第2話~本当に誰なんだ~

僕らが教室へ戻るとちょうどチャイムが鳴った。僕は何とか間に合ったようだと思いほっとしながら席に着いた。そして、いつものように教室での授業が始まった。

 しかし、僕は授業に集中できず、夏目さんが持っていた日記のことばかり考えていた。

 僕は夏目さんが持っていた日記の表紙を思い出して、まずは『松原修』とは誰なのか考えていた。

 僕の通っている高校は確か1クラスだいたい35人である。また、今の3年生は「文系コース」が5組「理系コース」が3組あり、合わせると280人前後の生徒が1学年にいるということになる。僕は学年全員の生徒の名前を憶えているわけではないが、この3年間『松原修』という名前は一度も聞いたことががなかった。もちろん1、2年の生徒にその名前がいる可能性も十分にある。しかし今は調べる手段がないのでこれ以上は考えることができなかった。

 そして、その日記について僕が一番気になっていたのは、表紙に貼ってあるステッカーであった。

 そのステッカーは、僕の通う学校の校章のロゴと「祝 70周年」と大きく赤い文字で書かれていた。

 確かこれは5月頃に高校設立70周年を記念して配られたもので、生徒会が地元の印刷所と協力して作成した特注品であった。

 今年在籍する生徒全員に配られたそうなので、『松原修』はこの学校の生徒なのか。しかし、人気がないのか一度も誰かが貼ってるのを見たことがなかった。


 次に僕は、彼女が視聴覚室で日記を読んでいた経緯について考えることにした。これは僕の記憶違いかもしれないが、夏目さんは授業中、僕から見える位置では学習ノートとペンケースしか持っていなかった。

 それなのに、あの時の彼女は学習ノートとペンケース、そして日記を持っていた。

 そのことを踏まえると、松原修はこの学校で夏目さんと1時間目の休み時間に視聴覚室で日記を渡したか、あるいは、松原修はどこかに日記を隠しておき、その場所を事前に夏目さんに伝えて間接的に受け取る方法の2つを考えた。

 そんなことを考えているうちに2時間目が終わってしまった。


 2時間目の休み時間になると、雅也がまたこちらに近づいてきて僕に聞いてきた。

「さっきの休み時間夏目さんとなんかあったのか?一緒に教室に戻っただろ」

 雅也は、何かあったことを期待している様であった。

「なにもないよ、荒川と話したあと教室に戻ろうとしたら、夏目さんがまだ視聴覚室にいて『教室に戻ろう』と話しかけたんだ」

 雅也に交換日記のことは伝えなかった。僕よりも学校のことは詳しそうだが、迂闊に『松原修』の名前を出すのはまずいと考えた。

「なんだよ、朝の話をした後だからまさか噂話を直接聞いたのかと思ったよ」

 雅也はへらへらと笑っていた。

「そんな、馬鹿な事するわけないだろ。もうあの話は気にしてないから」

 僕は雅也に嘘をついた。本当は雅也と話してる間もずっと、日記について考えていた。

「なんだよ、今度はもっと面白い話を持ってきてやる」

「もういいって」

 雅也はそう言いながら自分の席に戻り、僕もまた暑くなり授業が始まるまで団扇を仰いでいた。


 3時間目が始まると僕は改めて、交換日記が彼女に行き渡った経緯を推理した。

 僕が1時間目の休み時間、夏目さんに声をかけたとき、視聴覚室の中を覗いた。その中には誰もいないようであった。もし直接あそこで会って、渡していたのならば手掛かりを掴むのは難しい。

 しかし、日記が間接的に受け渡されたのだとしたら、あらかじめ交換日記を授業が始まる以前に隠す必要があるため、視聴覚室の使用状況を調べれば何か手掛かりが掴めそうだと思った。

 こうして僕は残りの3時間目と4時間目授業に集中することなく、昼休みの行動予定を組み立てることに専念していた。

 そして、4時間目の終了のチャイムが鳴って先生が教室から退出すると、クラスメイトはいつものように一時の解放感を感じながら思い思いに席を移動していた。

「悠人、今日サッカー部のやつと学食行くけど行くか?」

「悪い、今日は用事があるから、だから行っててくれ」

「わかった」

 僕は教室へ出ようとしながら雅也にそう伝た。50分の昼休みを有効に使うべく、僕も急いで3年6組の教室へ向かった。


「正義、生徒会長の正義はいるか――」

 僕はあいている6組の教室の扉から、正義を呼んだ。

 彼を見ると、ちょうどお弁当を広げているところであり、僕が名前を呼ぶと不機嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。そして、「俺はこれから昼飯だ」と主張するかのように、お弁当を指さしていた。

