第3話:ユグレス山にて

 ―魔王城 謁見の間―


「勇者様、大変です!」


 王国軍の兵士が慌てた様子で駆け込んで来た。


「どうした。何か見つけたのか?」


「はっ!先程の黒い鳥が再び出現!その背中には、魔王の娘が乗っていた模様です!」


「なんだと!⋯⋯奴らはどこに向かっていった?」


「こ、後方の山です!」


「山⋯⋯?」


 勇者は、その行き先に疑問を感じた。


(何故山なのだ⋯⋯?普通、逃げ隠れるなら街や村に紛れ込むはず。⋯⋯一体どういう事だ?)


「⋯⋯勇者、様?いかがいたしますか?」


「⋯⋯奴らを追って山に突入する。急ぎ準備を始めろ!山越えになる。特に水は入念にな」


「承知いたしました!今すぐ準備に取り掛かります!」


 兵士は敬礼して退出した。


「⋯⋯魔王の娘。何を企んでいるのだ⋯⋯?」


 勇者はこみ上げるいらだちを抑えながらも支度を始めた。



 ◆◆◆



 ―ユグレス山 山頂―


 アルステリアとユウキは、門の封印があるユグレス山の山頂に降り立った。


 そこから少し進んだ先に、それはあった。


「⋯⋯着いたぞ」


「⋯⋯これが門か」


「あぁ。⋯⋯私も、ここに来たのは初めてだがな」


 二人の目の前には、大きな古びた門が立っていた。門の周囲には無数の石杭が突き立っており、それが門をぐるりと囲むように配置されている。


 そして、その門の目の前に小さな台座らしきものがあった。


「さて、では早速儀式を始めるぞ。言っておくがなユウキ、儀式中、この杭の内側に入るなよ?そうなれば、封印は即座に砕け散るからな?」


「分かったよ⋯⋯。で、オレに出来る事は無いか?」


「無い。強いて言うなら、そうだな⋯⋯。儀式中、私は無防備になるので護ってもらいたいな」


「⋯⋯了解。任せとけ」


 そう言うと、ユウキは封印から離れたところにある岩の上に座った。


 アルステリアは門の前に進み、そこにある小さな台座に空いている小さな穴に剣を突き立てる。


 そこで一つ深呼吸。


「⋯⋯⋯⋯では、再封印の儀を開始する」


 アルステリアは、普段は決して出さない低い声で宣言し、再封印を開始した。



 ◆◆◆



 ―50分後―


 再封印の儀式も残り僅かとなった頃。


「⋯⋯このまますんなりいって欲しいものだが」


 ユウキはぼそっとつぶやく。


 だが、そんな願いも虚しく、ユウキは山頂に近づく気配を感じ取った。


(⋯⋯いるな。この気配、多分勇者か⋯⋯。早過ぎるだろ、くそっ!)


 山頂に向かってきている気配は勇者であった。


 儀式ももうすぐ終わるというこのタイミングで、なんとも不運な事であった。


(⋯⋯仕方ない。こっちから奇襲でもかけて、時間稼ぎをするしか無いか⋯⋯)


 そう決意すると、ユウキは足音を立てないよう静かにその場を離れた。



 ◆◆◆



「⋯⋯もう少し。もう少しで山頂だ⋯⋯!」


 勇者は山を登っていた。一人で。


 正確には兵士たちと共に来ているのだが、勇者は無尽蔵の体力で一気に駆け抜けていた。


 そこで勇者は、ただならぬ魔力を感じ取った。


「ぬ!何なんだ、この馬鹿デカい魔力反応は!⋯⋯魔王の娘が、何かやっているのか?⋯⋯これは急がねば!」


 勇者が一気に駆け上がろうと足に力を入れた瞬間。


「でえぇぇぇぇい!」


「!」


 いきなり、何者かが勇者に向かって奇襲を仕掛けた。


 勇者はその超人的な反射神経で素早く抜剣し、奇襲を受け止めた。


「何者だ!この勇者に奇襲を仕掛けるとは⋯⋯!」


「顔がイマイチな勇者とか、オレは認めない!」


 酷い言い分である。


「何を訳の分からん事を⋯⋯!せめて名を名乗れ!」


「あぁそうかい!オレはユウキ。⋯⋯勇者はオレがたたっ斬る!」


「何を!」


 二人はひたすらに剣を交えていくが、勇者は圧倒的な力でユウキをじわじわと押し込んでいった。


「くっそ、このバケモンが⋯⋯!」


「ふん、この勇者を相手によくやるものだな!」


 そして、勇者がユウキの剣を弾き飛ばしたところで決着が着いた。


「さて⋯⋯。お前、ユウキと言ったな?何者だ?あの魔王の娘とはどういう関係だ?」


(⋯⋯そろそろ時間か?なら、ここまでだな⋯⋯)


「おい、聞いてるのか?」


「トラップ・ナイトフォグ!」


 ユウキが叫んだ瞬間、辺り一面に黒い霧が立ち込めた。


「こっ⋯⋯、ゴホゴホッ、これは⋯⋯っ!」


「戦闘中、こっそり罠を仕掛けておいて良かったぜ⋯⋯。さらばだー!」


「ゲホッ、ゴホッゴホッ!く、くそっ!」


 ユウキはすぐさま離脱し、勇者は黒い霧を吸い込んでは咳き込みを繰り返していた。


(これは時間稼ぎか?なめた真似を⋯⋯!)


「ゴホッゴホッ。っく、くっそぉぉぉぉぉ!」


 勇者の絶叫が咳と共にこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る