第15話 くっ……乳揉みたい!

 うっすらと意識が戻ってくる。寝ていたような感覚だったが、疲れが取れていない。


 一体どうなったんだ? 俺は確かエンヴィールに摑まって、それから……


「って、熱っ!?」

 焼けるような熱風が肌で感じる!? なんか熱いんだけど!?


「あ、もう起きたの?」

 目を開くとそこにはエンヴィールが目の前にいた。どうやらエンヴィールの炎の魔法が俺に当たっていたらしい。

 当たっていると言っても、魔法は俺に当てられないため熱風だけが届いているだけだ。


 俺は横たわっていた。動こうとするが、手足を縄で縛られており動けない。服は着ているが、マントだけは行方不明だ。


 冷静に辺りを見回す。ここはさっきまでいた洞窟の入口辺りらしく、たいして動いていない事がわかる。

 周りに魔族の男は見えないため、エンヴィールと俺だけがこの洞窟の中にいる。


「くっ……離してくれ!」

「逃げす訳ないでしょ。私の魔力奪った罪は大きいのよ」

「奪った……あぁ、おっぱいを揉んだって話――ぐへっ!?」

 エンヴィールに腹を蹴られた。魔力も何もないためモロにダメージを食らったが、アリンに比べると普通の蹴りだし、良心的な蹴りだった。だが力はこもっている蹴りだったので、勝負で負けた事をイライラしている事がわかる。


「やっぱりあなた嫌い。でもあなたで試したい事があるの」

「おっぱいの事なら俺にまかせてくれ。確かな自信がある」

「関係ないわよそんな事……あなたの能力。見た事ないけど興味はあるわ。一体なんなの?」

「俺が聞きたいよ」

 本心だった。女神様からは詳しい事を聞かされてないし、具体的にはわからない。


「ふ~ん。あくまで言わない訳?」

「いや、割と本心なんだが……」

 するとエンヴィールが近くに置いてあった小瓶を持つと、俺の上で傾けた。


 小瓶からタラタラと液体が流れ、俺の頭に掛かった。


「ちょっと!? なんか俺の頭になんか掛かっているんだけど!? しかもなんかべたべたしてるし!?」

 少しべた付く液体が俺の髪の間を通り抜ける。透明な液体だが、とりあえず普通の水ではない!


 よくわからない液体に不快感を隠せない。なんの液体だよこれ!? 

 ん? 待てよ……液体を掛ける時ってどんな時だ……


「はっ!? まさかこれは調味料!? 俺を食べるつもりか!? 食べてもおいしくないぞ! 大きなおっぱい付いてないし!」

 くそっ! 俺を味付けしておいしくいただくつもりか!? 食通め!


「んな訳ないでしょ……でも食べはしないけど、料理って感じかもしれないわ」

「へっ?」

 するとエンヴィールは手をこちらに向けた。間違いなく魔法を俺にぶつける気だ。


 炎の魔法は俺には効かない。散々受けてきたからもう怖くはない。

 しかしなんか嫌な予感はする……

 そして炎の魔法が俺に放たれた。炎はいつものように俺には当たらず、横に流れていく。熱い風だけが伝わる。


「ははっ! 残念だったな! その程度の炎では俺に火は通らないぞ! 生のまま食べる気か? はっはっはっ……はっ!? あっつ!? ちょ!? まさか俺燃えてる!? あちちっ!!」

 火傷する勢いの熱さが俺を襲った! 主に頭皮に深刻なダメージを食らっている!!

 どうやら俺の髪の毛が燃えているらしい! 


 焦りと痛みでのたうち回る! 手足は縛られているものの、転がる事は出来た。


「ふ~ん……やっぱりね」

 その様子を表情を変えずに見ているエンヴィール。


「何がやっぱりなんだ!? あっつい!?」

 転がった勢いでどうにか火を消そうとしている俺が聞いた。


「あなたの髪に落としたのは油なの」

「油!? ツバキ油じゃなくて調味料の方の!? あっつ!?」

 つややかな髪にしてくれるツバキ油ならとにかく、普通の油だったらやばくないか!? 普通に髪が全焼するぞ!


「つまりあなたは魔法は効かないかも知れないけど、魔法で引火した火ならあなたに効くって事。不思議ねぇ。珍しい生き物なのね。あなた」

 なるほど……つまり魔法は効かないが、自然現状で発生したモノに関しては効くという事か……納得。


 している場合じゃない! とにかく火を消さないと!


