第3話~昨日の放課後に~

 4組の笠原さんは去年クラスで一緒で、その時に何回か話したこともあった。僕は4組へ到着すると、教室にまた無断で入った。笠原さんは2人の生徒と楽しそうに談笑しながらパンを食べていたので、僕が今話に入りこむのは難しそうだと思い、話の区切りがつくまで待とうとしたが、笠原さんの方が僕に気づいてくれたようだった。

「有原じゃん、久しぶりなんか用?」

「笠原さん今いいかな、昨日の部活のことでちょっと」

 笠原さんと談笑していた女子生徒は、僕が話に入り込み部活のことを聞くのを不思議に思ったのか真顔になっていた。

「どうしたの?なにか私やっちゃった?」

「え、私も関係あるの?」

「どういうこと?」

 他の2人の反応から、3人吹奏楽部の部員であるだろうと思い、そのまま質問した。

「昨日吹部は放課後に視聴覚室を借りたと聞いたけど、その時ノートとか落ちていたのは見なかった?または誰かがノートをどこかに隠そうとする人がいたとか」

 笠原達3人組はそれぞれ顔を合わせて首をかしげて、昨日のことを思い出しているようだった。

「ノートが落ちているのは見てないよ。いつも私部活終わりに忘れ物がないかちゃんと見回って確認してる。あと、わざわざノートを隠そうとする人もいないよ」

 笠原が自信を持ってそう答えると、一緒にいた女子生徒も知らないと答えた。

「そうだよな、ありがとう」

「なんかあったの?」

 笠原さんが何故そんなことを聞いてくるのか気になっていた。

「1時間目の日本史は視聴覚室でビデオを見てたんだ。そこで知り合いがノートを拾って、その中に個人的な内容が書いてあったから返したいと思って。それで会長にから吹部が視聴覚室を使う申請をしてたと聞いてな」

 僕は嘘でも真でもないこと言ってその場をしのいだ。

「なるほどね、私たちは何も置き忘れていないと思うよ」

「そういえば奈緒子、私たちもさっき日本史でビデオを見たじゃん。そのときも蛍光灯切れてたよね、顧問に鍵返す時そのこと言ってないの」

 一緒に話していた女子が唐突に笠原にそう言った。

「ちゃんと言ったよ。でも蛍光灯交換されてなかったよね、武田先生どうしたんだろ」

 武田先生は僕の所属する2組の担任をしており、吹奏楽部の顧問でもある。

「昨日の部活の時から切れていたのか?」

 僕も蛍光灯は切れていたことを思い出した。

「うん、コンクールのビデオ見た後、ミーティングしてたら蛍光灯が切れちゃって。部活終わり、武田先生に鍵を返す時そのことを報告したら『用務員さんもう帰るころだから、帰る前に頼んでくる』って言って職員室を出てったよ」

 でも、蛍光灯の交換はされていないということは、頼もうとしたがもう帰っていたということか。つまり、昨日は吹部が視聴覚室を使ってから誰も中に入ってなさそうである。

「ちなみに鍵を返した時間は何時くらいだ?」

「昨日は、そのビデオ見てミーテングしただけだから18時には終わったよ」

「そうか、邪魔して悪いな、ありがとう」

 僕がそう言って教室を出ると、笠原たちは3人で別の話を再開していた。


 昼休みはすでに半分が過ぎていた。僕は空腹で一階の昇降口近くの昼休み限定で出店しているパン屋に向かった。

 この店は地元で評判のパン屋が、学校まで出張販売をしてくれており、僕もそこで売られているパンが好きだった。

 しかし、パンが並べられているはずのショウウィンドウを見るとほとんど売り切れており、僕は買ったことがないシベリアというものを注文した。

 外のどこかでパンを食べながら、考えを整理しようと思い、昇降口で革靴に履きかえていると、ポケットの中にあるスマホの着信が鳴った。

 僕は、パンが入っている袋を持ちながらポケットからスマホを取り出して、発信名を確認した。

『児島 雅也』

 こいつかと思ったが、僕はスマホの応答ボタンを押して耳に近づけた。

「もしもーし、用は済んだか?」

 そうスマホから発される大きな声に驚き、急いでスマホの音量を下げた。

「うるさいな、まだだよ」

「いま、サッカー部の連中と飯食ってて、そこで昨日起きた面白い話を聞いてさ」

 雅也から言われた朝の噂話のせいで、僕は今どれだけ悩まされているか。

「なんだよ、今は悪いがそんな気分じゃない切らせてくれ――」

 彼は切らせてやるものかと間髪入れず話を続けた。

「昨日の放課後、学校に救急車がくる出来事があったんだ」

「それはお大事に、珍しいことじゃないだろ」

 放課後部活をやっていた生徒がケガをしたんだろうと思った。

「最後まで聞け。放課後に部活をしていたサッカー部の連中は、誰が運ばれたのか学校の校門まで入ってきた救急車を見に行ったけど搬入作業は終わっていて、誰が運ばれたのか分からなかったんだ」

 僕はそのまま黙って聞いていると、雅也は一呼吸おいて。

「ロータリーには他で部活をしている生徒も集まっていて、何かあったのかと聞きあっていたが、未だに誰が運ばれたのか分からないんだ」

「不思議な話だな。救急車が来たのは何時ごろだ?」

 すると通話をしながら雅也は、僕の質問をサッカー部の誰かに聞いてくれているようだった。

「18時過ぎだそうだ、なんかわかったか?」

 それは吹部が部活を終えて、笠原が鍵を返した後に起きた出来事だった。

「その時、ロータリーに先生はいなかったのか」

「何人か先生はいたらしいけど、聞いても『部活に戻れ』の一点張りだ」

「先生が倒れたりけがをした可能性はないのか」

「そしたら今日もっと話題になっているだろ。今サッカー部の連中とその話で盛り上がって、校長が倒れて先生は秘密にしているとか、学校に侵入した奴が殴られて病院送りにされたとかいろいろ考えてたんだ。お前はどう思う」

 雅也の学校に侵入した奴が殴られたという話が真実であれば、交換日記の件と関係ありそうだが、流石にあり得ない。

 その話は不思議であり僕も少し興味はわいたが今は別の問題を片付けなければ。

「それだけじゃわかるわけないだろ、こっちの用はまだ終わってないからまた後でな」

 そう言って、画面の切電ボタンを押した。


 雅也の電話を終えると僕は昇降口から校舎を出て、ベンチがいくらかあっただろうと思いロータリーに向かった。

 そうして周りを見渡しているとロータリーの脇には茶色のレンガで囲まれた花壇がいくつかあった。そして、僕は夏目さんはここのある花壇について話していたことを思い出した。

 僕はこの学校に入学して、初めてここの花壇をじっくり見たような気がする。花壇は毎日整備されているようで、一輪、一輪丁寧に植えられており、土には雑草一つ生えていない。そして、僕は夏目さんからこの話を聞いてなかったら、花壇に興味を持つことなく通り過ぎていただろう。彼女の心はなんて豊かなんだ。

 毎日、ここをたくさんの生徒が通り過ぎるが、花壇なんて見てる人は恐らく数少ないだろう。それでも、この花壇を整備してくれている人がいるのだ。

 お花を見て少しだけ交換日記を忘れられるくらい落ち着いたが、それは一瞬だった。僕はあの交換日記について1つの可能性を閃いた。そして、僕は昼休みに聞いた話を整理して昨日の出来事が何となく分かった。後はあることを確認するだけだと思い、僕はシベリアを食べる事を諦めてもう一度校舎に戻った。

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