第16話 俺は……魔王になれない……
とにかく離れた。この辺りの地理はまったくわからないが、とにかく森の中へ、人の目の届かぬ場所へ。
日が落ち始めていた。辺りは夕日につつまれている。このまま暗くなったらまずいな、と思いながらも今は全力で逃げた。
すると綺麗な川を発見した。油を塗られたせいで頭がベタベタしているから洗い流したいし、走り疲れたので一旦川の近くで休む事にした。
「いい加減離れて! 魔力が持っていかれちゃうから!」
ぺチンッ! と勢い良く手を離される。
「あぁ、そうだった。すまん」
さすがに魔力をグングン奪うのは良くないな。
「ふう……もう一度探しに行かなきゃ……」
「なんでそんなに急いでいるんだ? そんなに魔王ってすぐになれるもんなの?」
俺も魔王になれる条件は詳しくは知らない。まぁ多分アリンも知らないだろうが念のため聞いておこう。
俺はアリンに耳を傾けながら水で頭を洗い始めた。
「魔王になるから早く倒さなきゃって話じゃない。ああいう奴らを放っておいたら良くない事が起きるの! 魔王軍は非道な連中なの。平気で人を殺す連中。エンヴィールの被害者だって少なくはない。あなたは聞いた事ないの?」
燃やされたじいさんを思い出す。ああいう人が他にもいたんだろうか……
「まぁ、聞いた事はないけど、見た事もあるっていうか……」
「そう……だから私は一刻も早く行かなきゃならないの。犠牲者を増やさないためにね」
アリンって意外と正義感が強いんだな……ただの男嫌いのメンドクサイ奴かと思っていたが。
しかしアリンはそう言いながらも川辺に腰かけた。
「あぁ……でも無理。魔力ももうないし、ちょっと休まないと戦えない……はぁ……」
アリンは不本意そうに休憩している。そして手をじっと見つめた。
「なんで魔法撃てなかったのかしら……あの時はちゃんと魔力もあったはず……あっ!?」
アリンは何かに気づいた様子で髪を川で洗っている俺を見る。
「えっ? 何?」
「あんたのせいじゃないでしょうね!? 変な魔法のせいで私が魔法撃てなくなったんじゃないの?」
「そ、それはないんじゃないのかな? だって俺の魔法は豊胸魔法だし」
バーストから聞いた話では豊胸以外の効果はないはずだ。バーストすら知らない効果が出たのかも知れないが。
「それしか考えられないの! 私って昔から魔法使えてたし、今になって急に使えなくなるなんてありえない!」
アリンは俺に詰め寄って、問いただす。
「だから知らないって! だいたいあれは魔王軍だと勘違いしたあんたが仕掛けてきたせいだろう? 正当防衛の結果だ!」
そうだ! あれは正当防衛だったんだ! しかも乳が美しくなったのだから感謝されていいはずだ!
「なんですって!? 王国の騎士である私の魔法を使えなくした罪は重いわよ!」
「だから俺は関係ねぇって! 多分!」
確かに自分の魔法や能力について完全に知っている訳でもないため可能性としてはゼロではない。
「多分じゃなくて絶対! 原因はあなたの魔法!」
口喧嘩に発展した。お互い睨んで膠着状態になった。
長く続くだろうと予想したが、すぐにアリンの方が視線を逸らし、背中を見せた。
「はぁ、馬鹿らしい。こんなんじゃ魔力の回復も遅くなっちゃう……」
するとアリンは川沿いに俺から離れるように歩いて行った。
「どこいくの?」
「距離を離して休むだけ!」
「あっそう……」
アリンは俺の見えない位置まで歩いて行った。
さて俺も休むか、と腰を下ろそうとすると、ガサガサ、と草木を分けて歩く音がする。何かが近くにいる!?
