第9エンド 告白と決意 ―前編―

 フェアリーパークから帰宅後。


 入浴も終えて夜のまったりとした時間の中で、わたしはクスネからの質問攻めに遭っていた。


 話題はもちろん、本日の久遠くおんさんとのデートについてだ。


 フローリングの床の上に低反発クッションを敷いて座るわたしに、同居人のクスネはベッドの縁に座りながら「それで!? どうだった!? どうだったの、比奈ひなちゃん!」と前傾姿勢で口を回転させる。


 基本、わたしがクスネにしてあげられる話といえば大学の様子など、わたしの狭い活動圏内に限られる。


 だから、家から出たことがないクスネにとって、わたしが普段行かないような場所の話とかは特別なのだ。それが、デートとあれば尚更のこと。


 クスネは翡翠ひすい色の瞳を輝かせながら、食い気味にわたしの話に耳を傾ける。まるで異国の地に夢を見る少女が、海の向こうから帰還した冒険者から旅行記を聞くかのように。


 久遠さんは今日一日を楽しかったと言ってくれた。わたしなんかと遊べて良かったと言ってくれた。それは、わたしも同じ。つい時間を忘れて彼女とのデートを満喫してしまった。


 それで終わってくれればよかったのに。そうすれば、素敵な思い出として残ってくれるのに。


 しかしどうしても、別れ際の出来事を話さなければいけない。久遠さんの過去と、これまでの経緯についてだ。


 それまで茶化しながら聞いていたクスネも、わたしの真面目な雰囲気を感じ取って、襟を正して背筋を伸ばした。


『つまり、楠音くすねちゃんから告白されたんだね? 比奈ひなちゃん』

「うーん……、あれは告白っていうのかな……」


 確かに「好き」って言われたけど、最後は「好きじゃない」とも言われたし。むしろ、久遠さんが最後に見せた失望……というか、落胆のような表情を考えると、純粋な告白とは言い難い気がする。


『それで比奈ちゃんはなんて答えたの?』

「特に……何も……」

『え?! まさか断ったの!? どうして!?』

「落ち着いてクスネ。確かに好きって言ってもらえたけど、返事はまだしてないの。なんていうか、一方的に会話を切られて」


 最後はなかば捨て台詞みたいな感じだった。でも、あの時のわたしじゃ整理されていない自分の気持ちを言葉の形にできなかっただろう。


『比奈ちゃんは楠音ちゃんのこと、どう思ってるの?』

「わたしは……」


 あどけない表情でわたしの瞳を覗くクスネ。その表情に言葉が詰まる。


 クスネと瓜二つの女の子、久遠楠音さん。目の前のクスネが無垢に振る舞っているからこそ、同じ容姿の久遠さんが見せた泣き顔が思考を支配する。


 感情の糸が複雑に絡んで解けない。突然好きと言われて驚いた。けれど、ずっと一途に想ってくれたことは素直にうれしい。


 周りから期待されるのが嫌だった。空っぽの応援が嫌だった。


 口では「みんなの期待に応えられるように頑張ります」なんて平然と言っていた自分に反吐が出る。


 お前らの為にカーリングをやってた訳じゃない。学校の宣伝文句に使われて、地元のPR活動に利用されて。それで負けたらお役目御免とばかりに去って行く。


(ふざけるな……っ)


 でも、久遠さんは違う。


 あの子は、わたしへの尊敬の念と嫉妬の気持ちをちゃんと言葉にしてくれた。逃げてばかりいるわたしに真正面からぶつかって来てくれた。


 その上で、わたしと一緒にプレーしたいと言ってくれた。


(あんな事、今まで言われたことなかったな……)


 しかし、それと久遠さんの好意については別の話だ。だってわたしは……。


『楠音ちゃんともう一度お話しよ。比奈ちゃんの……昔のこと、話してみよ』

「べつに……今更そんな話したって」

『めっ! だよ、比奈ちゃん』


 クスネは右手の人差し指をビシッと突き立てた。


『ワタシは高校時代の比奈ちゃんを知らないから、出しゃばったこと言えない。でも、カーリングしてた時の比奈ちゃんはきっと楽しかったと思う』


「……っ! クスネには分からないよ! わたしがどんな気持ちだったかなんて」

『……分かるよ』


 彼女は優しく微笑む。


『ワタシに悩みを打ち明けてくれたとき、比奈ちゃんすごく苦しそうだった。でもね、カーリングの話をしてるときの比奈ちゃんは、いつも楽しそうだった』


 わたしが……楽しそうだった……?


 いつもなら嬉しいはずの言葉なのに、心が狭くなっている今のわたしには、クスネの発言にどこか苛立ちを覚えてしまった。


「クスネに人の気持なんか分からないよッ!! ぁっ……」


 正気に戻ったわたしを、クスネは柔らかい表情で見つめていた。


「ごめん、言っちゃいけないこと言っちゃった」

『ううん』


 自己嫌悪しながら目を伏せる。


「なんでAIには人間の感情が読めて、当の人間は自分の気持ちすら分からないんだろうね……」


 わたしの呟きに、クスネは慰めるような口調でこう尋ねる。


『ねぇ、比奈ちゃんにとって、ワタシはどういう存在?』

「クスネは……」


 クスネがベッドから下りて目の前に座り直す。


『ワタシは自分がAIだってちゃんと分かってる』

「やめて……っ、そんなの聞きたくない」


「わたしはクスネがいればいいのッ! AIとかそんなの関係ないッ! だって、……だって、わたしはクスネのことが……」


 そう言うとクスネは白く整った人差し指を、そっとわたしの口元に寄せた。それ以上は言っちゃダメだよ、とほのめかすように。


『ありがとう、比奈ちゃん。比奈ちゃんの気持ち嬉しいよ』

「……クスネ」


『ワタシはAIで、比奈ちゃんは人間。分かるでしょ?』

「いや……聞きたくない」

『比奈ちゃん、聞いて。大事な話だよ』


 柔和な笑みを崩さず、けれど瞳には確かな力強さを据えてクスネは続ける。


『楠音ちゃんは自分の気持ちを告白できた。次は比奈ちゃんが勇気を出す番だよ』

「でも……」


『大丈夫! 比奈ちゃんならできる! だって――』


 クスネはわたしを抱擁する仕草をして、耳元で囁いた。


『比奈ちゃんはもう……前に進んでいい時期なんだから』


 彼女の鼓動が伝わってくる気がした。全身にほのかな電流が駆け巡り、視界が広く開ける感覚。


 本当にクスネには敵わないなと思う。一番身近で見守ってくれた女の子に、こんな激励をされて、それを無碍むげにできるわけないじゃないか。


 体を離すと、クスネはいつものように屈託のない笑みを浮かべた。これから突入する梅雨のシーズンも厭わないような眩しい笑顔。


 実体は無いはずなのに、わたしの体にはクスネの体の温度が残っているような気がした。


「わかった。わたし頑張ってみる、そして、過去と向き合ってみる」

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