 僕は、他人の教室に入る事を少し躊躇したが、正義がこちらにくる素振りを見せないため「失礼します」と扉の近くにいた生徒に声をかけて彼の机に向かった。

「おい有原、勝手に教室に入るな」

「昼休みだからいいだろ、お前の力が必要なんだ」

 僕の言葉に彼は少し照れていたが僕は構わず続けた。

「この学校に『松原修』という生徒か教員はいるか、漢字は松の木の『松』に、原っぱの『原』、そして修行の『修』だ、名簿で確認してくれ」

 彼は、少し考えているようようであったが、僕は彼の記憶力を頼りにしているわけではなく、生徒会室にありそうな生徒名簿を確認したかった。

「生徒にも教員にもその名前の生徒はいない」

 しかし、彼はその場で堂々とそう答えた。

「お前の記憶を頼っても仕方がないだろ、名簿が生徒会室とかにあるんじゃないか、頼む確認してくれ」

 彼は、むっとした表情をした。

「名簿はあるが勝手に部外者には見せられない。あとはその必要もない。俺は生徒会長だ、全員の生徒と教員の名前くらい暗記している」

 生徒会長は生徒や教員の名前を全員憶えているものなのか、または正義だから覚えられるのか、わからないが彼が冗談を言っている様ではなさそうであった。

「本当に間違いないんだな」

「ああ、この弁当を賭けてもいい。そもそも何故そんなことを聞く、事情が分からない限り生徒や教員の情報は教えられない」

 だとしたら、あの交換日記は誰のものなのか。僕は「松原修」が何年何組の生徒なのか、または問題はあるが教員と交換日記をしている可能性も含めて聞き出せば解決と思っていた。

 しかし「いない」と断言された今、解決の糸口がなくなってしまった。

「わかったよ。事情を聞いてくれ――」

 僕は彼を信用して、周りに聞こえないように朝聞いた噂話から視聴覚室で夏目さんが読んでいた交換日記について、それと授業中に考えていた僕なりの考察を話そうと思った。

 僕が話し始めると最初は「そんなことに首を突っ込むな」と罵倒してきたが、だんだん興味を持ってくれたようで聞き終えるとすっかり彼も考え込んでいた。

「そういうことだったのか――。じゃあ俺からも1つ情報を提供してやろう」

「本当か、教えてくれ」

「確か昨日の放課後、吹奏楽部が視聴覚室を使用していた。部員でコンクールの映像を見て分析したいと部長の笠原から言われた。そういう管理は俺の仕事じゃないが代わりに申請用紙を渡したんだ。そいつなら何か知っているんじゃないか」

 正義はいろんな奴から常に頼られていることを改めて知った。

「確か、吹部の部長の笠原は4組だな、ちょっと聞いてくる。あとお前のその水筒に貼ってあるものは生徒に配っていた70周年記念のステッカーだよな」

 僕はそう言いながら、彼の机の上にある水筒に指をさした。それは例の交換日記に貼ってあるステッカーと一緒であった。

「そうだ。このステッカーが夏目さんの持っていた日記に貼ってあったんだろう、ありがたいな。ちなみにこれは生徒だけじゃなくて教員や学校に携わっている人。例えば学食のおばちゃんにも配ったぞ。人気が出ると思ってな」

「人気はないだろ……」

 僕は、それを聞いて可能性は低いと思っていた松原=外部の人間説の可能性はないと思った。しかし、外部の人間がステッカーを入手するか、夏目さん自身がノートに貼ることで内部の人間と見せたかった可能性はある。ならば、名前を書く必要はない。そもそも、夏目さんが一時間目の授業後に持っていたので必然的に学校にいる人が渡した可能性が高い。

 そして万が一にも外部の人間が学校に入り、夏目さんに交換日記を渡していたとなると本当の事件である。

「よくわかったありがとう、また何か聞くことがあるかも」

 僕は6組の教室を出た。

 今の僕の頭は6組に行く前より混乱することとなったが、正義の情報を頼りに吹部の笠原さんの話を聞こうと4組へ向かった。

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