第6話
「話が違うんだけど」
「……ごめんなさい」
結局、有紗は終始恋愛モード全開で、それが田口くん的には気に入らなかったらしい。
「彼女がいることははっきり言ったはずだし、遠藤さんも知ってただろ? 今回紹介してくれた百瀬さんは、医学部の子とただの友だちになりたいだけだって、遠藤さん、言ってたよね」
「はい……」
「恋人としての出会いの場、俺はノーサンキューって明言しているのに、嘘までついてセッティングするなんて、少し意地悪すぎないか? こんなことが続くようなら、遠藤さんの友だちにオチオチ会ったりすることはもうできないから」
「ごめん。二度と、こういうことに田口くんを誘うことはないよ。私も二度も三度も騙されないはずだから安心して」
有紗は有紗で、どうやら田口くんとは脈なしだと早々に気づいたようで、ここしばらく機嫌が悪い。恥をかかされた気分なのだろう。だから有紗が田口くんと接触を試みる機会は今後無さそうだし、今回のようなことがあるといけないから、私だって田口くんと女子を引き合わせるのはこれからは躊躇するだろう。
ふと、田口くんが首を傾げた。
「……あのさ、もしかして遠藤さんも知らされてなかったの? その、百瀬さんが医学部の彼氏が欲しくて俺と会ったこと」
「そりゃあ、知らされてたら会わせてないけど」
その刹那、田口くんの顔色が変わる。
「マジか。……めちゃくちゃ嫌な言い方してしまった、ごめん」
「田口くんに迷惑かけたのは事実だし。それに、私の都合が悪い日時を指定してきたときに、有紗の目的に気付くことができなかったのはこちらのミスなので」
「それは結果論じゃん。俺がムカついたのは、遠藤さんに騙されたって勘違いしてたからで……そっか、遠藤さんを怒る筋合いなんてなかったのか」
あと少しで泣き出すんじゃないかというほどの狼狽えっぷりに、笑いそうになる。
「遠藤さん。謝ることしかできないけど、本当にごめんなさい。百瀬さんと俺との間で板挟みになるの、相当しんどかったと思う」
他人の心を慮ることのできる人間は。
「自分でも分かってる。友だちやサークルの人にも言われる、俺のスタンスはあまりに潔癖すぎるって。でもさ、自分が彼女に同じことをされたらって思うと耐えられなくて。だから、必要以上に神経質になる。迷惑だったら、ごめん」
――他人の心の痛みを、他人事として捉えられない人間は、強く生きていくことはできないよ。
その一件があった後、田口くんとは無事仲直りし、有紗との友人関係も破綻しなかった。有紗は度々、私の友人を紹介しろとせがんできたけれど、医学部男子には大抵美人な彼女がいたし、そもそも私に友だちが少ないせいで、彼女のご希望に沿うことはできなかった。
「ほんと、使えない」
小さく呟く彼女を見ていると、笑えてくる。――他人をコンテンツとして捉えているのはどっちだよ、って。医学部男子を、将来のATMとし、そして私をその仲介役として。
人の役に立ちたいと考えていた。それは、幼馴染みの夏子との関係が原因のひとつでもあった。私は、親友だったはずの夏子の役に立ちたいと願い、逆効果となるようなことばかりした。それは無自覚で、しかしその無自覚さ故に少しずつ広がった溝は、気づいた頃にはほぼ取り返しのつかないほどのものになっていた。そんなときに出会ったのが、有紗だった。
少しわがままで、気が強く、おしゃれで女の子らしい子だった夏子と、有紗のことを心のどこかで重ねていた。だから、最初は有紗の力になりたいと思った。
でも気づいたんだ。当たり前だけど、夏子と有紗は違う。全然、違う。私と一緒に過ごすことで自尊心が傷付き、自らを守るために攻撃的な言動を取らざるを得なかった夏子。自己愛に溢れ、人を自分の意のままに動かそうとする有紗。一見似ていても、行動原理の明らかに異なるふたりを重ねる方が、おかしいんだ。
――もう、ムリしなくて良いかな。最近、よくそう思うようになった。
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