第2話:アルステリアとユウキ

 アルステリアを乗せた黒い鳥は、しばらく飛んだ後、近くの開けた空き地に着陸した。


 アルステリアを降ろした後、黒い鳥は身体をぐにゃぐにゃと変化させ、次第に人間の男に変化した。


「⋯⋯ふぅ。やっぱり人の姿が一番だな」


「⋯⋯え、えぇ?!」


「⋯⋯ん?おぉ、すまん。驚かせてしまったか」


 男は悪びれる事なく謝るが、アルステリアにとってはそれどころでは無かった。


「ど、どうなっているのだ?!鳥が、に、人間に変化するなど、聞いた事も⋯⋯!」


「いや、これはただの変化の魔法だから⋯⋯。って、いやいや、今はそれどころじゃあ無いのよ姫様?」


 男は、アルステリアの動揺を抑えようとなんとか言い聞かせ続けた。


 アルステリアが落ち着きを取り戻したのは、それからすぐの事であった。



 ◆◆◆



「失礼した⋯⋯」


 ようやく落ち着きを取り戻したアルステリアは、男へと謝罪した。


「それで、お前は何者なんだ?」


「落ち着くなりいきなりかい!」


「今は余裕が無い上に情報もほとんど無い。少しでも多く、私は知りたいのだ」


「おーけーおーけー。なら早速自己紹介だ。⋯⋯オレはユウキ=サクラ。魔王様に召喚された、『召喚獣』だ」


「何っ?⋯⋯父上の?」


「あぁそうさ。魔王様は、いずれ志半ばで勇者に倒される事を予期していた。だから万が一の時に娘を逃し、護りきる為の切り札が必要だと考えた。そして喚ばれたのが⋯⋯」


「お前、という訳か⋯⋯」


「ご名答。とはいえ、さすがの魔王様でも、まさか人間が召喚されるとは思ってもみなかったようだがな」


「⋯⋯だろうな。人間が召喚された事など聞いた事も無い」


「一応、オレは魔王様から色々と魔法について指導を受けている。多分、一般的な魔導師程度には魔法は使える、はずだ」


「自信なさげだな。頼りないぞ⋯⋯」


「ほっとけ!⋯⋯ったく。オレについてはだいたい話したぞ。次は姫様の番だ」


「父上に直接喚ばれたのなら、事情はだいたい聞いているはずだろう?今さら私に何を聞くというのだ?」


「『果たすべき使命』とか言うのは一体なんだ?」


「⋯⋯は?」


「だから、『果たすべき使命』とはなんだ?と聞いている」


「⋯⋯それこそ父上から聞いているんじゃ無いのか?」


「いいや、聞いてない。魔王様からは、『その時が来たら娘に直接聞け』と言って教えてくれなかったんだ」


「⋯⋯⋯」


 悪びれる様子も無く言い放つユウキに、アルステリアは呆れの表情を浮かべる。


「あ、なんだよその心底呆れたような表情は!」


「⋯⋯いや」


 アルステリアは仕方ないとでも言うように、一つため息をこぼしてから話し始めた。


「⋯⋯私には、万が一父上 ―魔王― が倒された時、果たさなければならない使命がある。それは代々、魔王の子に受け継がれてゆくものだ」


「代々、ね⋯⋯」


「そうだ。その使命というのは、⋯⋯『門の封印のかけ直し』だ」


 意外な内容に、ユウキは思わず目を丸くした。


「⋯⋯門?」


「そうだ」


 ユウキは腕を組み、少し考え込む仕草をして、やがてひらめいたかのように手を叩いた。


「⋯⋯もしかして、その門は『異界の門』だったりするのか?」


「なんだ、知っているではないか」


「いやいや、ただの推測だ。⋯⋯どっかで聞いたような話だからな⋯⋯」


「?」


「いや、なんでもない。こっちの話だ」


「話を戻すぞ。⋯⋯本来、封印の印は魔王継承の儀によって次代の魔王に受け継がれるのだが、今回勇者の手により魔王は倒されてしまった。それによって、門の封印は揺らいでしまった。今はまだ現地の封印によってギリギリ保たれているが、それも時間の問題だ。なので一刻も早く再封印を行わなくてはならない」


「もし、もしもだ。⋯⋯門の封印が破れたら、あそこから何が出て来るんだ?」


 ユウキは一番気になる事を聞いた。万が一、そのような事になっても慌てたりしないよう、心の準備を済ませておきたかったのだ。


「⋯⋯破滅の軍勢」


「⋯⋯へ?」


「代々の口伝によれば、かつてこの世界を滅亡寸前にまで追いやった『黒い影の軍勢』が、当時の魔王の城の門を通してやって来たらしい」


「あ、じゃあその門って、かつての魔王城の跡地って事か⋯⋯」


「そういう事だな」


「場所はどこなんだ?」


「現魔王城の裏にそびえ立つ山の頂上だが?」


 それが何か?とでも言いたげな表情で答えるアルステリア。


 だが、それにユウキは頭を抱えた。


「マジかよ⋯⋯。思いっきり反対側じゃん!」


「そうだな。あの時は無我夢中で気づかなかったが」


「どうすんのよ?正面から飛び越えるにしろ迂回するにしろ、勇者の連中にバレちゃうぞ?」


「構わんだろう?あいつらには空を飛ぶ事は出来ない。ならさっさと行って、勇者どもが追いつく前に再封印を済ませてしまえば良いだけだ」


「え?再封印って、そんなあっさり出来るのか?」


「この剣が儀式に必要な部分の多くを肩代わりしてくれる。私はただ、呪文を詠唱しながら魔力を注いでいくだけだ。小1時間程度で終わる」


「早っ!再封印早っ!」


「元からある封印を利用するだけだ。早いのは当然だろう?」


「⋯⋯?それもそう、か⋯⋯?」


「ほら、さっさと行くぞ。時間が無いのだ。早く鳥に変化しないか!」


「分かった、分かりましたよ!だからそんなせっつかないで⋯⋯!⋯⋯ったく、人使い⋯⋯、いや鳥使いが荒いんだから⋯⋯」


 ぶつくさ文句を言いながらも、ユウキは黒い鳥に変化した。

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