第19話 決戦! エンヴィール!

 すると近場から誰かの大声が聞こえた。

「見つけたわよエンヴィール! 町を燃やすなんてどういうつもり?」

 アリンだ。アリンが声を上げてくれたおかげで大体の位置がわかった。急いでその位置に向かう。


「種馬の娘がノコノコと。これがまさに飛んで火にいる夏の虫って感じね」

 エンヴィールの声も聞こえる。まだ戦闘を始めないでくれよ……と心で祈った。


「まさか私に勝てるとでも思ってないでしょうね? 王国の騎士の私に?」

「そんな舐めた言い方出来るのも今の内よ。食らいなさいっ!」

 今度は爆炎の音が聞こえた。ちくしょう……もう戦いが始まってしまった。早く行かないと……


 燃える町並みの中を走る。すると開けた場所でようやくアリンとエンヴィールの姿を見つけた。

 見つけたのは良いが、どうやらアリンが不利な状況らしい。


「あっはっはっ! どうしたの種馬の娘! さっきまでの威勢はどうしたの? ほらっ!」

 エンヴィールが手から輝かしい炎を放つ。炎の塊となり、アリンを襲う。

 苦しそうな顔をしながらアリンは横に大きく飛んでそれを回避する。着弾した場所が爆発したように抉れる。

 そしてアリンは攻撃に転じ、エンヴィールに地面を蹴って向かう。

 広場の中央で余裕の笑みを見せるエンヴィール。逃げるそぶりすら見せず、再び炎を放つ。

 近づくと避けられなくなるようでアリンは大剣で防御する。


「うっ……なんなのよこの力!?」

 アリンはエンヴィールの炎に驚いている。確かに今まで見た炎よりも火力が上がっている気がする。

 アリンは後ろにジャンプして距離を取った。あれじゃ距離を詰めらないな……


「ちょっとだけ魔石の力を試してみてるの。うふふっ……さすが高純度の魔石ね。無限に魔法を放てる気がするわ……」

 エンヴィールが左手に持っていた魔石を見つめている。どうやら魔石を使って魔法を強化しているらしい。


「卑怯な奴め……」

 アリンが恨めしそうにエンヴィールを睨む。


「戦いに卑怯もなにもないわよ。種馬のお嬢さん?」

 エンヴィールはアリンに手を向ける。これ以上自由に撃たせるか!

 俺は走って二人の間に入った! エンヴィールの炎が放たれる! だが炎はアリンに向かう事はなく、俺の前で止まった。


「へ~、やっぱりあなた達グルだったのね」

 エンヴィールがつまらなさそうな様子で言った。


「キョーブ遅い!」

 後ろにいるアリンに叱られる。


「アリンが早く行くからだ!」

 アリンに付いていけという方が無理がある!


「ふふふっ……それで? 種馬の娘と変な男で私を倒そうって訳?」

 エンヴィールはそれでも余裕の表情を崩す事はない。前までと違って魔石の力があるおかげだろう。


「ああ。その魔石を置いていくなら……見逃してやるが?」

 魔石を貰えるならエンヴィールの生き死にはどうでもいい。そういう魔王っぽい事も言ってみる。


「それはこっちのセリフ。命乞いをしたら見逃してあげるわよ? 若い娘の命乞いとか見てみたいもの……うふふっ」

 エンヴィールは戦っても勝てる自信に満ち溢れている様子だ。それは癪に障るが、一つ気になる事があった。


「エンヴィール。お前の目的は魔石だけじゃないのか? どうしてわざわざ町なんて襲う?」

 魔王になりたいのはわかるが、わざわざこんな田舎の町を燃やす意味がわからない。それにこれは支配じゃなくて破壊だ。俺の魔王像とは離れている。


「それはこの魔石の効力を確かめたかったから」

 エンヴィールは手に持っている魔石を見せびらかした。


「それだけのために町を……」

 魔石の力を確かめるためにだけで……何も町を襲う必要はないじゃないか?


「やっぱり、魔王軍の手下ね。非道な魔族しかいないようね!」

 アリンが剣を強く握る。怒りが表情に出ていた。


「悪い? 人間なんてどうでもいいし、それに彼のためでもあるの。来なさい」

 すると槍を持った男がエンヴィールの後方から歩いてきた。

 頭には角が生えている魔族。あの人は見た事がある……


「あっ、俺を捕まえた人だ!」

 あの人のせいで俺はエンヴィールに解剖させられそうになったんだ。


「彼ね。私を手伝ってくれているんだけど、この町に恨みを持っているみたいなの。そうでしょ?」

「はい。私はこの町の近くの採掘場で働いていましたが、この町に……恨みを持っているのです。この町の住人は我々魔族がどれだけ劣悪な環境で働き、死人が出ているような状況を知っています。それなのに助けを求めても追い返し、逃げたモノは通報し、引き戻したり、殺したり……この町は我々がいるから成り立っているのに、それなのに……」

