第17話 交渉人魔王

「だ、大丈夫ですか? キョーブさん!? あの騎士にやられたんですか?!」

 ユリィがアワアワしながら、口端から血を垂らす俺を心配してくれる。


「交渉失敗しただけ……あははっ……」

「……魔力だよりもいいが、その魔法がどの程度使えるモノなのかがわからない以上、あまり頼りにしてはならない」

「えぇ? おっぱいパワーが信じられないんですか? あの力さえあればエンヴィールなんてあっという間ですよ!」

 するとユリィが恐る恐る会話に入って来た。


「じゃ、じゃあ、私がその……おっぱいパワー……という力を授ければいいんですよね? キョーブさん! 遠慮せずに! どうぞ!」

 少女は手を後ろで組み、胸を張って俺に向けた。一見堂々としているが、頬を赤らめ、恥ずかしがっている事がわかる。


 ユリィの気持ちは嬉しい。が、ダメなんだ……ダメなんだよ……


「ユリィ……気持ちだけ、気持ちだけもらっておく……ありがとう」

 ユリィの頭に手をポンと置いて、首を振る。


「キョーブさん! なんで私の胸を見てそんな悲しそうな顔なんですか!?」

 ユリィは困惑した様子で聞いてくる。

 だって……ユリィの胸……ほとんどないし。おっぱいパワーはないだろう。

 どのくらいの大きさなのかも測定出来ない。Cカップ以下にまったくの興味がないため、貧乳の大きさはわからないのだ。小さい事だけはわかる。


「こほんっ。とにかく、それ以外の方法を考える必要があるという事だ」

 バーストはそう言うが、それ以外と言っても俺にはこれ以上能力はない。

「とは言ってもどうやって戦えば……俺この世界に来て間もないんですよ? この世界の戦い方なんて知りませんよ……前の記憶もほとんどないですけど……」

 ここは剣と魔法の世界だ。俺はそんな世界の知識なんてほとんど知らない。いや、知っている事もあるが、そう多くはない。


「キョーブ。多勢に無勢。この場合どうすればいい?」

「……諦める?」

「いや、諦めるな……こちらも多勢になればいい。ようは戦力増強だ」

「……でも俺はこれ以上強くはなりませんよ? おっぱいパワーがあれば別ですけど」

「個人の力を言っているのではない。数を増やせと言っている」

「数? 協力してくれる魔族を知っているんですか?」

「いや、魔族ではない。エンヴィールを倒そうとしている、優秀な人材ならいるではないか?」

「エンヴィールを倒そうとしている……って!? まさかアリンの事ですか? いやいやあの人は敵じゃないんですか?」


 アリンは魔王とその手下を倒そうとしている奴である。本来なら俺の敵だ。実際バーストは倒され、俺も戦った事のある人物だ。今は休戦状態といった感じだが……


「確かにあやつは弱体化している我を倒した仇。しかしエンヴィールの敵である事は間違いない。敵の敵は味方だとは思わないか? それにいいじゃないか。喜んで倒してくれそうだが?」

