第9話 い、生きていたのか!?

 静まり返った。さっきまで激しく燃えてた家も炭になり、日も落ちて、すっかり辺りが暗くなった。今は月光の淡い光だけが頼りだ。


「やりましたねキョーブさん! あの変な騎士を退治しましたよ!」

 嬉しそうにユリィが駆け寄ってくる。


「勝ったのか……くっくっくっ……確かにおっぱいも触ったし、大きくも出来たし。大勝利だな」

 死ぬかと思った大剣少女との闘い。おっぱいを触り、俺の大勝利で終わった。


「バーストさんを倒した変な騎士に勝つなんて、流石次期魔王になるお方です!」

「次期魔王はまだ早いよ。何をしたらいいのかまだわかってないし」

「いえ! 私は次の魔王はキョーブさんだと思ってますよ!」

 少女の期待する目が俺に向けられる。


「魔王か……くっくっくっ。俺なら出来るかもしれんな……バースト。お前とは短い付き合いだったが、大切な事を教えてくれた。爆乳楽園。爆乳楽園を俺は作るよ。その実現のために魔王になるよ。バースト。それまで見守っててくれ」

 俺を魔王にしたかったバースト。バーストは死んでしまったがその想いは叶えよう。俺が魔王になればバーストの死も無駄にはならないはずだ。


 星々が無数に輝く美しい夜空を見上げる。この世界の星の名前を知らないが、とりあえず適当に一番輝いている星に向かって誓った。


「あの……キョーブさん。そのバーストさんなんですが……」

 ユリィが何かを言いたそうにしている。するとどこからか声が聞こえて来た。


「まるで我が死んだような口ぶりだな。キョーブ」

 バーストの声だ! その声が近場から聞こえた!


「えっ!? バースト!? なんで? 死んだはずじゃ!?」

 バーストは大剣少女に倒されて死んだはずだ。消えた瞬間を間違いなく見た。


 しかしバーストはどこにもいない。周りは暗いがあの巨体が見えないほどではない。いったいどこから声がしているんだ?


「我は死んでいない。ここにいるぞ」

 声はユリィのすぐ近くから聞こえた。巨体は見えないものの間違いなくそこにいる。


 一瞬幽霊かと思ったが、ユリィの肩に見慣れない生物がいた。

 青いイタチのような小動物だ。見た目はかわいらしいが――


「姿は違えど、我はバーストだ」

 バーストの声を発した。間違いない。青いイタチが口をパクパクしてバーストの声を出している。


「……ずいぶんとかわいい見た目になったんですね。生まれ変わったんですか?」

 半分冗談のつもりで聞いているが、万が一に俺のように転生した可能性も考えられる。


「生まれ変わった訳ではない。これは我が習得している1兆個の魔法の内の一つ、変化の魔法だ。疲弊した元の身体と分離して、仮の身体に魂を定着させている」

 魂の分離とか出来るのか……意外と怖い魔法もあるんだな。


「その小動物に魂を移動して助かったって訳ですか……」

 とにかくあのイタチっぽい小動物がバーストならしい。


「実は私、バーストさんのその魔法知っていたんですけど、ド忘れしてたみたいでバーストさんが本当に死んでしまったのかと思いました。あはは……」

 ユリィが苦笑いする。ユリィはあんなに悲しそうにしていたのに実は生きている事を知っていたのか……


「我の肉体は別の空間で治療中だ。短くて一か月、遅くて数年掛かるかもしれん。なにせ珍しい魔法が故に実験結果もあまり豊富にある訳ではないのでな。どの程度かは、はっきりとはわからぬのだ」

「元の身体に戻るのも時間が掛かると……それで俺が魔王になる旅は?」

「無論この体で行くしかあるまい。だが安心するがいい。我の卓越した頭脳は健在だ。それにあの剣士を退けた貴様なら心配することもないだろう」

 安心するがいい、とイタチに言われても信頼感がないが、まぁいいだろう。


「確かに強大な力があるらしいですね。でもおっぱいがないと強くなれないんですよ?」

 おっぱいを揉んだ俺は最強だった。しかし時間が少し経った俺はなんの力も感じない。今まで通りの俺に戻ってしまった。

 するとバースト(イタチ)が小首を傾げた。ちょっとかわいい。


「おっぱ……何を言っている? 貴様は何か勘違いしているようだが、貴様の特種な能力は魔法を受け付けない能力だろう。かなり強力な能力だ」

「えっ!? おっぱいパワー関係ないんですか!?」

 おっぱい触ったから強大なパワーが生まれて、魔法を弾いたとかじゃないのか!?


