第4話~恥かチャンスか~

 休み時間終了まで15分を切っていた。その時間でやりたいことがいくつかある。僕はまず視聴覚室で確認したいことがありそこへ向かった。そして、教室は、鍵は閉まっていたが見たいものは確認できたので、そのまま6組の教室へ向かった。

 

 再び6組の教室に入り、正義が座る机へ向かったが、彼はお弁当を食べている最中であり、急いで食べているように見えた。

 僕が一度来たときはこれから食べようという様子であり、そこからしばらく経っているのにまだ食べているのかと疑問に思ったが、僕は構わずに話しかけた。

「正義、俺の話を聞いて本当はわかっていたんだな」

 正義は箸を止め、机越しで立っている僕を見上げた。

「なんだ、また来たのか。俺は今この通り飯の最中だ、後にしてくれ」

「断る。お前があの時教えてくれていれば、今日またここに来る必要なんてなかった」

 彼は箸を、弁当の蓋に乗っけると、腕を組み僕を試すかのように言った。

「そうか、また聞きたいことがあってここに来たんだろ、言ってみろ」

 そう言う正義はほんの少しだけ笑っているように見えた。

「俺はこの学校の生徒と教員に『松原修』という名前の人はいるかと聞いた。そしてお前は『いない』と答えた」

「そうだったな」

「じゃあ、学校にいる生徒や教員でもなく、学校にかかわる人に『松原修』という名前の人はいるんだな。そしてその人は、学校の備品を交換したり、植物の世話をしている用務員さんであることも」

 教室は勉強している生徒が多く、声を抑えようと僕も気を使っていた。

 しかし、この時ばかりは僕は声を抑えきることができず隣の席で勉強している女子生徒はこちらを見てきた。

「すまん。静かに話す」

 正義が謝ると、隣で勉強している女子生徒は勉強を再開した。

 そして正義は声を抑えて言った。

「有原落ち着け。正解だよ、うちの学校の用務員さんは『松原修』という。学校の事だけじゃなく、生徒会のボランティア活動にもよく手を貸してくれる良いおじさんだ」

 正義から『正解』と言われた時、なんだか解放された気持ちになった。

「そうか、よかった。そして夏目さんが拾ったのは松原さんの日記ではなくて日誌だったんじゃないか。俺は『DAILY』という英語を勝手に日記と訳していたが日誌という意味もある」

 彼には日記と伝えただけで英語で書いてあったとは言っていなかったが僕の言っていることを理解してくれた。

「なるほど、だからお前は日記と言ったのか。さすがに日誌と日記を読み間違えないよな。勘違い屋さんのお前でも。松原さんはこの学校で働き始めた時からずっと日誌をつけて、いつも持ち歩いている」

「やっぱり、お前は俺の話を聞いた時からわかってたんだな。さっき来た時に全部教えてくれよ」

「屁理屈だが、生徒か教員の名前だけ聞いて来たのはお前の方だ。ただ、お前の事情を聞いて俺が納得すれば教えてやろうと思ったが、噂の交換日記の相手が気になるとか、夏目さんがどうやって日記を入手したなどくだらない推理をしていたからな」

 正義のその説教はぐうの音も出ないほど正論であった。

 僕は正義に、噂話から夏目さんがノートを拾ったことについて全部話していたため、正義からすれば僕が夏目さんが交換日記をしているというプライベートな噂を詮索して。さらに、彼女が手にした松原さんの日誌を勝手に交換日記だと勘違いをしながら調べている事を堂々と自白しているようなものだ。

「私が悪かったよ。もう恥ずかしい——。でも無事に夏目さんがが松原さんの日記を入手した経緯もわかった、松原さんは昨日、視聴覚室のある出来事で、救急車に呼ばれて病院に――」

「お前から説明されなくてもわかってるよ。教頭先生に昨日の出来事は聞いた」

 僕の推理を披露しようと思ったところで、彼が遮った。

「そうかよ……じゃあ、戻るわ」

 僕は松原さんが誰なのかを確認して、自分が勘違いをしている事を自覚したことを伝えたかっただけなので教室に戻ろうとした。

「それで終わりか?」

 教室を出ようと正義に背を向けると、彼が僕を呼び止めた。彼はまるで僕が何か言わなければいけないような風に言った。

「どういうことだ?」

「お前は『松原修』が誰なのか突き止めてそのあと何がしたかった」

「別に……目的なんてない。交換日記をしている相手が誰なのか気になって、突き止められれば満足だった」

 こういう結果に終わり、本当はなにか不完全燃焼な気持であったが、もう僕ができる事なんてない。

「実はな――。さっきお前が教室を出た後に夏目さんに会いに行った。彼女は日誌の中を読んでいたのなら誰が書いたか分かるはずだが昨日の事故の件を話した後、しばらく松原さんは休みだから俺が預かろうと提案した」

「そうか、気が利くなありがとう」

 そんなことをしていたのか正義は。

「そしたら彼女『自分で返したいから持っていたい』と言ったんだ、変わった人だよ。そしてなんで日誌を持っているのを知っているのか彼女は恥ずかしそうに俺に聞いてきた。まあ気になって当然だな」

