第3話 スライムぐらい倒せるやろ

 眩い光が肌を撫でる。そんな感覚を察知して目を開ける。


「ん……えっとここはどこ?」


 石造りの建物の中にいた。こぢんまりとしている建物で、中央にある石碑と石柱が少し並んでいるだけの室内だ。

 所々ボロボロだ。屋根が破損しておりそこから光が差し込んでいる。どうやら今は昼か朝らしい。


 倒れていたので立ち上がる。どうやら女神に発注した通りに青年の身体だ。それに簡素なズボンとシャツを着ていた。この世界のモノか前の世界のモノかはよくわからない。


 周りはしんと静まり返っており、人がいない。

 と、思ったが一つ違和感を発見する。人一倍大きい毛むくじゃらの何かが俺の視界にいた。


「ここはサーショの近くの神殿だ……」


 男らしい低い声がその毛むくじゃらから聞こえた。


「うわっ!? 喋った!?」


 とても人間とは思えない動物から言葉が出てきた!


「失礼な奴だ。この知性溢れる外見の我を見てそんな事を言うとはな……」


 その毛もくじゃらはゴリラのような体に犬のような顔をくっつけたような外見をしていた。背中が隠れるだけの黒マントを羽織り、下半身にはボロボロのズボンを履いているだけでほぼ裸みたいなもんだ。これで知性溢れるとかいいましても……


「尊大かよ……って、あぁ! ここは異世界か! そうか転生して異世界に! それでこんな種族もいるのか。ふぅ~ん」


 そうかファンタジー世界なら人間以外が喋っても問題ないか。というか記憶はなくてもファンタジー世界の知識は消えていないもんだな。


「ふんっ。何を言っているのかわからないが。まぁいい。それで貴様は何者だ?」


 犬の顔をしているが無表情で威圧的な態度なのはわかる。


「いやあなたこそナニモンですか?」

「我か? そんなに聞きたいか? 我の高貴で雅な名を?」

「いややっぱいいです。さようなら……」


 このまま話を続けると変な事に巻き込まれそうだ……あの人、毛むくじゃらだし。

 異世界の事もよくわからないし、ここは逃げておこう。


「しばし待たれよ」


 図体がでかい毛むくじゃらに道を遮られる。


「な、なんですか?」


「我が名はバーストだ。この威厳しか感じない名前をよく刻んでおけ」

「バスト?」

「バーストッ……ちゃんと伸ばす所は伸ばすのだ……」

「バーストさんね。で、なんか用ですか?」

「用も何も我が貴様をこの世界に召喚したのだ」

「召喚? いや俺は女神……じゃなくて多分違う方法でこの世界に来た

んですけど?」


 瞬時に女神の事を話すのは危険な気がして話を逸らした。この人が信

用出来るかわからないし。


「違う方法? いや我が高等魔法で貴様を召喚したのだ!」

「なんかの手違いで俺が呼び出されたみたいですね。さようなら」

 女神の転生が失敗したのかはわからないが、何故か召喚扱いされている。俺は召喚獣でもなんでもない!

 逃げようとする。が、力強い大きな手で肩を掴まれ、引き戻される。

「まぁ待ちたまえ。そんな急いで行くあてなどあるのか?」

「ぐっ……それは……」


 この世界の事は何も知らない。ついでに記憶すらないから、この場所から何をしたらいいか、したほうがいいのかまったくわからない。せめて町の中からスタートならなんとかなったが……不親切な事にこんな人影のない場所からスタートだ。


「わからんだろう。この世界に来たばかりだからな……それで聞くが、前の世界はどんな感じだ?」


「いや……記憶がないんでわからないです」


 俺の名前が概峡部な事は理解出来る。が、それ以外はわからない!


「記憶喪失か……まぁとりあえず我が城に参るとしよう。そこで話を聞こう。いや、そんな怪訝な顔をするな」


 俺が心底疑っている事が顔に出ていたらしい。初めて出会った毛もくじゃらの家に行くとか常識的にないだろう……


 すると俺とバーストと名乗る魔物以外に何かの気配がした。静かな場所だから気づいたがどうやら近場を移動しているようだ。


 視線をそれに向けるとその正体が、ゆったりと建物に入って来た。


「あっ、スライムだ!」


 俺がそいつにぴったりな名前を叫ぶ。

 地面を這いながらゆっくり移動している。見た目は半透明のゲル状。生命感ゼロ。膝より下のサイズだ。


「むっ、スライムはわかるのか?」


 やっぱりスライムって名前か。


「こいつはどこの世界でもそんな名前なんです! そういうのは憶えているんです!」


 どこの世界というのはもちろんゲームとかそこいらの架空の世界だが。

 スライムが徐々に近づいているが、バーストは特に驚きも、焦った様子もない。ただじっと見ているだけだ。初めて見た俺は少々驚いたが、この世界でも雑魚キャラなのでろうか? 


「あれ倒さなくてもいいんですか? なんか来てますけど……まさかバーストさんみたいに話しかけてくるなんてないですよね?」


「我と同類にするな。あれは下級魔族だ。モンスターと呼ばれる分類だ。我のような卓越した知性など微塵もない……だが貴様の能力を見てみたい。試しに倒してみせよ」


「見せよって……俺何も装備がないんですけど!?」


 バーストが倒してくれよ! 図体でかくて強そうなんだから!


「我が召喚した生命なら、軽々倒せるはずだ」

「軽々って……けどまぁ、やってみるか! なんか能力もあるっぽいし!」


 俺は女神から何らかの力は授かっているはずだ! 英雄だろうと何だろうとなれる……多分!


