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今は列車はどの辺を走っているのだろう。私の体は力を抜けば揺らり揺れて、窓を見れば月明かりのない不気味な景色ばかりが視界を覆う。

すると隣の車両から、車掌らしき若い男が歩いてきた。車掌は私が起きているのに気付いて、

「お客さん、切符を拝見」と言った。

「切符なら改札で切ってもらったよ」

「そうじゃなくて、乗る前に貰いませんでした?」

乗る前に? と変なことを言うものだと思った。乗る前にあったことと言えば消えた老人が居たことだったが、別に切符のようなものは貰った覚えはない。無論、これは別途必要な特別車両でもない。

「大丈夫、見つかったら出してくださいね」

と言って車掌が去ろうとしたので、私は先ほどから気になっていたことを確認した。

「車掌さん。今この列車どこを走ってます?」

「あぁ。小樽、ですかね」


……固まった。この列車は確か東海道を進んで国府津まで行くはずで、どう狂っても出てこないだろうはずの駅名が返ってきた。困惑しているうちに車掌は前の車両に言ってしまった。

「どうりで外が神奈川には見えなかったというか、おかしいはずだった」

消えた老人、見覚えのあるおばさん、気が利くけど無愛想な車掌、小樽を走っている、切符の存在……謎だらけで戸惑ってはいるが、ハッキリしたこともある。この列車は普通じゃない。


何もわからない私は車掌に聞けば少しは解決するかと思って、車掌を追って前を走る車両に向かった。車両の連結部分は板か何かで繋がっていて、ずいぶん楽に移動できた。


前の車両に車掌は居なかった。そんなに早く歩いたかなんて思っていると、その車両には見覚えのある人物が座っていた。

それは、父親だった。

「洋。元気そうじゃないか」

「父さんも、相変わらず酒が好きみたいだな。こんなところでも」

名前の呼び方、声の質、細かいくせや酒好き、喋り方に至るまで紛れもなく父親だった。

「そりゃあ洋とも飲みたかったからな。洋とも仁とも、母さんと4人でこれをやるのが夢だったんだ」

「母さんも酒豪だからな。今でもよく飲んでるし、お土産は地酒って決めてる」

「理解はあるが、女らしくはねぇよな」

俺も親父も、何故かそんなことで涙が出るほど笑っていた。

「洋。こっちに来て付き合え。次の駅までだけどな」

ああ、ああ。

「そうするよ、父さん」

ガキの頃、父さんはよくことある事に酒を飲ませようとして、あとで母さんにこっぴどく叱られていた。記憶にはないが、赤ん坊の頃にずっと「早く一緒に飲みてぇな」と何十年後の希望を語っていたらしい。それは全部母さんから聞いた話だ。

「父さん。父さんは前を向きたいのに行き止まりに当たった時、いつもどうしてた?」

「ばぁか。行き止まりに当たった人間にそんなこと聞くな。けれど、前向いてりゃいつか良いことがあるってのは、今日わかったな」

「そりゃ確かに。嬉しいよ」

父さんは十五年前、北海道へ出張に出ていた時、落盤事故で亡くなっていた。


車掌がまた聞こえない声で、小樽の駅に着いたことを知らせた。ホームは相変わらず真っ暗だった。

「父さん、ありがとう」

「礼はこっちの台詞だ。こんな形で夢が叶ったんだから」

父さんもまた、名残惜しそうにしつつも列車を出た。

「諦めるなよ」

そう言い残して、感情的になるより早く、あっという間に闇に消えていった。

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