「おいおい、おまえまさか俺の名を言ったのか!?」

 僕は明らかに動揺していた、正義の返答によっては僕は笑いものだ。

「流石に言わないさ、彼女には『悪いが教えられない、だけど自分から名乗り出てくるかもな』と伝えたよ。そしたら、彼女は首をかしげてたよ」

「俺から夏目さんに自白しろってか、そんなことできるわけない」

「それも面白いが後はお前が決めろ、このまま勘違いをしたことを悔やむだけか、これをチャンスに変えられるかはお前次第だ」

 彼はそう言うと壁についている時計を確認して慌てて弁当を口に運んでいた。


 その後僕は6組の教室を出て教室に戻り、机に着席した。

 5時間目の授業が始まると、僕は教科書をめくっているもののぼんやりとしていた。

 夏目さんがノートを持っていたことについて、朝雅也から噂話を聞かなければ簡単に解決できた出来事であったかもしれない。

 僕は昼休みが終わってから何度もそう思い悔やんでいたが、何故正義はチャンスに変えられると言ったのであろう。

 僕自身がなにか見落としているのか、夏目さんが松原さんの日誌を拾った経緯を整理してから考えることにした。

 夏目さんが日誌を拾った経緯を推測するのは、僕が日記と勘違いしなければそう難しいことではなかった。

 昨日の放課後、吹奏楽部は視聴覚室使用して、ミーティングをしている途中に蛍光灯が切れた。

 吹奏楽部の部長笠原さんは、蛍光灯が切れたことを、顧問の武田先生に報告はしたが、彼女の考えでは武田先生は用務員さんに蛍光灯を交換して欲しいと頼めなかったのでは言っていた。

 しかし、武田先生は帰る途中の用務員である松原さんにそれをお願いすることができたのではないか。しかし、なんらかのアクシデントで蛍光灯は交換されなかった。実際、昼休みに視聴覚室に確認に行くと1時間目に来た時は、気付かなかったが脚立と蛍光灯の箱が隅に置いてあった。

 武田先生に依頼された松原さんは新しい脚立と蛍光灯、そして日誌を持って視聴覚室に行き、天井に付いている蛍光灯を交換しようとした。

 しかし、アクシデントが起きてそれはまた救急車を呼ばなければいけないほどの事故であった。

 そして、学校にいた誰かが用務員さんを見つけて救急車を呼び用務員さんが運ばれている所を放課後部活をしていた生徒が目撃したのだ。

 誰が運ばれたのか分からず、今日まで話題になっていないのも、生徒に用務員さんと関わる人が少ないからだろう。

 その後、視聴覚室でとりあえず脚立や蛍光灯を隅に寄せておいて、日誌は夏目さんが拾うまで見つからずどこかに落ちていたのではないか。

 必死で、日記(日誌)の受け渡し方法を考えていた僕の思わぬ副産物で得た推論のため多少間違いはあるかもしれないがこれが僕の考えた昨日の出来事。しかしそれも、今となっては重要ではない。


 今重要なのは、僕がチャンスに変えられることはあるかどうかだ。正義は勘違いを恥じている僕をフォローするためにそんなことを言ったのか、またはあいつにはすべて見えているのか、果たしてどこまで見越しているのか全く分からないが引っかかる。

 正義は、夏目さんに知ってる奴が名乗り出るかもと伝えているため、僕が名乗り出て何か伝えることがチャンスだというのは何となくわかっていた。しかし、このまま伝えることがあるとすれば、「夏目さんに関わる噂話を詮索した結果、勘違いをして大恥をかきました」と正直に告白することしかできない。

 僕は頭の混乱がもういよいよ限界になり、夏目さんの視点に立って考えることにした。

 夏目さんは、松原さんの日誌を拾って読んだ。そして思わず、ノートを読んでしまったのだろう。

 しかし、あの時何故夏目さんは愛おしい顔をして松原さんの日誌を読んでいたのか。僕は彼女のその顔が印象的で、それで恋人との交換日記だと勘違いをして、相手は誰なのか考えたいと思ったのだ。それに、正義が一度夏目さんの所に来て、日誌を預かろうと言ったが「自分で返したい」と言って拒んだ。つまり、彼女が日誌を読んで何か思い、松原さんに言いたいことがあって正義に「自分で返したい」と言ったのでは……。

 人の顔を見て愛おしい顔をしていると認識するには個人差があると思うが。この2年間夏目さんを思い続けて彼女の姿を目で追っている僕にとって、彼女があんな顔をするのをはじめてみたような気がするので本当のことはわからない。しかしあの時の彼女の顔は特別なものにだけ向けられる「愛おしい」という感情そのものであったと僕は思う。

 日誌の中身が見れればわかるかもしれないが、そんなことできるはずもない。僕は松原さんの学校での業務についてを手掛かりに考えるしかなかったが、用務員さんの仕事なんて、僕が関心をもって目を向けたことは一度もなかった。

 いや……一度あったかもしれない。

 そう思うと、僕は彼女のために何かできることはないか考え始めた。

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