「あ、あの……キョーブさん? ですよね?」
木の影から現れたのはユリィだった。バーストを肩に載せながら、辺りを警戒するようにきょろきょろしている。
「ユリィとバーストじゃないか! 探しに来てくれたのか?」
「はい。怪我とかはしてないですか?」
「ああ。大丈夫。エンヴィールに捕まったけどなんとか逃げ出せたよ」
「申し訳ないな。今の我とユリィだけでは助けに行けなかった」
小動物状態のバーストが小さな口をパクパクさせて話している。
「いや、それはしょうがないですよ……」
エンヴィールは小動物と気弱な少女だけでは流石に倒せないだろう。味方もいるようだし。
「でもさっき変な騎士がいましたよ! まさか今度は騎士に捕まったんじゃないかと思って、隙を狙ってきました」
「あぁそれで警戒していたんだ……でも大丈夫。今は魔王軍とは関係ないと思われたからね」
「なるほど! あの騎士を言いくるめたんですね! 流石です!」
「えっ? あははっ……ま、まぁね。これでも魔王候補だからね!」
本当はエンヴィールに解剖されそうになっていたから、状況的に無罪になった。だけだが、まぁ、細かい事はいいだろう。
すると肩に乗っていたバーストが俺の後ろを見ながら毛を逆立てた。
「むっ、静かに。来るぞ」
バーストが言うと、後ろからアリンが近づいてきた。ヤバイ……聞かれたか? と不安になる。
「何話してんの? 誰かいるの?」
アリンはどうやら聞いていなかったらしい。
助かった……魔王関係は軽率に話してはいけないな。
するとアリンはユリィを見つけると表情を緩ませた。
「あらかわいい子。知り合いの子よね?」
「あ、ああ。そうだけど?」
俺が答える。たしかそういう事にしておいたんだっけか。
「この人を探しに来たのね。名前はなんていうのかな?」
アリンは前かがみになりユリィと身長を合わせながら、今まで見た事のないような優しい感じで話しかけた。
しかしユリィは応える事もなく、隠れるように俺の背中に隠れ、顔だけ出して様子を見ている。騎士とは話すつもりはないらしい。
まぁ俺が言ってやろう。ここで変に勘繰られて戦いにでもなったら面倒だ。
「えっと、この子はユリィって名前で、一緒にバーストの下で働いていたんだよ。ねぇユリィ?」
新しい俺が生み出した設定である。だがそうでもしないと辻褄が合いそうにない。
するとユリィはアリンに向かって冷たい語調で言い放った。
「無罪のバーストさんはどこぞの王国の騎士に殺されましたけど」
その言葉はダメージがデカかったそうで、アリンの表情がこわばった。
「そ、それは……エンヴィールが悪いのよ! エンヴィールとの共謀の疑いが――」
「バーストさんはエンヴィールに家を燃やされていたし、どちらかというと敵対関係だったんです。話し合えばわかり合えたと思うのですが」
冷酷と言っていい話し方でユリィはアリンに言った。
アリンは何も言えなくなり、苦笑いの表情で口角をピクピクと震わせるだけしかしていない。
このままアリンとの関係を険悪にするのもどうかと思ったので、助け船を出す事にした。
「で、でもバーストはあの後復活して、えっと……どこかに行った。よね? ユリィ」
平和に終わるための話の転換を提供する。実際バーストは生きているし、そこまで悲観する事はない。
ユリィとバーストは否定する事はないが、不服そうに顔を背けた。アリンは一転して明るい表情になった。
「あ、そうなんだ。良かった。あはははっ! はぁ……休む」
アリンは疲れた様子で、再び離れた場所に移動した。
アリンの姿が見えなくなる瞬間を狙っていたバーストが小声で声をかけてきた。
「キョーブよ。まだ戦えそうか?」
「ええ、まぁ。不思議なくらい動けますけど……」
俺の身体能力が優れているのか知らないが、まだ疲れは出ていない。
「ではエンヴィールの元に急ぐぞ。今から行けばまだエンヴィールがいるはずだ」
「……どうしてもエンヴィール倒さなきダメですか?」
拉致られてからというもの、すっかり自分に自信がなくなっている。
「さっきまでの自信はどうした?」
「いや……魔法以外は効くっていう事がばれましたし、今度は簡単にいかないような気がしまして……」
いくら魔法が効かないからと言って、このまま再びエンヴィールを倒しに行こうとしても返り討ちにあうだけだ。
「魔王になりたいのだろう? 他の魔族を倒せなくてどうする?」
「そうですよ! きっとキョーブさんならやってくれます!」
ユリィにも励まされるが、いまいち気が乗らない。
俺ってエンヴィールも倒せるような能力持ってないのかな? 女神様そこの所はどうなんですか? なんか俺に能力が? というか今くれ!