「じゃあこのまま放っておけば倒せるって言いたいんですか?」

「いや、そうではない。種馬の娘だけでは倒せなかったからここまで逃げて来たのであろう?」

「まぁ……そうですね」

 エンヴィーとの戦いでアリンは近づく事が出来ないし、魔法も撃てないのでかなり苦戦していた。あのまま戦っていても勝利とはいかなかったかも知れない。


「ここはキョーブと種馬の娘で共闘してエンヴィールを討ち果たすべきだ。奴の力を借りるのは癪だが、贅沢は言っている場合ではない」

「……いいんですか? 魔王予備軍の俺と英雄の娘が共闘して? 一応俺、なんというか悪役じゃないんですか?」

 本来ならば敵同士。共闘なんてもっての他なはずだが……


「魔王ならば勝利を第一に考えるべきだ。敵を使って敵を倒すなんてクレバーな戦略だと思うが?」

 バーストの言葉にはっとする。


「……確かに魔王っぽいですね! 悪知恵が働いている気がします!」

「そうであろう。我々は役に立てないが種馬の娘とキョーブならエンヴィールを倒せるはずだ。早速誘いに行ってみたはどうだ?」

「そうですね。でもあのアリンが俺の言葉を聞いてくれるんですかね? 他に誰か交渉を……って俺しかいないじゃん……」

 俺とアリンは仲が悪い。とても素直に聞いてくれるとは思えないし、アリンは気に食わない事があれば拳でわからせにくる。出来れば交渉したくない。


 だからと言って、バーストはアリンと敵対同士だから話す訳にもいかないし、ユリィはアリンが嫌いそうだし……実質交渉出来るのが俺しかない。魔王軍(候補)は深刻な人材不足だ。


「キョーブさん。王国の騎士を叩いてでも一緒に戦わせましょう!」

 そんな事したら逆に2倍の強さで叩き返されそうだが……


「あ、ああ。行ってきます……」

 重い足を上げて、アリンの場所に向かう。


 透き通った川が夕日を反射し、美しく輝いている。そんな光景をアリンは膝を抱えてじっと見ていた。

 俺はそんなアリンの太ももに押しつぶされているおっぱいをじっくりと観察しながら、恐る恐る声を掛けた。


「アリン。話がある」

「嫌」

 疑うような顔で速攻で拒否される。


「まだ何も言ってない!」

「どうせろくな事じゃないんでしょ?」

 しょっぱなから最悪の雰囲気である。ここは魔王の威厳っぽい感じで話して調子を取り戻すか。


「まぁ聞くがいい。エンヴィールを倒す話だ」

「私が倒すから安心して。話終わり」

「終わらすな! アリンだけでは倒せないだろう? 洞窟で戦った時も随分苦戦したいたようだが?」

 アリンは視線を逸らす。


「あれは油断してたのよ……それにどっかの誰かさんのせいで魔法撃てなくなっているし……」

「つまり、現状では倒しにくいという事だろう? 一人では倒せないんじゃないか? 一人ではな!」

「……遠方から増援でも呼べって事?」

 アリンは不機嫌そうに聞いてきた。


「ちょっと違う。強力な助っ人が目の前にいるじゃないか?」

 アリンはわざとらしく辺りを見渡した。


「……どこにいるのよ?」

「俺だ! 俺! 俺と協力してエンヴィールを倒そうって話だ!」

「ふんっ! あなたみたいな男と協力なんてお断り。それにあなたは戦えそうには見えないけど? 武器も持ってないし」

「忘れたのか? 俺は一度アリンに勝っている! つまり力関係では俺が上って事だ! 敬意を払うがいい!」

「負けてない! あの時は……ゆ、油断してただけで……」

 アリンは言われたくない事を言われたようで言葉が詰まっている。


「油断ばかりだなぁ。王国の騎士さんは。いつになったら本気が見られるのかなぁ?」

 いい感じでマウントが取れたので調子に乗って煽ってみた。


「じゃあいいわよ! 今度は本気でやってやるわよ!」

 するとアリンは立ち上がり、眉間にシワを寄せながら剣を構えた。本気の表情をしており、矛先は俺に向いている。


「ちょっと待った! 待ってくれ! ここで争ってどうする? これからエンヴィールと闘うのに、無駄な体力を使うのは賢いとは思えないが?」

「一瞬で終わらせてあげるわよ……」

「ちょ……俺はエンヴィールの敵だろ? またバーストのように斬るつもりか!?」

「う、ううぅ……くっ……」

 アリンは不承不承に剣を収めた。どうやらバーストの件は一応は反省しているらしい。


「とにかく、エンヴィールを倒す事は俺達の共通目的だ。アリンは自分の仕事のため、俺は魔石のために倒す」

 するとアリンは怪訝な目で俺を見た。


「魔石のため? あなたなんで魔石を必要としているの? まさかあなたも――」

「えっ!? えっと……売るためだよ。金のため! それしかないでしょ? あははっ」

 やっべ……魔石が欲しいだなんて、目的がエンヴィールと同じだって思われるじゃないか……


「ふ~ん……」

 俺の弁明が効果的じゃないようでアリンはまだ疑っている様子だ。


「それにエンヴィールには俺を苦しめたお返しをしなきゃならないからな」

 やり返したい気持ちは本当だ。というか復讐とか魔王っぽいじゃないか!


