇は何か考えているのか、何も言わない。


 頭が痛い。痛い。痛い……。大きな蛇が見えた気がする。でももう、目が開けない……。



 女性が洞窟の中に寝かせられている。頭と左手首には包帯……ではなく、布の端切れが巻かれている。洞窟はひんやりとしていて、女性はその寒さに目を覚ます。


 寒いな……。ここはあの世かな?それにしても全身が痛い……気がする。


うっすら目を開けて上を見ている女性。まだぼんやりとしている。近くにいた少年?は目を覚ました女性を見ると、


「父上ー!目を覚ましたよー」


とどこかへ駆けて行った。



女性は不思議に思っている。状況が飲み込めていない、また静かに目を閉じる。


 父上、ってなに……。なに……。


「なに……?」


女性はまだ思考が働かず混濁しているのか、同じことを繰り返し呟いている。

先ほどの少年と30歳くらいの男性が女性のもとに来る。その後から二人の男性も一緒にいる。男性は女性に近づくと片膝をつき、話しかける。


「本当は死体を埋めてやるはずが、まさか生きてるとはな」


女性はその声にうっすら目を開けるとその男性を見つめる。


「……生きてる。生きてる?」


女性は生きてるという言葉を繰り返すとパッと目を開き、体を起こそうとした。……が、無理なようだった。


「うぅ……痛い」


後ろの男性の一人が笑いながら


「飛び降りて体を打ったんだから当たり前じゃん」


バーカとでも言いたそうな言い方だ。少年はムッとして


「兄上、なんか言い方が酷い気がします!」


「え、俺、酷いこと言ってなくない?ねぇ、兄上?」


「……静かにしろ、おまえたち」


兄弟か、兄上と呼ばれた長男らしき男性は静かに言う。


「「はーい」」


女性はそのやりとりを見守っていた。それなら、この男性は父上かと思っているようだ。


 父上、兄上って何時代だよ……?


女性はまた目を閉じた。それを見た父上と呼ばれた男性は


「眠ったか。この次に目を覚ましたら、それは生きる資格があるということだ」


そう女性に話すと立ち上がり、その場を去った。去っていくとき、大きな蛇の姿になったのを女性はぼんやりとした目で見ていた。



 気がつくと誰かがそばにいてくれて、見守ってくれていた。それは男性の姿だったり、ときどき蛇の姿だったりした。私と目が合うと、蛇はまずいといったような顔をしてさっと逃げていった。



 ある朝、女性はすっきりとした顔で目覚めた。まだ頭は痛く、体も痛いが起き上がることができていた。ふらふらとした足取りで、洞窟の壁をつたい、外に出る。霧が少し出ているが、気持ちのいい朝だ。体を伸ばしてみる。


「あ、いたっ!」


 でも久しぶりにすっきりした朝って感じ。今日は何日だろ?


「……あー!」


女性は何か思い出したように叫んだ。


 生きて、るじゃん。あの世……じゃなさそうだし。ここは樹海っぽいし。


あたりを見回している。


 じゃあ、あの蛇さんたちは夢かな?白っぽい蛇だったと思うし、いいことあるのかな……?

でもこれから、また生きるなんて考えられない……。


涙がまた溢れてくる。女性はその場で座り込み、横に倒れ込む。そして仰向けになり、空を見上げる。涙を拭っていたが、それをやめると


「お腹すいたな……」


 このままここに寝てれば、死ねるかもしれない。野犬や狼がこの樹海にはいるらしいから、襲われて食べられるかもしれない。逃げる気力も体力もないから……。



 夜になり、体が冷たくなった女性を見つけた男性は、女性を抱き抱え、また洞窟内に連れて行った。女性は目を覚まし、男性をじっと見ていた。


「おまえは生きてる。おまえにとっては残念だと思うだろうが」


女性は悲しそうな表情をし、今にも泣きそうな表情になる。ふと、自分の左手首を見ると、布の端切れが巻かれていることに気づく。どこからどこが夢かわからないが、女性は自分が生きていることに気づいた。


「どうして。どうして……」


そう声を漏らしながら泣く女性を、男性は横目で見ていたが、目を逸らすと


「下ろすぞ」


と声をかけ、女性を地面に下ろす。女性はまだ泣いていた。男性はそばにいて静かに見守っていた。しばらくすると女性は泣き止み


「……お腹すいた」


男性は少し驚いた表情をするが、また無表情になり女性を見ていた。女性は体を伸ばすと


「あ、いたっ!……二度目だ!でもなんかすっきり」


女性は男性をじっと見つめ、ゆっくりと話し出す。


「どこからどこが夢なのかわかりませんが、……蛇さんなんですか?」


男性は考えていたが、


「……ああ、そうだ」


「そうなんですね。顔がキリッとしてるから、蛇っぽいですよね。……それと、今は何時代ですか?」


「……平成だ」


「……あれ?そうなんですね。服装が昔っぽいから……」


「……」 


「……な、なんですか?じっと見つめられると怖いです」


「……詳しくは蛇の妖怪だ」


「……人間に変身できる蛇がいるとは誰も思わないですよ」


「「……」」


二人の間に沈黙が流れている。

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