と、思わず空虚な願いを心で思ってみるが当然何も起きない。
「なんか魔法とかって覚えられないんですか? カップアッパー以外に?」
俺に魔法があれば、何とかなったり……しないのか?
期待を込めて聞いたが、バーストが首を横に振った。
「無理だな。こんな短期間では。それにカップアッパーが出来たのも本来はすごい事なのだぞ? マントの効力があるとはいえ」
「……それじゃ戦えないですよ! 今の俺じゃ勝てはしない……」
「……キョーブよ。ここで立ち止まったら魔石が遠ざかる。つまり魔王にはなれないぞ。貴様は何故魔王になりたかったんだ?」
「何故魔王に……そりゃ爆乳楽園の創立を……」
「その願い。こんなところで朽ち果ててもいいのか? 今エンヴィールを倒さないと一生魔王にはなれないぞ」
「キョーブさんの願いはよくわかりませんが、キョーブさんなら出来ますよ! きっと!」
爆乳楽園……俺はそれのために魔王になろうとしているのだ。だが今エンヴィールを倒さないとその夢が遠のくらしい……
駄目だ! 俺の夢。こんなところで躓いてたまるか!
俺の本来の目的を深く思い出し、やる気が徐々に出て来た!
「そうか! 俺の夢! 危うく忘れる所だった! よしっ! こんな所でいじけてちゃダメだな!」
「その意気ですキョーブさん!」
嬉しそうにユリィは言う。
「だけど現実的にどうやって倒すんですか? 奴には仲間もいるみたいだし……」
バーストに聞いてみる。俺にはユリィとバーストしかいない。二人が戦闘で役に立つとは……今のところ思わない。
「ふむ……ではキョーブは何があれば勝てると思う?」
質問を質問で返して来やがった……でも何があれば……エンヴィールとその仲間に勝てる強大な力があれば……
「そりゃあ……なんか強い力があればいいんですけど……例えば体中から力がみなぎるおっぱいパワーみたいな……はっ! それだ!」
そうだ! 俺にはおっぱいパワーがあるじゃないか! それにおっぱいパワーを提供してくれる人ならすぐ近くにいるじゃないか!
「むっ。どうする気だ?」
「ふっふっふっ……おっぱいパワーですよ。あの力さえあれば俺は倒せる気がします! アリンに協力してもらいます!」
アリンの胸なら文句はない! それにエンヴィールを倒すという大義名分があれば交渉もしやすい!
「お、おいキョーブよ」
バーストが何か言いたげだったが善は急げ。俺はアリンの元に直行した。これからおっぱいを揉めるという興奮で、足取りが軽い。
木陰で座って休んでいるアリンに堂々と声を掛けた。
「アリン。おっぱい揉ませてくれ!」
単刀直入。これが俺流交渉術。
アリンは無表情でゆっくり立ち上がり、俺を見据えた。
「ふんっ!」
拳が飛んできた。
「コブシッ!?」
殴るという返答だった。頬にクリーンヒットし、激痛と共に歯肉から血があふれ出す。
俺は逃げるようにバーストの場所に向かった。
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