 あのまま捕まっていたら今頃どうなっていたことか……助けてくれた件に関しては感謝しなきゃいけないな。


「でも仮に! 一緒に戦ったとして何が出来るの?」

「エンヴィールとまともに戦えるぞ。魔法が効かない事はもう知っているだろ?」

「あなたみたいな男が戦わずとも私はやれるわよ」

「じゃあエンヴィールの魔法をどうするのかちゃんと考えているんだろうな?」

「うっ……それは……」

 アリンはバツが悪そうに視線を落とした。

「少なくとも敵の脅威は一つは弱体化出来るぞ。その分勝ちやすくなるのは間違いないんじゃないか? 王国の騎士様は自分の感情だけでその機会を逃すのか?」

「うぐぐっ……」

 アリンは俺の言葉が効いているらしく、目を瞑り悩んでいる様子だ。


「でもいくら俺でもエンヴィールを一人で倒すのは難しい。だが協力すればなんとかなるかも知れないぞ?」

 アリンは数秒間押し黙った後、俺の目をしっかりと見ながら話し始めた。


「あくまでエンヴィールを倒すという目的だけ。その目的だけの為の協力だったらしてもいいわ。本当は嫌だけど」

 夕日を背中にしてアリンは真剣な表情で話している。どうやらようやくわかってくれたようだ。


「それでいい。俺はエンヴィールの持っている魔石を貰えればいいからな」

「……それであなたの名前って何?」

 ってまだ知らなかったんかい! 何回も会っているから知っているもんだと思っていた。


「そういえば言ってなかったな。俺は概峡部」

「オオムネ……キョーブ。呼びやすい名前ね。エンヴィールを倒すまでっ! だけどよろしく。キョーブ。一応背中を預ける同士だから、握手」

 エンヴィールを倒すまで、という言葉を強調しながら言った。それ以外は本当に協力はしたくないのだろう。


 アリンから手を差し出して来た。俺は迷わず手を握った。


「よろしく。アリン」

 握った手はとても大剣を持てるような手ではなく、しなやかで温かい手だった。


 魔王予備軍と英雄の娘という一見敵同士だが、互いの敵が一致したため協力する事になった。

 俺とアリン。この二人で倒せるかどうかはやってみないとわからないが、期待は出来そうだ。


「あっ!?」

 アリンが急にはっ、とした様子になり、弾くように手を離した。

 そういえばアリンは男嫌いだったな。それのせいだろうか?


「ん? やっぱり男との握手は駄目だったか?」

「違うわよ。いつまでも握っていると魔力が吸われちゃうから!」

「あぁ。忘れてた」

 そういえば俺には魔力を吸い取る力があったな。あまりにもおっぱいパワーの印象が強すぎるため、おっぱいに触らなきゃ大丈夫なんじゃないかという謎の認識がある。


「まったく……変な能力すぎるのよキョーブは……でもその変な能力は今回は役に立つかも知れないわ。さてと、私の魔力も回復したし、日が落ちる前に町に戻るわよ」

「そんなに早く回復したの?」

 休憩と言っても10分程度しか経っていない。魔力回復のスピードについてはわからないが、そんなに早く回復するものなのだろうか?


「そうよ……それにエンヴィールを野放しにしている以上何が起こるかわからない。早く戻って体勢を立て直さなきゃ。さぁ行くわよ」

 アリンは俺の返事も聞かずに町の方角に戻っていく。俺はユリィとバーストに合流してからアリンの背中を追った。

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