第3話

 有紗は私のことを頭から爪先までなめるように見渡した。その視線に、なんだか人を見定めるような気配を感じて、私は一歩後ずさってしまった。


「へえ、亜彩希ちゃんってそういう格好するんだ」


 その言葉にどういう意味を含ませたのかは分からないけれど、私は「まあ、たまにはね」と言葉を濁すのだった。


 私がかき揚げそばを注文しているその横で、有紗はサラダバーから数種類のサラダを盛り付けていた。足りるのか? と疑問に思わなくもないけれど、そもそもこの後どこかで何かを食べる予定があるのかもしれないし、ダイエット中なのかもしれない。――いずれにせよ、詮索されるのはウザいと思うし、何よりそこまで他人の食生活に興味もないので、私は黙っていた。


「さっきさ、1号館から亜彩希ちゃんが出てくるの見ちゃったんだ。それで連絡したの」

「あ、そうだったんだ。……じゃあ、階段から転げ落ちそうになっているのも見られたか」

「まあね」


 そう言って彼女はいたずらっぽく笑った。白のワンピースの胸元に、ピンクゴールドのハートモチーフのペンダントが光っていた。何となく、こういう子こそが「モテ系女子」ってやつなんだろうな、と思う。


「そこで亜彩希ちゃんにお願いがあるんだけど」


 有紗は両手を小さく合わせて、上目使いで私を見上げた。


「医学部に田口くんっていう子いるでしょ? あの子のこと、私に紹介してくれないかな」

「これまた唐突だね」

「唐突だなんて、白々しいなあ。さっき話してたでしょ、見たけど」


 もちろん有紗は笑顔でこの言葉を口に出したのだが、「白々しい」という響きが妙に攻撃的に聞こえ、気持ちが冷える。考えすぎなのは分かっている。この間のデートの相手とはうまく行かなかったの? という言葉は飲み込んだ。


「でも田口くん、彼女いるよ」

「そういう『紹介』じゃなくて、単純に友だちになりたいってだけだから」


 そういうものなのか。いくら有紗が王道モテ系女子だからって、なんでもかんでも恋に結びつけるのは失礼だったか。


「分かった。じゃあ、とりあえず本人に確認してみる」

「お願いね」


 妙なミッションを課されてしまった。こういう頼みごとは、忘れてしまわないうちに片付けるに限る。次の必修授業で、なんとか彼を捕まえようと決心した。


「それにしても、大学で女の子の友だちができて良かったー」


 有紗がそう呟いたのを、不思議に思った。


「どうして、急に」

「ほら、やっぱりさ。……なんていうか、男子ってどこかうちらのこと、『コンテンツ』として見てるって感じしない?」

「コンテンツ?」

「あの子は可愛い、あの子は盛り上げじょうず、あの子は甘やかしたくなるタイプ、とか。お前らは俺のこと、どうやって楽しませてくれるの? って。亜彩希ちゃんはそういうの感じない? 感じないか」

「品定めってやつね?」


 独特な言葉遣いだと感じた。コンテンツ。


「……まあ、そんな感じかなあ」


 でもそれは、うちらの間だって同じじゃない? 有紗のなめるような視線を思い出し、私は余計な一言を口にする。


「私はそうは感じないかな。男子でも、ちゃんと私のことを『コンテンツ』なんかじゃなくて『人』として扱ってくれるなって思うこと、普通にあるよ」


 それこそ、田口くんなんかはそうだ。既に大好きな彼女が居るからか、私のことを助けた弾みで腕に触れたとしても、そこに下心は微塵も感じなかった。誰が可愛いとか、誰が気が利くとか、そういう物言いをするのを一度たりとも聞いたことはない。


 ああ、だからこの子は田口くんを紹介してほしいと言ってきたのか。辻褄が合って、妙に納得してしまった。





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