第4話 そうだ。魔王になろう。
「ちょっと! 俺は付いていくとは一言もっ!」
「我には用がある。だから来るがいい」
「そんな強引なっ……」
拒否権はないらしい。これからどこに行くのだろうか?
あの石の建物はどうやら町から外れた場所にあったらしく、道らしき道もなく、辺りは木々が生い茂っていた。
バーストは全速力で逃げている。森の中、木々をかき分け、道なき道を進んでいく。
見た目はゴリラを少し細くしたような感じだが、4足歩行をするわけでもなく、普通に担ぎなら二足歩行している。
素早さは人間を超えている動きであり、魔法うんぬんというより身体能力が非常に高いらしい。
数分間逃げただろうか。森の中にひっそりとあったボロボロの平屋にたどり着いた。ここが目的地らしい。
バーストが軋むドアを開けると、意外と優しく下ろされた。
「到着だ」
「ここどこ……って言うか俺、こんな顔だったのか……記憶ないから元々こういう顔なのかすらわからんなぁ」
桶に満たされた水を覗き込んだら、俺の顔が反射して見えた。なんだかこれといって特徴はない。ザ、普通の男だ。この顔に見覚えはなく、元の世界の顔とは違う可能性もある。
「ここは我が城だ」
「城……?」
どう見ても城じゃなくてボロボロの家なんですけども……
靴も脱がずに家に入る。外見同様に中もボロボロだった。今にも崩れそうだ。
「そ、それで何ですか? 魔王軍に入れって事ですか? 嫌ですよそんなん!」
敵キャラになれと言われても嫌だ。どうせなら魔王軍を倒す側になりたいんですけど……
「魔王軍には入る必要はない。もう魔王は倒されてしまったからな」
「えっ? 魔王がいない? この世界?」
本当にファンタジー世界か!? ここ?
「あぁ。我も魔王軍の精鋭の一人だったが、今は片田舎で優雅に暮らす事しか出来ていない」
「優雅……?」
所々ひびの入った壁に柱。屋根には大きく壊れている所があり、そこから空が見えている。もう何年も修復されず放置された家みたいだ。優雅さもなにも感じる事はできない。
「そこでだ。魔王が必要なのだ。この世界に」
「え? いやいや、そんな巨悪はいらないんじゃないんすか?」
「我は必要だ。我が大いなる使命のためにな。それに魔王は巨悪ではない」
やっぱり敵キャラじゃん……帰ろ。いや、帰る場所なんてないんだけれども……
「は、はぁ。んじゃ、頑張ってください……」
「貴様も関係ない話ではない。いや、貴様が一番関係している」
「俺が一番関係してる? いや、俺、一般人なんで。関係ないんで」
「実のところ、非常に高難易度の魔法を行使し、次の魔王を召喚したのだ」
「召喚……はっ!? まさか!? その召喚した魔王って!?」
今さっきの建物、状況。それから鑑みるに……
「貴様だ。次なる魔王は」
「……いや。俺、一般人なんで。関係ないんで」
手を振って否定する。本当に嫌なので何としても断らなくては。
「シラを切るな……」
「だって魔王とかさぁ……陰気な城で籠城して、挙句の果てには英雄に倒されて死ぬ奴じゃん! なりたくないんですけど!」
「どんなイメージを持っているんだ……しかし、お前は魔王を呼ぶために召喚されたのだ。魔王になるべきだ」
「えぇ~気が乗らないですよ……というか俺何にでもなれるんじゃなかったのか?」
女神様はなんにでもなれるって言ってたじゃないか。魔王一択ってどうなんですか女神様?
「では、どうすれば、その気が乗るのだ? 魔王になれば何でも手に入るぞ」
「……えっ? 何でも……手に入る?」
魅惑的な言葉に心が動いてしまった。
「もちろんだ。この魔王軍で世界を支配すれば、この世のモノは大抵手に入る」
「……いや、でも欲しいモノなんてあったかなぁ?」
記憶がなくなっているせいっていうのもあるが、今何が欲しいと言われても何も思いつかない。
「あるはずだ……貴様も人の子だろう。どうしても欲しいもの。喉から手が出るほど欲しいモノがあるはずだ。さぁ、遠慮せず言ってみろ。ほら胸に手を置いてみろ」
「欲しいモノ……」
言われた通り、胸に手を当て考えてみる。欲しいモノ……ん? 何かを思い出しそうだ。俺は……なんのために転生を? 何の為にこの世界に来たんだ? 何を期待して……
手に力が入る。もうちょっとで掴める……!
「さぁ! 欲しいものが出てきたんじゃないのか? ほら。金銀財宝。いくらでも欲しいだろう?」
あったはずだ俺にも。何かが!
さらに力が入る。胸に爪を立てるほどに。もうすぐっ……
はっっ!?!? あ、あった! あったぞ! そうだ俺は!