「いいから止めてくれ! このままじゃ俺の大切な毛根諸共消し炭になってしまう!」

 俺は毛髪のために涙目で懇願したが、エンヴィールは無視した。


「あ、これはまだ序の口だから。あなたの能力に飽きたら、たっぷり痛みつけて殺してあげるわ。うふふ……」

 エンヴィールはいやらしく口の端を吊り上げた。


 ま、まずい……このままでは本当に俺の身体が解体されてしまう……

 魔王を目指すのはこんなに危険な事だったのか……正直舐めていた。

 しかし考えてみればわかるはずだった。この世界を支配するなんて恐ろしい事だ。簡単に出来るはずがない。


 目の前の敵を倒すほどの覚悟と実力がなければ魔王になんてなれないんだ……

 俺は……魔王になれないのか? 爆乳楽園は実現不可能なのか?


 頭を燃やしながら、悲観していると、洞窟の入口から何者かが、走ってこっちに来ている。

 エンヴィールが気が付いて振り向いた瞬間にはすでにその何者かが切りかかっていた!


「っ!? 誰よ!?」


 エンヴィールは咄嗟に後ろにジャンプし距離を取った。剣はもう少しの所で届かなかった。

 目を凝らして後光が差している存在を見た。見た目は少女で、大剣を使っていて、そしてデカ乳……まさかあいつは!?


「まったく何であの男までいるんだか……」

「ア、アリン! 助けに来てくれたのか!?」

 アリンだった! 良かった……ようやく豊胸魔法の良さを知って、俺を助けに来てくれたんだ! 助かった……


「別に助けには来てないわよ……はぁ、いいわよ。助ける。ちょっと待って」

 アリンは剣を俺に向けると有ろうことか切りかかってきた!?


「うわっ!? っと……あれ?」

 微塵切りにされると思ったが、燃えていた毛髪部分と手足の縄がキレイに斬れた。良かったこれで動ける。


「これで動けるでしょ?」

「ありがとう。助かった……けど髪は切らないでくれよ!変な感じになったらどうするんだ!?」

「贅沢言うんじゃないわよ! こうするしかないでしょ!」

 アリンに言われ、まぁそうか、と納得した。


「でもなんでアリンがここに? 俺を助けに来たんじゃないんだろ?」

「あなたは一応助けただけよ。エンヴィールの仲間じゃないみたいだし。一応ね。で、私の本当の目的はそこのエンヴィールを倒しに来たの」

 剣の矛先をエンヴィールに向ける。エンヴィールは憎々しくアリンを睨む。


「小娘が……この私を倒せるだなんて思ってないでしょうね?」

「それはこっちのセリフ。王国の騎士に簡単に勝てるだなんて思わないでよね」

 するとエンヴィールはアリンの顔を見て、何かを思い出したように話始めた。


「あら? 誰かと思えば種馬の子供じゃない」

 アリンの眉がピクリと動いた。


 種馬の子供達有名人すぎない?


「……ありがとう。あなたを斬るのを躊躇う必要はなくなったわ」

「何が躊躇うよ……最初から斬ってきたじゃない、小娘!」

 これに関してはエンヴィールが正しい。


「うるさい魔王軍め! 私が成敗してくれる! はぁっ!」

 アリンは地面を蹴って、素早くエンヴィールとの距離を詰める。戦闘が始まった。


 やはりアリンのスピードは普通の人間のモノではない。まるで飛んでいるように接敵する。


「あの魔力の使い方……腐っても種馬の娘って事っ!」

 アリンの能力に驚いている様子だ。エンヴィールは低空なら飛べるらしく、後ろに浮いて距離を離す。


 しかしアリンはそのままのスピードでジャンプし、飛んでいるエンヴィールにも近づく!


「近付くんじゃないわよっ!」

 エンヴィールはアリンに向かって炎の魔法を噴き出す。


「うわっ!?」

 アリンは大剣を盾替わりにして防ぐ。しかしアリンは魔法の威力に押され、後ろに着地した。


 俺が今まで簡単に防いでいた炎の魔法だったが客観的に見ると、凄まじい勢いで放たれており、強力な魔法だった事が素人目でもわかった。


「流石、魔王予備軍ってだけはあるわね……詠唱もなしにあそこまでの魔法を撃てるなんて……」

 攻撃が届かなかったアリンが悔しそうに言った。

 魔王予備軍……たぶん俺も含むんだろうな……


「はっ! 今更怖気づいたの? あの勇敢な英雄様の娘とは思えないわね」

 アリンは剣を握る力が余計に入る。


「怖がってなんて……ないんだからっ! そっちが魔法ならこっちも魔法を使ってあげる」

 片手で剣を持ち、空いた手を広げる。


「くっ……小娘。魔法も使えるのか……」

 エンヴィールは少し焦った様子だ。


 そういえばアリンも使っていたな魔法。俺には効かなかったが。


「食らえっ! ホーリーフォトン!」

 ……というアリンの声が響いただけで、何も起こらなかった。

 少しの沈黙の後、アリンは驚いた様子で自分の手を見た。


「あ、あれ? おかしい。ホーリーフォトン! ホーリーフォトンだって!」

 なんども詠唱するが手からは何も出てこない。どうしたんだろうか?


