第7エンド デートと変化 ―後編―

有梨栖ありすさん! そこっ!」

「うんっ!」


 わたしの手元から放たれた円盤は、一直線に空中を進み、ターゲットを捉える。そのまま頭部を貫き、軽快な音がしてスコアに加点されていく。


 フェアリーパークに着いて最初に訪れたのが、このシューティングアトラクション。


 次々に現れるバーチャルの立体映像を、フリスビーのような円盤を投げて倒すゲーム。標的はモンスターだったり、ゾンビだったり、伯爵だったり、いろいろだ。頭部などのクリティカルポイントを狙うほど高得点になる。


 チーム参加もOKなので、久遠さんとタッグプレーで挑戦している。


「久遠さん、ボーナスチャレンジだよ!」

「うおおおおおぉぉぉおおおおお!」


 さっきまでの中世ヨーロッパ街道のステージが暗転し、今度は和風の景観に切り替わった。


 時は江戸時代。行燈すら不要と言わんばかりに空に浮かぶ満月が、城下町の夜を照らす。


 その静寂を壊さぬように、ターゲットたちは現れた。


 蠢く黒い影。敵は数えるのも嫌になるほどの大群なのに、接近してくる足音は虫の羽音よりも微かである。


 ――忍者の大群だ。


 無数の忍者が、素早い忍び足で、こちらに襲ってくる。どうやら制限時間内で、忍者を倒した分だけポイントが加算されるボーナスステージのようだ。


 ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ……!


 ひたすら円盤を投げていく。さっきまでのステージと違い、目の前には無数の忍者。思考停止で投げてもどんどん得点されていく。


 シュッ! シュッ! シュッ……!


 敵も手裏剣を投げてきて応戦。埋め尽くすほどの黒い影と、円盤と手裏剣の乱打戦。もう何が何だか分からない。


 そんなボーナスステージもやがて終わりを迎える。


「はぁはぁ……、つらい…………」

「乳酸がたまって力が出ない……」


 投げ疲れて膝に手を突いているわたし達に、無慈悲なアナウンスが届く。


 ――Final Stage!!


 ようやくボーナスステージが終わったと思ったら最後の決戦だ。休ませてもくれない。


 ラスボスの相手は……、闇落ち大妖精!


 その正体は、かつて共に旅をした冒険者を守るために、闇の力に身を委ね世界の終焉を唄った元妖精。


 手の平サイズに収まり無邪気な笑顔を振りまいていた、かつての妖精の姿はもうない。今はただ、暗黒の力に目覚め、体が醜く肥大化した闇の化身が佇むばかり。


(夢と希望がつまったフェアリーパークなのに、このネーミングと設定は大丈夫なのだろうか……?)


 小麦色の肌に刻まれた呪印。真っ黒に染まった天使の羽をはためかせ、体からは妖艶なオーラを放っている。


 その存在感は異質。一筋縄じゃいかないのは火を見るより明らか。先ほどのステージで体力を使い果たしたわたし達には、非常に難敵だ。


「でも、ここまできたらクリアしたいよね」

「うん、行こう、有梨栖さん」


 大妖精と目が合う。そして、大地が揺れるような威嚇の声がラストバトルの号令となった。


 腕や脚を打ち抜いてもポイントは低い。クリティカルポイントを探そうとするが、


「クリティカルポイントが無い!?」


 どうやらラスボスの弱点は隠されていて、普通に攻撃してもダメージが通らない仕様になっているらしい。よく見ると、大妖精の周りには鬼火に似た「闇の魂」がいくつか浮遊している。


「あれを全部仕留めれば大妖精にダメージが入るわけね」

「そうみたい」


 全部で五つある「闇の魂」を久遠さんと協力して撃ち落とそうと試みる。


 しかし、大妖精も黙視しない。わたし達の攻撃を妨害しながら着実にHPを削ってくる。巨大な体とは裏腹に動きは俊敏である。


「くっ……集中が乱れて、うまく当たらない……っ!」

「闇雲に投げてもダメみたいね」


 指先に神経を集中させて、一投一投、丁寧に投げる。


「えいっ!」


 わたしの投げた円盤が、大妖精の肩付近に浮かんでいた「闇の魂」に命中する。


「やっぱり有梨栖さん、コントロール絶妙だね。これもカーリングの賜物かな」

「茶化さないでよ」

「私も負けてらんないや! うりゃ!」


 久遠さんの華麗な手つきから放たれた円盤は、一直線にターゲットに導かれ、当たると派手なエフェクトと共に消失していった。


「やった」

「これで残る闇の魂はあと一個だよ、久遠さん」

「うん」


 チラリと久遠さんを見る。


 まるで、雪道に一本のタイヤ跡をを刻んでいくような、繊細で優しい軌道。


 綺麗だなって、思った。


 ゲームでもこんなに綺麗なスローができる子だ。カーリングの投球もきっと美しいに違いない。


 カーリングを続けていたら、彼女のプレーを間近で見ることができたのだろうか。今のわたしにはもう考えてもしょうがないことだけど。


 その可憐な仕草に見惚れていたのかもしれない。わたしは次の一投を投じようとした刹那、体のバランスを崩してしまった。


「有梨栖さんっ、危ない!」


 久遠さんが円盤を投げ捨てて、こちらに手を伸ばした。


 わたしも手を伸ばす。しかし、二人の手は触れ合わず、何も掴めず、空を切る。


 痛みを覚悟をする。背中と腰に鈍い痛みが走る、と。でも、そうはならなかった。


 後ろに倒れそうになったわたしを、間一髪のところで久遠さんが支えてくれたのだ。


「く……、久遠……さん?」

「えっと……、えっと、その……」


 けれど、彼女も咄嗟の反応だったので、お姫様抱っこのような体勢になってしまう。


 ……顔が近い。鼻の先と先が触れあいそうな距離。


 シャンプーのような清潔感のある匂いが鼻腔をくすぐって、温かい吐息がわたしの唇にかかる。宝石のような翡翠ひすい色の瞳には、わたしの姿がはっきりと映っていた。


「あ、あの……久遠さん……」

「…………」


 久遠さんはなぜか無言だった。頬は桜色に紅潮し、瞳は波打つ湖の水面のように揺らいでいる。体は熱を帯びて、時間だけがわたし達ふたりを置き去りにしていく。


「あの、そろそろ離してもらえると、助かるかな……なんて」

「ぁ……ああ、そうだね、ごめんね」


 久遠さんに立たせてもらって対面する。彼女は恥ずかしそうに視線を逸らしていて、わたしも彼女を直視できなかった。


 この気持ちはなんだろう……。


「あの、その、……ありがとう、久遠さん。助けてくれて」

「ううん、べつに……」


 形容しがたい時間が流れる中――。


 バゴーーーン! という爆発音によって、わたし達の意識は現実へと引き戻される。


 どうやらモタモタしているうちに大妖精の必殺魔法をお見舞いされたらしい。頭上には空っぽになったHPゲージが浮かんでいて、目の前にはでかでかと『GAME OVER』と表示されていた。


「……負けちゃったね」

「うん……」


 最後に、わたし達のスコアと、本日・週間ランキングが表示された。残念ながらランキング外だったけど、二人プレイでこの成績はなかなかのスコアらしい。


「次、いこっか」

「そうだね」


 もどかしく、胸の内側がかゆくなるような空気を引きずったまま、アトラクションを後にする。


 出会った頃は気兼ねなく話せていたのに……、今はただ……上手く言葉を紡げない自分がいることに気付いていた。

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