第5話
告白されて付き合いはじめて、好きになりかけて、マジで好きになってしまう前に別れを告げた。
未練はない、そう思っている。
14時半。今日の有紗は、ピンクのオフショルブラウスに、イエローのシフォンミニスカート。この格好で大学の講義を受けるのは、結構勇気が必要なのではないか。
「お待たせ」
「いえ、こちらも今来たところで」
田口くんはというと、なんだかよく分からないキャラクターの描かれたTシャツに、そこそこ履き古したジーンズという、やる気のない格好。彼、残念ポイントがもうひとつあったんだった。――私服が絶妙にダサい。たぶん、ムダに顔が整っているだけに、ファッションに手間を割く必要がないと思っているのだろう。
「じゃあ、時間なくなる前に行きましょう」
仲介役の私は、見つけておいたお店へと誘導する。なんだか変な感じ。今までこんな役割を負ったことはなかった。顔が広いタイプではないから、誰かと誰かを結びつける、という経験がないのだ。
しかし、その役目は案外私に向いているのではないか、と思い直す。今日の私は、空気でいい。主役は2人、彼らが友人になる邪魔さえしなければいいのだ。私自身に面白さや、興味深さを求める人間は、今ここにはいない。
「えっと、亜彩希ちゃん。正気?」
有紗は小声で私に耳打ちをする。
「何が」
「だって! ――いくらなんでも、大衆食堂だなんて」
「なんで? 別に、美味しいものを食べられればそれでいいんじゃないの」
「せっかくのデートなのに、これじゃあムードもへったくれもないよ」
「デートじゃないんでしょ? ただ友だちになりたいのなら、別にムードなんてどうでもいいじゃん」
「デート……じゃないんでした、はい」
有紗の様子に違和感を覚えつつも、店員に通されるまま、私たちは席につく。ずっと行ってみたかったんだよね、この食堂。ここのアジフライ、めちゃくちゃ美味しいらしい。しかも安価ときているから、お昼時はめちゃくちゃ混む。しかし今やおやつの時間、幸いなことに人の流れは落ち着いていた。
「あー、腹減った」
田口くんはというと、マイペースなご様子。とはいえ、彼もまあ、結構器用な人間だ。食べることをメインに置きつつも、有紗の話に相槌を打ち、無難な回答をし、うまく話題を運んでいる印象だった。
解剖学の授業中に倒れたという、彼の鉄板エピソードを聞いた有紗は、やだぁ、と言って笑った。そのときに、田口くんの腕にさりげなく、触れる。ボディタッチに抵抗がないタイプの人間って、一定数居る。例えば、幼馴染みの夏子は比較的そうだった。一方私はというと、自分からするのも、人からされるのも両方苦手。――だからそのとき、ビクッと身を縮めた田口くんの気持ちは、少しだけわかる。
それから田口くんは、有紗が楽しそうに喋っている間じゅう、どこか警戒するような様子で彼女のことを見つめていた。――これ、仲介失敗では? 田口くんが潔癖っぽいところを持っているだなんて意外だな。そんなことを思いながら、時計を見る。
「あ。私、そろそろいかなきゃ。バイトに遅刻しちゃうから、あとはよろしく」
残りのアジフライとご飯をかきこみ、お代を置いて席を立つ。
「あ、じゃあ俺らもここらで解散――」
「えー、私たちはまだいいじゃん、もう少し話しましょうよ」
なにやら有紗と田口くんが揉め始めたが、私の知ったことではない。仲介を終えたらお役御免なのである。今日の生徒は、高校3年生。受験直前の大切な1年間、待たせるわけにはいかない。
そしてその日から4日後。私は田口くんにしこたま怒られることとなる。
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