「関係は一切ないだろう。現に何もしなくてもエンヴィールに炎も無傷で済んだであろう?」

「ただの威嚇攻撃じゃなかったんですか?」

「あれは貴様を丸焦げにするための攻撃だったのだ。エンヴィールは人間に対する優しさは持ち合わせていない。今後は気を付ける事だ」

 あれはガチな攻撃だったのか……知らず知らずの内に俺の能力によって俺自身が救われたらしい。


「それと貴様の魔法だが……」

「おっぱいパワーの事ですね」

 おっぱいを揉んだ後に沸き上がる力……おっぱいパワーの事か。


「それは関係ない。関係ないはずだ。我の頭脳にそんな事は載っていない」

「じゃあきっと一兆一個目の魔法なんですよ。おっぱいパワー。憶えておいてください」

「……貴様には魔力が存在していないはずだ。現に貴様に魔力を感じない」

 バーストはあくまでもおっぱいパワーの存在を無視したいらしい。


「そりゃおっぱい揉んでから時間経過しましたからね」

「にも拘わらず何故魔法が放てたのか……きっと理由があるはずだ」

 バーストは俯いて考えているらしい。意外とイタチの身体をしていても感情は読み取れる。


「全てはおっぱいパワーですよ。おっぱいおっぱい」

 俺に魔力はなくてもおっぱいパワーがある。それで説明できると思うが。


「むむむ……これはさらなる検証が必要だ」

 どうやらバーストはおっぱいパワーでは納得いかないらしく他の理論を立てようとしているらしい。


「あ、あの。それでこれからキョーブさんを魔王にする旅に出るんですよね? まずはどこへ行くんでしょうか?」

 ユリィがこれからの事を肩に乗っけているバーストに聞いた。


「まぁ、キョーブの能力は追い追い検証するか……二人とも知っているだろうが、魔王になるためには魔人を呼び出す必要がある。そして召喚のためには多くの魔力、つまり魔石が必要だ。しばらくは魔石集めの旅になるだろう」

 魔石……おそらくは魔力が入っている石の事だろう。こういう事は知っている。


「魔石集めですか……魔石とかどっかに売っていないんですか?」

「魔石は売ってはいるが、大量に必要だ。魔人召喚に必要な魔石を人間達から購入するとなると、世界中の金を集めなきゃならないだろう。それに大量の魔石を置いておく場所も確保しなくてはならない」

「現実的じゃないと……」

 ただでさえ貧乏そうなバーストとユリィだ。英雄の木彫りで大量の金を集めるなんて生涯かけても無理だろう。


「そこでだ。高純度の魔石を集めるのだ。高純度の魔石なら魔人の召喚も大量に必要としない。存在する場所はある程度なら我も知っているし、持ち運べるはずだ」

「高純度の魔石か……それって買う訳じゃないですよね?」

「無論。拝借する」

「おお……いよいよ魔王っぽくなってきたな……」

 魔王っぽいと言ってもただの盗みを働くってだけだが……


「さっそく魔石集めを、と言いたい所だが、もう暗い。明日出立と行こう」

 もう夜だ。肌寒い風も吹いている。それにお先が見えない森の中だ。さすがに動けないだろう。


 だがある疑問が浮かぶ。家は燃え、もう遠くに行けない。となると……


「それでバーストさん。寝床はどこですか?」

「もちろんここで野宿だ。ベッドも何もかもないから地面で寝るしかないな」

「ですよねぇ……」

 俺とユリィががっくしと肩を落とした。

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