第2話

「ちょっと、亜彩希ちゃん! 寝てんじゃん」


 笑い混じりの声にはっとする。


「ごめん。昨日課題があって夜更かししてたから」


 いけないいけない。興味のないものに対して興味のあるふりをすることは、人間関係をうまく泳いでいく上で大切なこと。


「そういえばさ、あの後、紗友希としゃべった?」


 有紗は、思い出したかのように自身の双子の姉の話を出してきた。今日初めて私に話題を振ったんじゃないかな、この人。


「紗友希さんね。声はかけたよ」


 演習の授業のあと、有紗に少し似た顔をした女の子を発見して話しかけた。――しかし、どうやら中身は結構違うみたいで。


「紗友希、何か言ってた?」

「いやあ、特に……」


 なんというか、めちゃくちゃ適当にあしらわれてしまったのだ。経済の有紗ちゃんと姉妹だと聞きました、と声をかけたはいいが、返答はまさかの「で?」。びっくりしたよ、しょっぱなから愛想悪すぎでは。 機嫌が悪かったっていったって、私たちももう18、いい大人なんだからさ。


「双子って聞いたけど、あんまり似てないね」

「まあ、二卵性だからねえ」


 有紗が綿菓子なら、紗友希は……なんだろう、激辛ハバネロって感じ? 服のテイストも辛口、発言も辛口。それに、かたや文系でかたや理系ってのも、なかなか面白いな、と思う。


「あ、ごめん。ちょっとお手洗い行ってくるね」


 そう言って席を立つ有紗。残されたのは、瑠璃と私。気まずい。


「あ……えっと。あー」


 何を話すかも決めていないのに口を開いたことを後悔した。


「大丈夫だよ、亜彩希ちゃん。有紗が無鉄砲でごめんね? 最初にうちらのこと互いに紹介させろよっての」


 瑠璃の困ったような笑みに、安堵する。


 一通り自己紹介をした後で、再び有紗の話題へ。


「あとさ。――有紗と紗友希のことなんだけど、似てるとか似てないとか、あんまり言わない方がいいかも?」


 瑠璃の言葉に、はっとする。


「そうなんだ。……そうだよね、双子っていつもそういうこと言われてるだろうし、普通にウザいよね。悪いことしちゃったなあ」

「そこまで申し訳なく思う必要もと思うけど……有紗も変わった子だし、ね」


 きっとこれは、何らかの忠告だ。そのことを察し、じゃあ私はどうすればいいのかと思案する。何が地雷? 何をすると傷つく? そもそも、関わって大丈夫な人?


「お待たせー」


 戻ってきた有紗は、髪型とメイクの雰囲気が変わっていた。


「すごい、かわいい」

「そんなことないよ、ありがとう」


 先ほどはアップにしていた髪の毛を下ろしていた。毛先のカールがキュート。ピンク色のアイシャドウに、プルプルのリップグロス。頬も、艶感のあるピンク。全部ピンク。


「このあと、デートだからさ」

「彼氏?」

「まだ違う」


 そんなやり取りを耳にしつつ、私は有紗のことをまじまじと眺めた。参考にすべき点があるかな、なんて。2年ほど前、彼氏がいた時期がある。彼氏と会う際にほんのりと塗った色つきリップすら「似合わない」と幼馴染みに一蹴された経験がある私としては、有紗のメイクテクは気になるのだった。


「いいな、メイク上手で。私、どうやったらいいのかイマイチ分かんなくてさ。今度時間のあるときに教えてほしいな」


 素直に感想を言ったら、微妙な顔をされた。また何か地雷を踏み抜いたのだろうか。


 その夜、家に帰ると有紗、瑠璃、そして私の3人が居るLIN○グループが動いていた。


『瑠璃、亜彩希ちゃん、今日は本当にありがとう! また遊びに行きたいねー』

『こちらこそあり! しかし今日のパンケーキは重かった、もう年だな』

『やだー、うちらまだ18、19よ』


 ふたりの会話が続く中、私がカットインしていいものか思案した。


『今日はありがとうございます。楽しかったです』


 一言だけ返してみる。


『亜彩希ちゃんもありがとう! これに懲りず、また遊びに行こうね笑』

『今度はショッピングにでも行きたいね』


 そんなふたりの返信を見て、安堵した。





 別にあの日の有紗の格好が羨ましくなったわけではないが、今日の私は少しヒールのある、真新しいイエローのパンプスをはいていた。ゴールデンウィーク直後。初めて入ったアルバイト代で買ったものだ。元々持っていたパンプスは、上京の日にヒールを折ってしまったのだ。靴に合わせて、洋服も春~夏仕様の、明るい色、薄手のふわふわとしたものが増えた。こういうファッションは、嫌いではない。私はあまり女性らしいイメージを抱かれないタイプだけれど、それは皆が勝手に私に「そうあってほしい」と願っているイメージであって、当の私自身はいたって普通に、フェミニンなデザインの服や持ち物を持つし、恋愛にも興味はある。似合うかどうかは知らない。


 必修授業が終わり、食堂へと足を運ぶ道中、スマホのバイブレーションが鳴った。鞄の中を探ろうとした瞬間、階段を踏み外しそうになった。――あ、またやっちまったか。そう思った。注意力が散漫で、幼い頃から幾度となく事故を起こしてきたのだ。


「あぶねーっ!」


 そんな声と共に、腕を強く掴まれる感覚。危うく転落を免れた私は、声の主へと振り返る。


「危ないよ、遠藤さん!」


 ちょっと怒りぎみに注意してきたのは、同じ学科の田口くんという同級生の男の子。


「ごめん、助けてくれてありがとう」


 気を付けろよ、と言いながら去っていく。


 田口くん。彼は、医学部医学科の中でも一際目立つ生徒だった――この私が名前を覚えるくらいには。甘いルックス、そして運動神経抜群、バスケットボールサークルに所属。とっても優しく、人懐っこい性格。しかし、解剖学基礎の授業で倒れてしまうくらいにナイーブ。なんというか、絶妙に女性の母性本能を掻き立てる、いわゆるなぜかモテるギャップ系男子。しかし、彼にはデカすぎる残念ポイントがあった。


 彼女が居るのだ、めちゃくちゃ美人の。確か、別の学部の2年生だったかな。しかも田口くん本人がそれを豪語しており、下手に彼と話をすると終始ノロケられて面倒なことになる、という噂つき。彼に言い寄ろうとして玉砕した被害者女子が、看護科を中心に複数人湧いているという。




 スマホの着信は、有紗からのものだった。


『ご飯一緒にどう?』


 不在着信とともに添えられたメッセージに返信を打つ。


『まだ間に合うなら!』

『じゃあ、食堂前でよろしくね』


 有紗からの再びの誘いに、安堵した。というのも、前回の女子会でかなりやらかしている自覚があるから。それでも誘ってくれるっていうことは、有紗とは今後仲良くなれるのではないかという希望的観測をせざるを得ない。笑顔で手を振る有紗に応えて手を振ると、さっき強く掴まれた腕がジン、と痛んだ。



――――――――――――――――

ゲストくん登場!

拙作『夏、あのバスに乗って消えたものを探すなら』『クロッカスの花の色は?』の主人公の田口 慶くんです♪

難攻不落のリア充男子として登場させるのに都合が良くて……

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