第2話
高校受験で、私は紗友希と同じ高校を受けようとしたけれど、当然ながら学力が及ぶはずもなく公立高校の入試に失敗し、私立のお嬢様高校に進んだ。学費も倍以上かかる私のことを、紗友希は「親不孝の出来損ない」と笑った。
それから三年後、私はなんとか、紗友希と同じ大学の経済学部に滑り込むことができた。意地でも姉と同じ学校に入ろうとしていた私の思いに気づいた彼女は気持ち悪いと言っていたけれど、その発言にはさすがに母親も顔をしかめていた。いいじゃない、姉妹二人で仲良く同じ学校に通えるなんて。母はそんなのんきなことを言っていたけれど、そもそも私と紗友希がこんなにも仲が悪いのは、自分の行動に原因があることをもう少し理解していてほしいものである。
そんなことはさておき、私は大学に入学するなり、様々なサークルの新歓に顔を出していた。大学生活を充実させ、素敵な彼氏を見つけ、友だちをたくさん作る。――私の中で、それこそが大学生活における最大のミッションだと思っていたのだ。紗友希は「大学には勉強をしに通うんだから」と、私の行動を鼻で笑っていた。確かに勉強はそこそこかもしれない、しかし友人もたくさんいて、素敵な恋人もいて、バイトにサークルに、と毎日を忙しく過ごす私の学生生活と、親や教師の期待通り医学部に通い、周囲の地頭の良さに絶望したりしながらも、実習やテストにまい進しながら医学の道を突き進む紗友希の学生生活に、そこまで大きな価値の違いは感じない。後からうらやましい、なんて思ったって知らないから。私は姉の憎らしい横顔を見つめながら、そんなことをしょっちゅう考えている。
英語サークルの新歓に顔を出したときのことだった。
「ねえ、あの子、主席の子じゃない?」
「本当だ、遠藤さんって子でしょ」
「そうそう」
同期の女子たちがこそこそと遠巻きに一人の女の子の噂話をする。
遠藤亜紗希。私たちの学年の、主席入学の女の子。彼女は医学部、姉と一緒だ。だから、私は彼女に近づいたのだ。
「こんにちは! 新入生だよね、私もなんだけど」
別に亜紗希を利用して姉をどうこうしようと考えたわけではなかった。ただなんとなく、姉と同等、いや、それ以上の立場の他人に近づくことで、何かこの状況の打開策が見つかるのではないか、という漠然とした希望を抱いたというだけの話だ。
実際、亜紗希という子は、予想以上に残念な子であった。初めて出会った新歓では、周りのノリについていけず、常に浮いていた。高校同期と一緒にカフェで話したときだって、終始私たちの会話をつまらなそうな顔で聞き、最終的には居眠りまで始めた。いいよね、あんたみたいな子は。姉もそうなのだが、彼女たちは彼女たちの世界で生きることを許される。私たちからすれば全然理解できないような非常識な行動をとっても、「だってあの子は天才だから」で許される。
姉の紗友希のことを知っているか、と亜紗希に質問したとき、彼女はあまりピンと来ていない様子だった。ざまあみろ、と思った。本当の天才は、紗友希なんか気にも留めていない。そもそも、亜紗希が他人のことに興味を持つようなタイプには見えなかったものの、彼女の視界に姉の姿が入っていなかったことに、喜びを感じたのだった。
高校同期と、亜紗希との食事のあった日、本当は夕方以降、特に用事はなかった。二人には少し見栄を張って「この後はデートだ」と言ったけれど、ちょっぴり甘すぎるファッションやメイクの言い訳をしただけだ。モテたいならピンク。モテたいならフリルのついたスカート。SNSやしょうもない恋愛記事でそう教えられている私たちは、桜色やフリルをまとった女を見たときに、こいつは男性から選ばれることばかり考えているしょうもない女だ、と判断するように無意識にインプットされている。実は、こういうファッションは単に好きで着ているだけだったりもするのだが、周りはそう解釈してくれない。それならいっそ、もう「そういうヤツ」で行くしかない、と最近は開き直っている。
気が付けば「かわいい担当」だった。
中学時代、男子生徒からはよくモテたし、女子からも「有紗ちゃん、かわいい」と言われ、ちょっとやそっとの失敗は許されてきたと記憶している。高校時代は女子高だったからあまりその恩恵を受けることはできなかったけれど、生まれながらの華やかさとか、愛らしさは女子の間でも敵を作ることはなかった。正直、この顔面に産んでもらったことにはとても感謝している。
一方で、「かわいい担当」から永遠に抜け出すことができないことを窮屈に感じることもある。「かわいい」、というのは同時に舐められることでもある、と気づいたのは、実はここ最近のことである。
「うちのクラスの女子、顔だけなら有紗ちゃんだよな」
私に対してそのようなジャッジを下す人間がいることを知ったのは、大学の同じクラスの男子がSNSでそう呟いているのを目撃してしまったからだ。もともと非公開アカウントにしていた彼が、何らかのきっかけで公開設定に変更したらしく、アカウントを公開する前に呟いていた内容が見られるようになってしまっていたのだ。こんなの、まるで私が中身がない人間みたいじゃない。その男子と会話をしたことは数えるほどもなかったから、彼が私の人間性を知っているとは到底思えなかったけれど、どこか人を小馬鹿にしたようなその表現に、少なからず衝撃を受けた。
その週の土曜日、私は都内の河原で、バーベキューをしに来ていた。ロングヘアをくるりと巻き、ピンクベージュのお気に入りのワンピースを着て、自分を奮い立たせた。――私は、「かわいい」を求められているから、ファッションもメイクも手を抜くわけにはいかない。
しかしその日、すべてを持って行ったのは、黒髪ショートボブを後頭部でちょこんと結んだ、どこかあか抜けない雰囲気の女だった。
「
「食べとるよー? ……あ、佐藤くんこれ持ってってくれん?」
その女は男子に交じっててきぱきと準備を進め、いたって自然に彼らと会話を交わし、気づいたら皆に囲まれていた。
「有紗ちゃん、楽しんでる?」
黒髪ボブの女の方を睨みつけていると、件の男子が声をかけてきた。もちろん、と返したけれど、私は彼にかわいい顔を向けることができていただろうか。
バーベキューの帰り道、前方を歩く男子たちの会話を聞いてしまった。
「今まで、ぶっちゃけ充希ちゃんノーマークだったけどさ。全然、アリだよな」
「わかる」
「コミュ力高いし、話すとめっちゃおもろい」
「あんな頭おかしい女子、初めて見たわ」
「頭おかしい」という強めの表現に、彼なりの好意が滲んでいることくらい、私にもわかる。彼らは常に、心地よく消費できるコンテンツを求めている。合コンや、普段の生活では、多少顔面が華やかな私みたいなのがとてもウケる。しかし、バーベキューだとか、旅行だとか、そういったイレギュラーなアクティビティが生じる状況下では、「かわいい」は無力。なんとなく後ろを振り返った。黒髪ボブの女は、クラスで一番人気の男子とふざけあっている。背中のあたりをぺちん、と叩く彼女の姿を見たときに、妙な嫌悪感を覚え、目をそらした。
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