第14話 乳と罠。
そんな会話をしながら町を通り過ぎて数十分。再び森に入ったと思うとユリィの足が突然止まった。
「ユリィ、どうしたの急に?」
「何か聞こえます……人の叫びのような……」
「人の叫び? なんでそんな物騒な声が……」
俺には何も聞こえなかった。聞こえるのは相変わらず木々が揺れる音くらいだ。
「ほう……嫌な予感がするな……」
バーストも何か感じ取っているらしい。何かあるのか?
また少し歩くとその異変は俺の耳にも聞こえて来た。
「ひえぇぇ!! 助けてくれ!」
男の悲鳴だ! その方向を見ると人間のおじさんが焦った様子で走ってこっちに来ている。
「ど、どうしたんですか?」
俺は焦っているおじさんに話しかけた。するとおじさんが疲れた様子で俺の前で膝から崩れると、必死に俺の服を掴んで訴えかけて来た。
「ま、魔族だ……魔族が襲ってきたんだっ!」
「魔族? どこですか?」
「採掘場だ! そこで最近噂のエンヴィールとかいう魔物が来たんだ! あぁ! もう来るかもしれん! お前達もさっさと逃げろ!」
おじさんはしきりに後ろを見ながらその場から逃げるように立ち去った。
「エンヴィールだって? しまった! 先を越されたか!」
どうやらエンヴィールが俺達より先に魔石を確保しに行ったらしい。急がねば……
「これは厄介な事になっているかも知れんな。おそらくエンヴィールが人間を襲っている。魔石を取るためにな」
「人を襲っているんですか……じゃあ魔石と人のためにもエンヴィールを止めないといけませんね」
「ふんっ、自信満々だな。一回やっつけているからか?」
「そうですね。俺にはおっぱいパワーがあります! それがある限り負ける訳がない!」
実際強そうなアリンとエンヴィールを一回撃退している。おっぱいパワーが負けるはずがない!
「調子に乗り過ぎて足元すくわれなきゃいいがな……ユリィ。行くのだ」
「は、はい! 急いで行きましょう!」
ユリィと俺は駆け足で採掘場に向かう!
するとユリィは進行方向とは関係ない方向を見ながら足を止めた。
「採掘場はもうすぐです! はっ! あれは……」
ユリィの視線の先、そこには採掘場などではなく、地面の割れ目のような洞窟がそこにあった。
その洞窟の入り口に見知った顔が見えた。そいつは俺達に気が付く事もなく、洞窟の中にいる人に向かって話しているらしい。中にいる人は暗がりに良く見ない。
「こんな所に逃げても無駄よぉ。早く魔石渡しなさい」
エンヴィールだ。真っ赤な体だから良く見える。
「わ、渡すものか! これは私の物だ!」
「それを掘ったのはどこかの魔族だったはずよ?」
「あの採掘場は私の物だ! そこで取れたものだから私の物に決まっているだろう? それに給料もやってたはずだ!」
どうやらエンヴィールに追い詰められているのは採掘場の権利主らしい。高純度の魔石は今、その人の手にあるらしい。
「たいした金もやってなかった癖によくもそんな堂々と言えたものね……」
「とにかく私は渡さん! 帰ってもらおう!」
「こんな追い詰められても強情なのは褒めてもいいわ。だからあの世の土産として教えてあげる。欲しいモノは力ずくで奪えるのよ。私はそうして来たの」
その声はどこか嬉しそうな声色を感じる。
「魔族がっ……」
憎々しい声が洞窟に響いている。
するとエンヴィーの手が洞窟の中の人に向けられる。あれはおそらく炎を出す前の行動だ!
「やばっ!」
助けに行くのか見守るのかが決めずに、中途半端行動を起こそうとしたら、とりあえず体が立った。
「キョーブよ、行くのか?」
バーストに聞かれたが、自分でも決めていない。
「いや、なんか反射的に立ちましたけど正直迷ってます」
ここで行ったら間違いなく戦闘になる。エンヴィールには勝てる自信があるが、出来るなら戦いたくはない。
「迷っているのか……」
「えっと……魔王的に人助けとかどうかと思うけど、これも魔石……いやおっぱいのためだしな! 行くか! ユリィはここで待っててくれ」
魔石を奪われるのは勘弁だし、またおっぱいに触れる機会が訪れるかもしれないしな!
「はい。キョーブさんならやれます!」
「ああ、見ていてくれ!」
最近おっぱいがよく揉めて気分が良い。足取りも軽くエンヴィールの所に行く。
エンヴィールに恐れる事もなく、近寄りながら声を発する。
「そこのIカップ!」
「……はぁ。またあんた」
エンヴィールは俺を見た瞬間溜息を吐いた。そうとう会いたくはなかったんだろう。
「魔石があるんだろう? 寄越してもらおうか?」
魔王っぽく、威厳たっぷりに発言をしてみる。すると洞窟からひょっこりと脅されていた男が現れた。
「くっ、お前もこの魔石目当てか……」
見ためは60過ぎたじいさんで、憎々しい目つきで俺を見ている。
「ああ。その魔石は寄越してもらう。だが、そこのIカップとは違って、命だけは助けてやろう」
するとじいさんは俺とエンヴィールを見比べる。そして俺の方が安全そうだと思ったのか焦った様子で俺の方へ駆け出した。
「そうだこっちに来るがいい!」
よし。俺の方に来たな……これで魔石は俺の物に!