 エンヴィールはその様子を見て、高らかに笑った。


「あっはっはっ! どうしたの種馬の娘? ハッタリでもしようとしたの?」

「違う! なんで出ないのよ!」

 アリン自身も原因不明ならしい。かなり焦っている。


「それじゃこっちからいくわよ。そらっ!」

 エンヴィールの炎がアリンに向かう! 勢いがあるため回避が出来ない。大剣で再び防ぐ。


「うふふ……そのままでいつまで耐えられるかしら?」

 炎は弱まる事なく、アリンを襲う。


「うっ、くそっ!」

 アリンは辛そうだ。このままでは炎に包まれるのも時間の問題だ。


 脳裏に焼かれたじいさんの姿がよぎった。あんなのはもう見たくない。

 正直、魔王になりたい俺が魔王を倒したい奴を助けるなんて合理的でもなんでもないが、ここでずっと見てるなんて出来るはずがない!

 俺は駆け足でアリンの前に向かった!


 アリンの前に行くと、炎は俺とアリンを通り過ぎてゆく。


「あ、あなた……」

「俺も助けられたしな。ふっ、気にするな」

 若干恰好つけて言ってみた。これで惚れちゃうんじゃないの? と思っていたら……


「役に立ちそうね」

 予想外の言葉がアリンから発せられた。


「へっ?」

 俺が後ろを向いてどういう意味? と聞こうとする前にまるで小動物を持ち上げるように襟を摑まれ、そのままアリンは俺の背中に隠れた。


「ちょっと? 何をする気だ?」

「あんたを盾として使うの! こんな便利な盾はそうそうないわ!」

 アリンは俺を掴みながら前進する。どうやらこのまま俺を盾にしてエンヴィールに接近するつもりだ!


「正気か!? 人間を盾として使うなんて!?」

「しょうがないでしょ!? これしか方法がないんだから……あっ!」

 するとアリンが何かに驚くように手を離した。


「ようやく正気に戻ったか」

「そうか……なるほど……あなたに触れると魔力が吸われるんだわ!」

「あぁ……それが嫌なんだ」

 だから手を離したのか。てっきり改心したのかと思ったが……


「なんて変な能力を持っているのよ! この変態!」

「なんで罵倒されなきゃいけないんだよ! って! あっつい!?」

 エンヴィールの炎の魔法は続いている。いくら魔法が効かないからといってこのまま熱を食らっていたら、さすがに火傷しそうだ。


「あなた達はグルだったのね! 一体バーストは何を考えているのかしらっ!」

 エンヴィールに誤解された。バーストと俺はグルだが、アリンはあんまし関係ない。というかおそらく敵対関係でもある。


「違うわよ! まったく……役に立たない盾ね!」

 アリンは強い語調で否定した。


「盾じゃないし! それは置いといて! ここは逃げた方がいいんじゃないか?」

 アリンは魔法が撃てないし、飛んでるエンヴィールのおっぱい揉めないし。勝てる見込みがなさそうだ。


「敵からは逃げないわ! 戦う!」

 依然として剣を構えるアリン。やめる気はないと……


 ここから俺だけ逃げるのもありだろう。戦っている最中にこっそり逃げればいいのだから。それにその狡賢さは魔王っぽい。

 しかし、負け戦に意地になって戦いに行っている知り合いを放置していいのだろうか? もしかしたら勝てるのかも知れないが今のところ勝算を感じない。


「魔法も撃てないのにどうやって戦うんだ?」

「気合で倒すの! それに優秀な盾もあるし!」

 俺の目を見て自信たっぷりに言った。


「ぐっ……俺は嫌だ! 行くぞ!」

 俺はアリンの腕を掴んで洞窟の入り口に向かってダッシュした。


「ちょっと! 離してよ! 魔王軍を見逃すなんて! ちょっと!」

 俺はアリンを無視する。一応アリンは抵抗しているようだが、俺でもひっぱれるぐらいには弱まっている。

 おそらく魔力を吸い取っている。そのせいか元気が出て来たぞ! それに急な事ではあるが、女の子と密着しているしな!

 途中で雑に落ちているマントを発見し、サッと回収する。


「あっ! 逃げるの? ふ~ん。まあいいわ。魔石は手に入ったし。うふふ……」

 エンヴィールの薄気味悪い笑い声を背中で聞きながらその場を急いで離れた。

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