 自信満々にスライムの前に向かう。見下げると小動物的な大きさだという安心感がある。


「流石にこれに負けないでしょ! よぉし。魔法も何も知らないけど、とにかく倒されてくれパァァァッンチ!」


 思いっきり力を込めて殴りかかる! 俺の鋭いパンチが当たる! そして相手は悲鳴をあげる暇もなく倒れて――


「いてっ!」


 俺が情けない声が響いた。


「い、意外と固いんだねスライム……さん。あははっ……」


 かった!? 柔らかそうな見た目に反して固いゴムみたいな弾力をもってんですけど!? 

 スライムは動じていない。俺のパンチが一切ダメ―ジが入ってなさそうだ。


 すると俺の攻撃に怒ったのかスライムはプルプル体を震わた! その次の瞬間――


「ぐほっ!? あいたたっ!?」


 腹部に体当たりしてきた! みぞおちにクリティカルヒットッ! 俺は後ろに倒れた!

 下から殴られたような……固いモノが勢いよく腹に突き刺さったような感覚だ……

 むちゃくちゃ痛い。しばらく腹を押さえて地面を這うしかできない。


「ごほっ……強いじゃん……スライム。ごほっ……」

「いや、スライムが強い訳ではなく貴様が弱いだけだ……」


 バーストは残念そうに眉間を手で押さえている。


「なん……だと? 俺が……弱いだと?」


 そんな馬鹿な!? 転生したら最強という法則はどこに!? 俺の特殊能力は!?


「だがどうしてだ? うぅむ……」


 顎に手をやり何か思考している様子のバースト。


「ちょ、ちょっと! 助けてください! スライムまだいるんですけど!?」


 ゆっくりゆっくりと、とどめを刺すと言わんばかりに近付いてくるスライム! 俺はまだ腹痛がひどくて立ち上がれないから逃げられないぞ!

 だが俺が気にならないのかバーストは依然と考えているだけだ。


 するともう一つ、何かが近づいてくる。今度は靴の音だ。人が近づいているのか?

 足音正体が駆け寄ってくる。そして大きくジャンプしたと思ったら――


「たあぁぁぁっ!」


 大剣でスライムが一刀両断。スライムは身体をまき散らし、動かなくなった。

 大剣が俺の顔をかすめたからびっくりした。もう少しで当たりそうだったんですけど!?


「まったく……まさかこの雑魚モンスターに負けたの? そこの男?」


 呆れた様子で大剣を背中に背負う。突然来た人に助けてもらった。助かった……


「た、助かりました。あはは……」


 何とか立ち上がり助けてくれた人を見ると、1メートル以上はありそうな大剣には不釣り合いな少女がそこにいた。


 身長は俺と同じぐらい。見た目の若々しさから見て、俺と……いや、俺の身体と同じくらいの年頃だろう。

 しかもよく見ると整ったかわいい顔をしている。腰に届く長髪が特徴的な少女だ。剣を持っているが重装備ではなく、必要最低限の鎧、軽装というか、かわいらしい服装を着ている。


「それで……ここで何か良からなぬ事をしているのはあなた?」


 かわいらしい顔で睨みつけてくる。剣を構えている状態で聞かれているためかなり威圧的である。

 見た目と声はかわいらしいが、言葉使いや、動作が男っぽい。


 何故か疑われるが、今来たばかりの異世界新人で何もしていないので、顔をブンブンと横に振った。


「んっ? じゃあ誰がって……あっ! あなたは!?」


 大剣少女の視線がバーストに向かう。

 下を向いて考え込んでいたバーストがようやくこちらを見た。


「むっ!? 貴様は種馬のっ!?」


 バーストはよほど驚いたらしく、目を見開いて少女を見る。

 種馬とは? 馬系の人間なのかと疑ったが、彼女は馬要素のない普通の人間っぽい。


「はぁ!? 今なんか言った!?」


 大剣少女はより一層顔を険しくしてバーストを睨みつけた。種馬、とは蔑称らしく、少女は怒っている様子だ。


「い、いや何も……」


 さっきまで尊大なバーストだったが、今は恐れおののいている。


「やはりここでの事はあなたの仕業?」


 大剣少女はバーストを指さして言う。


「我は何もしていないが?」

「嘘っ! 大量の魔力を使ったのを感じ取った! しかも遠くに居ても感じられるほどに!」

「違うな。それはきっと勘違いだ。お嬢さん」

「まだシラを切る気? この誰もいない場所でど~せ悪い事をしていたんでしょ? そもそもあなたは元々魔王軍の手下だったんじゃないの?」


「えっ? 魔王の手下? 敵キャラじゃん……」


 あの毛むくじゃら、ラスボスの手下!? 悪い奴じゃん。


「ふんっ、前にも説明したが我はもう魔王の手先でも何でもない。ただの聡明で、高貴で、イケメンな一般人でしかない」


 だいぶ盛ったな……


「ふんっ。どうだか? とりあえず、とっつかまえやるんだから。それから弁明してくれる?」

「おい……そこの」


 バーストが俺を見た。嫌な予感がする。


「お、俺?」

「逃げるぞ」

「はいっ?」


 バーストに逃げると言われたが、何で俺が逃げなきゃいけないんだろうか?

 とか俺が考える前にバーストが手を振り上げ、何かを唱えた。


「スフェイン!」


 唱え、地面に手を叩きつけると、辺り一面に白い煙が充満した。


「くっ!? 何これ!?」


 良く見えないが大剣少女はどうやら俺とバーストを見失っているようだ。


「さぁ! ゆくぞ!」

「えっ!? えぇっ!?」


 煙の中、俺はバーストに軽々と担がる。この毛むくじゃらの敵キャラに付いていくのは正直嫌だったが、強引に連れていかれた。


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