しかし俺は油断していた。じいさんの後ろのエンヴィールがすぐさま手をじいさんに向ける。
「そう簡単に逃がす訳ないでしょ!」
エンヴィールの手が赤く光る! 魔法が来る!
「くそっ!」
咄嗟に前に出る。俺が盾になれば魔法が止められるはずだ。
しかし行動を起こす以前にもう手遅れだった。
エンヴィールの火炎の魔法はじいさんを囲み、灼熱の炎が体を包んだ!
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
じいさんは悲鳴を上げた後、あっという間に倒れる。
「お、おいっ!」
じいさんに駆け寄った。俺が近づけば炎が消えるんじゃないかと思ったからだ。
まだ燃え続けるじいさんに手を近づける。これで何とかなるはず――
「あっつ!? 消えねえ!?」
俺が近づいても何も変わらなかった。炎は依然と燃え続けている。
動かず燃え続けるじいさんを唖然とした表情で見続けるしか出来ない。
まさか俺の前で人が死ぬなんて……まったく知らない人間とはいえ、同じ人間がこうもあっさり死ぬのを見ると動揺を隠せない。
いつの間にかエンヴィールがすぐ近くまで来ていた。ショックを受けていたせいで気が付かなかった。
「そいつはロクデナシよ。死んで当然だわ」
エンヴィールは吐き捨てるように言った。
そしてエンヴィールは魔法を解いたのか一瞬で炎を消すと、じいさんの持っていた青い小さな鉱石を拾い上げた。じいさんはもう反応はない。
「ふふふ……これが噂の魔石。確かに大きな力を感じるわ」
その石を空に掲げてうっとりとした表情で見つめている。どうやらあの指ぐらいの小さい青い石が高純度の魔石らしい。
そこでハッとした。俺の目的はあの魔石だ! しっかりしろ!
「……その魔石。渡して貰おうか?」
エンヴィールをしっかり見て、手を差し出した。
「あげる訳ないでしょ? これはもう私の物。私が魔王になるための物なんだから。あら? バーストはどこ?」
「さぁ? どこだろうな?」
「ふ~ん……それにしてもあなた、面白い能力持っているのね。魔法は防げても、さっきの炎は防げなかったみたいね」
エンヴィールが見透かしたような目で俺を見る。
「くっ……それは……」
それに関しても分からない。バーストの言う通り俺に魔法は効かないはずだ。なのにも関わらず、魔法の炎で燃えているじいさんには手を触れる事すらできなかった。何故だ……
「あなたは本当に嫌な奴だけど面白い人間……興味が湧いてきたわ」
「何でもいいから魔石を渡してくれ。渡してくれたらおっぱいは揉まずにそっとしておいてやろう」
おっぱいを揉んだら勝ちなので、優位で交渉は進められるはずだ。
おっぱいを揉まれ、魔石を取られて敗北するか、それとも魔石を渡して逃げるか。まさかおっぱいを揉まれる方を選ばないだろうと思っていた。
しかしエンヴィールは余裕の表情をしていた。まさか何か策があるのか?
と、思った瞬間。エンヴィールは俺の後方に向かって叫んだ。
「捕まえてっ!」
誰かいるのか!? と後ろを向いた瞬間、槍の刃が頬をかすめるほど顔に近付けられていた。
「うわっ!? いつの間に……」
エンヴィールに気を取られてまったく気が付かなかったが、角の生えた男の魔族が槍を構えて、すぐ後ろに立っていた。
「動くなよ」
魔族の男は脅してくる。身なりはボロボロの上下で細マッチョという感じの成人男性だ。しかしこの男どこかで見た事があるような?
「さてこれからどうするつもり? あなたにはこの状況を打破出来る魔法でもあるのかしら?」
エンヴィールの余裕の表情はこれがあったからか……
「くっ……味方がいたのか……」
味方がいた事は予想外だった。一人で動いているものだと勝手に思っていたが、そうではなかったらしい。エンヴィール一人なら俺でもなんとかなったと思うが、おっぱいがない魔族相手には俺は無力に近い。
何も出来ない俺を見たエンヴィールは嬉しそうに口角を上げる。
「あらら? ひょっとして成す術なしって感じ?」
「くぅ……」
魔法を放つにしろ、魔力もないし、カップアッパーしか知らない。エンヴィールは手の届かない位置にいるし、一歩でも動けば槍が俺を貫きそうだ。
「じゃあちょっと来てもらおうかしら。あなたの事を骨の髄まで調べてみようと思うの。もちろん比喩じゃなくてね」
や、やばい!? このままじゃ全身を解剖されてしまう!?
「や、やだなぁ。同じ魔王になりたい同士じゃないですかぁ。仲良くやりましょうよ。あははっ」
なんとしても解剖は逃れなくてはならない! 異世界に来てそんな結末は嫌だ!
「そいつを連れてきて」
「はい」
俺の友愛の言葉は無視され、魔族の男が返事をする。
すると男は俺の目の前に歩いてくる。あっ、これやばいヤツだ!
「ちょっ! 待って!」
男は俺の話を無視して拳を握りしめる!
次の瞬間。ごふっ! と、腹部にパンチされる。
「ぐおっ……」
あまりの痛さに一瞬で倒れる。何かを考える前に意識が吹っ飛ばされた。
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