2.虎の威も借りたい

第1話

 本日の収穫。マスカラを上手につけることができるようになったこと。そして、LIN○の友だちが、ひとり増えたこと。




 うっかり今の大学に首席で合格してしまったことが、不運の始まりだったのかもしれない。なんの準備もしていなかった私は、不必要に注目を浴び、勝手に興味を持たれ、うまく対応しきれず、勝手に失望され、結局ひとりでいる。私はどうも中途半端な人間で、成績だけは良いくせに、人と関わるのは苦手。だからといって、孤高の天才キャラを貫くことができるわけでもなく、本当は友だちだって欲しいし、恋人も欲しい、ただの陰キャな不器用人間。なんというか、残念きわまりない。今まで自分の興味のあることしかしてこなかった罰なのだろうか。


 少しだけおしゃれを覚えてサークルの勧誘に乗り込むも、先輩方のチャラさと、新入生のギラギラ感にやられてしまって、どこにも入部せずじまい。ただ、そんな中でも連絡先を交換できた友人がひとりいるだけで、今日という1日に意味があったと思える。


 百瀬ももせ 有紗ありさ。それが彼女の名前。


 バイオレットアッシュでゆるふわパーマのかかったロングヘアに、黒いリボンのついた有名ブランドのカチューシャ。桃色のブラウスに、紺色の花柄スカート。甘い話し方をする、綿菓子みたいな女の子に、なぜか幼馴染みの姿を重ねてしまった。そんな私の視線に気づいたのか、彼女はこちらへとやってきたのだ。


「こんにちは! 新入生だよね、私もなんだけど」


 だから、声をかけてきたのは向こうからだった。


「うん」

「私、百瀬有紗。経済学部だよ! お名前聞いてもいい?」

「遠藤亜彩希。医学部……」

「え、医学部? じゃあ、私の双子の姉と一緒だ!紗友希さゆきっていうんだけど」


 百瀬紗友希さん? そんな子いたっけ。私は人の名前を覚えるのが得意ではない。今度、演習の時間にでも探してみよう。


 そうして私たちは、知り合いとなり、SNSで繋がった。終始彼女のペースで会話が進んでしまったな、なんて思いつつ、私は安堵していた。――この広い場所で、私のことを気に留めてくれる人がいたんだ、と。


 そんな出会いから2週間程たったある日、有紗から1通のメッセージが届いた。


『お久しぶりです。有紗です。私のこと覚えてるかな?』


 なんとなく、特に意味はないけれど、個人メッセージが届くとドキリとしてしまう。


『新歓で黒のカチューシャをしていた経済学部の方ですよね』

『そうだよw よく覚えてるね、おもしろ』


 なにが面白かったのか。


『嫌だったら断ってもらって構わないんだけど、今度女子会開こうと思ってて。亜彩希ちゃんも来る?』


 答えはもちろん、YESだ。





 集合場所は渋谷駅、そこから徒歩15分程のカフェでパンケーキ女子会。すごい、なんというか、女子大生っぽい。参加メンバーは、私、有紗、そして有紗の高校同期の瑠璃るりという名の女の子。瑠璃は有紗とはうってかわって、ややボーイッシュな子だった。


 オレンジとホイップクリームの乗ったパンケーキが運ばれるや否や、私はいただきますとそれを切り分けた。


「あ~! 亜彩希ちゃん、写真とるの忘れてるよ」


 有紗からの指摘に、思わず首を傾げてしまった。そして、後れ馳せながらSNSにアップする用の写真を指しているのかと納得する。


「ほんとだ、やらかした。残念」


 とりあえず有紗に話を合わせてみた。でも本当は、元々SNSへのアップなんて想定していなかった。アカウントは持っている、しかし自分から何かを発信する、という行為がどうも受け付けなくて、人の投稿にいいねを付けるだけのものとなっている。


 オレンジとホイップクリームの乗ったパンケーキはかなり美味しかったけれど、最後の方は少し胃もたれがした。イチゴとブルーベリーのパンケーキを平らげた有紗は、やっぱり甘いものはサイコーと言って喜んでいた。


「……それでさ。3年のときE組だったさくらの元彼がストーカー化したらしくて!」

「えー、めっちゃヤバイじゃん。どうすんの」

「とりあえず、教務科に相談だって」

「教務科? 役に立たなそう」


 予測できなかった私がバカなのだけれど、有紗たちの話題は主に高校同期のゴシップ。当然、私はついていけないし、興味もない。そう、高校同期水入らずのところに遠慮なく飛び込んでいった私が悪いのは分かっている、しかしどうして私を呼んだ? そんなことをぐるぐると考えているうちに、食べ過ぎも相まって眠気が襲ってきたのだった。




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