第5話 家は燃える

「バーストさん! お帰りになったんですね。出来上がった物があるので見て下さ……あっ……」


 現れたのはかわいらしい少女だった。目が少し隠れているセミショート。黒いワンピースを着ている。

 人の見た目はしているが、頭には猫耳のような獣の耳が付いておりバースト同様、人ではないらしい。

 背は俺よりも頭一つ程度低く、年もおそらく下だろう。

 その少女は俺を見るなり逃げるように柱に隠れた。柱の影から俺を見ている。


「ユリィ。こやつが次の魔王になる人間だ。名前は……」

 あの子ユリィって言うのか。


「そういえば言ってなかったですね。概峡部です。峡部でいいですよ。名前は憶えてました」

「キョーブというのか。ふむ、珍しい名前だな」

「キョーブ……さん? あなたが魔王になる人ですか?」

 ユリィという少女は警戒しながら聞いてきた。

「そうみたいだよ。今さっきなるって決めたんだけどね」

「貴方が次期魔王……」


 じぃぃぃぃっ、と少女は俺を訝しげに見ている。どうやら俺が次の魔王と言う事を信じていないようだ。


「そこの小娘はユリィ。新しい魔王を求める同士だ」

「ユリィ……仲間か。そういえば仲間ってどれくらいいるんです? 新しい魔王が出来るっていうんだから、大量にいるんだろうなぁ」


 魔族の大軍が俺を出迎えしてくれたりとかするのか? いやぁ困ったなぁ。

 しかし二人は目を逸らした。バーストが重そうな口を開く。


「……今は二人だけだ」

「……同好会か何かですか? 新しい魔王が出来るっていうのに……仲間はたったの二人!? これで世界支配とか言っているんですか?」


 もっとこう! 魔王だから大規模な軍勢が仲間にいると思ったけども、たったの二人?!  


「だが我々は少数精鋭だ。まず我は偉大な存在だし、ユリィもこれから凄まじい存在になる。この3人いれば世界征服も時間の問題だ」


 うわぁ嘘くせぇ……ここにいるのは毛が濃いゴリラと、気弱そうな女の子だけだぞ……そして俺は世間知らずの魔力のない人間でしかない。この3人でどうやって世界を支配する魔王軍になるんだよ……


「じゃあその精鋭のお二人でここで何をやっているんですか? 魔王軍らしい人間を貶める事をしてるんですか?」


 悪の組織らしい事でもしているのだろうか? 略奪、殺戮、人体実験……魔王軍は悪魔っぽい事をしてそうだが。


「そ、そんな事……してないです……」


 柱に隠れているユリィに否定された。じゃあ一体何を?

 するとバーストがユリィが持ってきていた、木で出来た手のひらサイズの何かを受け取った。


「むっ、良く出来ているな。我々の作っているこれは、資金調達の為の工芸品だ。これを使って人間共から金を巻き上げている」

 にしては寂しい家に住んでいるな……


「とても儲けているようには見えないんですけど……というかこれ、誰ですか? 騎士みたいな恰好してますけど……」


 その工芸品は木彫りであり、騎士が剣を突き立てている姿をしている。上手く作られているが、これは一体……


「そいつは魔王を倒した人間側の英雄だ」

「魔王軍がなんで英雄の木彫りなんて作ってるんですかっ!?」

「本当は嫌ですが……その方が売れますし……」


 ユリィが申し訳なさそうに言う。


「そんなんでいいのか魔王軍!?」

 憎むべき英雄で金儲けとは情けないぞ……ますます深まる疑いの目線を送る俺。


「仕方ないのだ……それにこれを作る事によって我々はこの英雄に対する憎悪を忘れる事はない」

「憎悪を忘れないって……その英雄に生活を支えられているんですが……」

「それに我々が欲しいのは金ではない。純粋な力だ。力があれば魔族をそれに付いていく。前の魔王も、魔族から支持されていた訳ではないが、力を示すと魔族はそれに従ったのだ。我もそれに従った」

「力を示す? 具体的に何をすればいいんですか?」


 バーストが話を続ける前に天井を見上げた。何かに気が付いたらしい。

 大きく空いた天井。そこでつまらなそうに座っている誰かがいた。


「お話はいつ終わるの? バースト?」


 真っ赤な長髪。スタイルの良さをアピールするためのような水着みたいな服。容姿は20歳は超えてる美人のお姉さん系だ。


「貴様は、エンヴィール……いつの間に……何の用だ?」


 エンヴィールっていうのか。バーストの知り合いって事はあの人も魔族の一人っぽいな。人間っぽい見た目はしているが所々身体が勝手に火花が出てる。木造のこの家に燃え広がらないか心配になる。