「くくくっ……あぁっはっはっはぁっ!!」
あまりにも身近にそれはあった。それに気が付かなかった俺に対して笑った。
「ふんっ……知覚したか? 自身の欲望を?」
「ここにあったんですよ。ここにっ!」
自分の胸を、叩いた。
「やはり心の内側に抗えない欲望が――」
「違います。胸ですっ! おっぱいです!」
手で胸を膨らみを表現する。そう、この胸に欲しいモノがあったのだ!
「……それがどうした?」
「記憶を失った俺が、無意識に唯一求めた欲望。それはおっぱいだ! それも爆乳を! 爆乳をだ!」
そうだった……俺が転生した目的はおっぱいを揉むことだった!!
「それが……貴様の欲求なのか?」
少し困惑したようにバーストは聞いてきた。
「ああっ! 魔王になったらなんでも出来るんでしょ? 乳ぐらい、自由に揉めるんでしょ?」
「もちろんだ。世界を支配すれば可能だ! 乳まみれだっ!」
「乳まみれ!? くっくっく……最高じゃないですか!」
気分が乗ってきたぞ! そうか、世界を支配すればそんなことが……!
「そんな事は魔王にしかできないぞ。普通に生きていたら様々な縛りで欲望を押さえて生存しなくてはならないからな」
「確かに。俺の欲望は悪役の趣味だ……英雄になっても出来なさそうだ……」
人を救う良い人はそんなことは出来ない! そんな事をしたら非難轟々だ。
そうか……俺の理想は正義の英雄ではなく、ただ乳だけを求める、倫理を超えた……悪役! それしかない!
「そうだっ! だから貴様は魔王になるべきなのだ!」
「くっくっく……なら、魔王になるしかないなぁ! あっ! 貧乳ばかりだったらどうしよう……この世界」
もうノリノリだが気がかりがある。貧乳問題だ。求めるのは爆乳であり、貧乳でない。この世界の平均バストなんて知らないから貧乳ばかりだったらどうしよう……
「ふんっ、それなら問題ない。貴様にお似合いな魔法がある。我が冴えている頭脳には1兆個の魔法が入っているが、貴様に一つ、授けてやろう。それはカップアッパー」
「カップアッパー……」
「簡単に言うと、この魔法は相手を胸を大きく出来る」
「胸を大きく!? なんて夢のある魔法なんだ! 世の中爆乳ばかりに出来るじゃないか!!」
本当に俺にぴったりな魔法じゃないか!
するとバーストが着ていた黒いマントを取り、俺に渡してきた。
「この威厳のあるマントを装着すれば魔法を放てるようになる。マントには魔法の刻印が施してあるからな。ほら、着てみるといい……いや、なんでそんな嫌そうな顔をしている?」
「いや、だって毛もくじゃらの着てたマントは……衛生面がちょっと……」
毛に密着していたであろう黒マント。マントに何が付着しているかわからない。出来れば身に着けたくはない。
「失礼なっ! 朝は水浴びは欠かしていないぞ! ほらっ、装着するがいい」
半ば強引に黒マントを着させられる。嫌だったが、近くで見るとマントはキレイな状態だった。毛も何も付いてなさそうだ。
バーストが着るには若干小さかったマントも、俺が着るとぴったしだった。
「これで俺も魔法が撃てるようになるのか……こんなん貰ってもいいんですか?」
「無論だ。元々魔王様の所有物だった。次の魔王に渡しても構わんだろう」
倒されたとかゆう魔王の所有物か。つまり、おさがり。
「ふ~ん。じゃあさっそく。カップ! アッパーッ!」
気合を入れて魔法の名前を叫ぶ。そしてバーストの筋肉質の胸に手を当ててみる。
「な、何をっ! 我を巨乳にしてどうする気だ!?」
バーストは胸を腕で隠しながら、何故が恥ずかしそうに言う。
「いや、ものは試しに、と思って」
「我で試すでないっ!」
「でも発動してないっぽいですけど。やり方が違うんですか?」
「やり方はそれでいい。名前を叫べば、マントが勝手に反応して魔法が出せる。しかし貴様には魔力が足りてないようだな。というか、貴様には魔力を微塵も感じない。普通はどんな生物も少しはあるものだが……」
「魔力がない!? じゃあ魔法撃てないじゃん!」
MP不足って事らしい。普通はどんな魔法も魔力が必要……な、はずだ。だから魔力がない俺は何も魔法を使えないという事になる。
「ふ~む……これはどういう事だ……まさか貴様、アンデッドじゃないだろうな? もう死んでいたりしないか?」
「死んでないですよ! いや一回死にましたけども! 生き返ったんです!」
人をゾンビ扱いしやがって……けど魔力がないの普通に不味くないか? この世界では魔力が必要な気がするが……
すると、トコトコと誰かがやってきた。
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