 魔族の男は怒りで言葉が詰まった様子だ。歯を強く噛み、悔しそうにしている。


 あの魔族にそんな事があったのか……これからおそらく戦うのに同情してしまいそうだ。


「彼の怒りももっともだから、天罰を与えてやったのよ」

 エンヴィールが魔族の男の肩をぽんっと叩く。


「そんなの信じる訳ないじゃない。どうせ口から出まかせよ……魔王軍の手下なんてみんなそうなんだから」

 アリンは表情を変えずに剣を構えたままだ。


 だが俺はユリィがこの辺りの労働環境は良いモノではないって言っていたし、嘘だとは思えない。おそらくあの魔族の男の言っている事が正しい。


「嘘ではない。本当の事だ……だから私は次なる魔王……エンヴィール様に従い、魔族の楽園を築く事に決めたんだ!」

 魔族の男は声高に言い放った。

 魔族の楽園……それがエンヴィールが目指している所か。エンヴィールにも魔王になったらどうするかを考えていたらしい。だが俺にも目標はある! 爆乳楽園という夢がな!


「魔族の楽園ねぇ……もっと良い就職先あったんじゃないの? 俺にはエンヴィールがそれを叶えるほどの存在だとは思えないけどな」

 Iカップである事以外、特に魔王感は感じない。確かに強い魔法を大量に撃てるのはすごいが、


「冗談を言え。エンヴィール様以外でどうやって魔王になれると思っているんだ?」

「例えば、おぇ……あぁ……いや」

 俺に付いていけば爆乳楽園という天国を作ってやる! と言いたかったが、アリンを見た瞬間言い淀んだ。危ない危ない……魔王予備軍って事がばれる所だった。


 そんな俺を男は見て、結局エンヴィール以外にいないと解釈されたのか鼻で笑われた。


「ふっ、言えないじゃないか。私はこの世界を……エンヴィール様と変えるんだ!」

 するとエンヴィールは機嫌良さそうに指で俺を差した。


「さぁ、世界支配の一歩として、あの男の首をはねて来て! 今度は捕まえる必要はないわ」

「はっ!」

 魔族の男は槍を前方に向け、俺に向かって直進した!


 くっ俺に対抗策はない。男におっぱいはないし、何の武器も持ってない。こういう時は!


「アリン! 頼む!」

「わかってるわよ!」

 アリンは魔族の男に矛先を向ける! そうだ、こういう時のための協力関係!


 するとそれを察知したエンヴィールが手を光らせた。


「させるかっ!」

 エンヴィールがアリンに向かって炎を飛ばす! 灼熱の球がアリンに向かう!


 アリンを邪魔しようとしているらしい。だがそれは俺が止めてやる!

 アリンの目の前に立ち、その魔法を食い止めた! 


「残念だったな! 今回は本当に協力しているんだ」

「人間が……小賢しいマネを……」

 エンヴィールの眉間にシワが寄る。


 次はアリンが動いた。俺より前に出ると向かってきている魔族の男に対峙した。


「はぁっ!」

 魔族の男は目標を変えざるを得なくなり、アリンに向かって槍を突く。

 アリンはその一刺しをまるでわかっていたかのように華麗に横に避ける。それと同時に素早く大剣を振り上げた!


 剣先は魔族の男には届いてない。だがすぐにその攻撃は槍に向けられたものだと気が付いた。

 鈍い金属音と共に槍の中ほどがキレイに切れた。槍の矛は地面に突き刺さる。


「そんな馬鹿なっ!」

 魔族の男は突き刺さる矛先を見つめながら驚愕している。

 俺も驚いた。少女の一振りの力ではない。素手で対決した事あるが、大剣を振っている彼女の迫力は段違いだ。これが英雄の血を受け継いでいる人間という事だろうか?


「ふんっ!」

 アリンは驚いて動きが止まっている魔族の男に一気に接敵すると、重そうな蹴りを顔の横に食らわせた!

 魔族の男は一瞬で飛ばされ、地面でうつ伏せのまま動かなくなった。

 俺にはおっぱいパワーがあったから助かったが、普通に食らったら一溜りもないだろう。

 それを見たエンヴィールは落胆の表情で深いため息を吐いた。


「はぁ……肝心な時に役に立たないんだから……まぁいいわ。あなた達二人を倒すなんて私一人で十分よ。この魔石の力もあるんだから……ふふふっ……」

 エンヴィールは魔石を見ながら不敵な笑みを浮かべている。だが、これで俺の有利だ。仲間もいないし、いくら魔力が高まろうとも、俺に魔法は効かないんだからな!

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