 ユリィは逃げるように家の奥に消えて行った。


「用なんて決まってるじゃない。あんたのスカウトよ」

「ふんっ、知れた事。何度来たって同じだ」

「いい加減考え直してよ。魔王になるためには魔力と魔人の知識は必須。つまりバーストが必要って事よ。悪いようにはしないからさぁ。今よりいい生活も用意するし。私が魔王になるために手伝ってよ」


 魔王になるためにだって? 俺以外に魔王になりたい奴なんているのか。

 というか魔王になるためには魔力と魔人? というのが必要らしい。それについてはバーストが知っているらしいが……


「残念だったな。我はもう、次期魔王を用意した。こやつが魔王になるキョーブだ」

 バーストはそう言って俺の肩をぽんっ、と掴んだ。


「ど、どーも。俺が次の魔王になる……らしい、概峡部です」

 自信なく自己紹介すると、エンヴィールのあからさまに嫌な表情をしながら俺を睨んできた。


「はぁっ? なんであんな弱っちそうな人間が魔王候補なのよ? なんの冗談? そこの人間に特別な能力でもあるの?」

「それは……異質で、貴重な人間だ」

 バーストは歯切れ悪い答え方をしている。


 まぁそうだよなぁ。今のところなんの特徴もないしな。俺。


「あんた人を見る目がないんじゃない? そこの人間からは魔力もなにも感じないわよ。死んでいるんじゃないの? アンデッドなの?」


「生きてるって……」

 やはり魔力が見える方々からは俺が死んでいるように見えるらしい。魔力欲しいなぁ……


 というか、あのエンヴィール……おっぱい大きいな! ただ角度や遠さのせいで詳しいカップ数がわからない。気になるなぁ……


「どう思われようがこのキョーブが我が選んだ魔王だ。エンヴィールを手伝う事はない」

「ちっ……何を言っても無駄なようね。そいつの何がいいのか……帰るわ。っとその前に、魔王になりたい一般人君に厳しさを教えてあげようかしら……」


 エンヴィールは急に手のひらを俺に向けてきた。


「あのおっぱいは……んっ? なんですか?」


 おっぱいに気を取られていて話を聞いていなかった。

 するとエンヴィールの手が輝く。

 その瞬間、目の前に炎が広がった。


「うわっ!? あっつ!?」


 エンヴィールから放たれた炎は俺を包み込んだ!

 周りは火に包まれ、逃げる事さえ許さない。熱風が俺の肌に触れる。


「キョーブッ!?」


 心配するバーストの声が炎の奥で聞こえる。


「フンッ。焦げてなくなりなさい。人間」


 エンヴィールが俺にひとしきり炎を浴びせると、去っていった。


「お、おい。キョーブ。生きてるか?」


 エンヴィールが去った後、バーストが寄ってくる。


「あちち……また死んだかと思った……」


 意外と大丈夫だった。熱いだけで特に怪我はしていないようだ。もしかしたらあのエンヴィールは脅すだけで、俺に当てるつもりはなかったのかも知れない。


「……怪我は?」

「いや、大丈夫ですよ。当たらなかったし」


 服に引火もしてないし、やけどもしていない。炎が避けるように離れていった。


「当たらなかった? いや、エンヴィールは確実に当てたはずだ」

「えっ? でも痛くもないですし――」


 すると会話を遮るようにドンッ――と屋根が落ちて来た。

 焦りながら周りを見ると、ボロボロの家のあちこちに炎が移っていた。この家が燃えている!? もう崩れ落ちそうなんだけど!?


「逃げるぞっ!」


 バーストに言われ、急いで出口に向かう。しかし足が止まる。ユリィがまだ家の中にいた。

 ユリィは何故か口も閉じずに俺を見つめていた。どうやら今の状況が呑み込めていないらしい。


「お、おいそこの少女! ユリィとか言ったな。ボケっとしていないでさっさと逃げるぞ!」

「えっ? あっ……」

 ユリィはようやく周りを見渡した。本当に気づいてなかったのか……

 今にも崩れそうな家にのんびりいる訳にはいかない。俺はユリィの手を引いて駆け足で家を飛び出した!


 ドゴンッッ! と、俺達3人が家から出た瞬間、炎が部屋を満たした。家はただ燃えるだけになった。

 もう少し遅かったら死んでいたかも……この世界で死んだら流石にもう転生出来ないだろうから勘弁してほしい。


「あぁ……我の城が……」


 バーストは家が燃える姿を見ながら膝から崩れ落ちた。凄く悲しそうだ。

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