秘密の交換日記

七味こう

第1話~気になるけど知りたくない~

「悠人、夏目さんはどうやら男と交換日記をしあっているらしいぞ」

 学校に登校して、いつもの席に着こうとすると、雅也は目を輝かせながら席に向かってきた。そして僕にしか聞こえないように手で壁をつくって話し始めた。

 有原 悠人それが僕の名前である。

 朝からうるさいと思いながら席に座った僕は、夏の暑さを和らげようと今朝駅で無料で配っていた団扇をリュックから取り出しあおいでいた。

「なあ、聞いてたか?あの夏目さんがどうやら男と交換日記を書いているらしいぞ。なんてロマンチックなんだ……相手はいったいどんな王子様なんだろうな」

 今度は、手で壁をつくらず僕の席の横で声量は抑えながらもハキハキと話していた。

 朝から僕に話しかけているのは、児島 雅也という高校入学からの友達でこれまでいろんなことを話してきた仲である。

 僕は朝からどんなものを食べれば、彼のようなテンションで話せるのか疑問に思いながら、その熱のこもった話でバテないように団扇を強くあおいだ。

「聞いてたよ、教室でする話じゃないだろ、昼休みに聞かせてくれ」

「このスクープを悠人に一番に聞いてもらいたかったのさ、朝から気になってしょうがないだろ」

 雅也が僕にそう言うのは、僕が夏目さんのことを気になっていることを知っているからだ。

 僕は夏目凪紗というクラスメイトの女子に出会った時からずっと片思い中である。

 夏目さんは入学当初から話題の美少女であった。僕は去年から、夏目さんと一緒のクラスになったが、その容姿と振る舞いにすっかり僕も彼女に魅入っていた。

 しかし、彼女とまともに話したことなど数えられるくらいしかないため、彼女について知っていることも少ない。

 黒髪のロングでまっすぐ下ろされた髪の毛は美しく、彼女の細くてきれいな指で髪の毛を触り耳にかけている仕草を見るとその一日はどんな不幸なことがあっても帳消しどころかプラスにできるほどであった。

 もちろん、年中他の男子生徒からも好意を寄せてくるそうだが、誰かと付き合っているという話を耳にしたことはなかった。

 僕は、これまでどうにか彼女に近づきたいと思ってはいたが、そんな機会が自然にあったことも、自分でつくることもなく3年の夏になっていた。

 そんな事情があり、雅也の話を淡々と聞き流してはいたが、交換日記の相手は誰なのか気になっていた。


「それ言いたかっただけだから、じゃあ席に戻るわ」

 僕はその話を素直に飲み込めるわけもなく。席に戻ろうとしている雅也を止めた。

「おいそれだけかよ、俺を煽りにきただけか? 誰に聞いたんだその情報は」

「それだけだ、それしか知らない。この話は3組の奴に聞いたけど、確かに夏目さんは交換日記をしていると言っていた」

 僕はこれだけ曖昧で断定的な噂話を聞かされたのは初めての経験だった。しかし、雅也のその言葉には妙な説得力があった。

「なんだよそれ……」

 そもそも、なぜその話題になったのか僕は聞こうとしたが、夏目さんが教室に入るのが見えたため、話をきりあげ彼女を目線ですっかり追っていた。

 彼女の席は、だいたい僕から右斜め後ろに位置していて、雅也の妙な噂話を聞いたからなのか、僕は後ろから感じる彼女をいつもより意識してしまっていた。

 彼女の友達の鈴原さんが夏目さんに寄ってきて話を始めていた。何か聞けるかと期待したがテレビの話や学校ロータリーの花壇が綺麗であることなど何気ない話をしていた。

 そうして僕はその噂話が気になりながらも、リュックの中にある教科書を机中にいれ一日の準備を始めた。


「田畑先生が『先週言った通り1時間目の日本史はノートと筆記用具をもって視聴覚室に集合』とことづけがあったから、遅れるなよ」

 担任の武田先生が朝のHRの終わり際にそう伝えると。

「部屋暗くしてみるくせに寝ると怒るからなあの先生」

「参考書持って勉強しよう」

 などHRが終わると様々にクラスメイトの会話がまじりあっていた。

 僕も授業の準備をしたあと、雅也と視聴覚室へ向かったがさっきの噂話の話をすることはなかった。


 僕と雅也は視聴覚室に到着して中に入った。

「さあさあ、好きなところに座って、暗いから気を付けてるんだぞ」

 日本史を担当している田畑先生が、大きなスクリーンの前ですでに待機していた。視聴覚室すでに照明が落ちていて暗くなっておりモニターには、番組のタイトルが見えるところで一時停止がされているようであった。

「準備いいなあ、あのおっさん。自分があの番組見たいだけじゃないか」

「確かにな、でもあのビデオ結構面白いじゃん」

「じゃあ、先生と悠人だけだなあのビデオを見たいと思ってる変わり者は」

 雅也に言われたことを適当に聞き流しながら、教室を見るとクラスメイトの半数くらいはすでに着席しており、雅也と僕は空いていた3人掛けの会議用の長机にノートを置いて腰掛けた。


 僕にとってラッキーなことが1つあった。後に着いた夏目&鈴原ペアが僕の右斜め前にある空いていた机に座ったのであった。そして、夏目さんが近くにいる事と、今から見る歴史番組にドキドキしていた。

 夏目さんはノートを広げていたがビデオの内容を書いているわけではなさそうで、隣にいる鈴原さんと話しながらペンケースの中にある色鮮やかなペンを取り出して何か絵を描いているようだった。

 再現ドラマを移すとともに歴史学者が解説するビデオは、40分ほどで終了して僕にとってはあっという間だった。

 田畑先生が照明をつけるようスイッチに近い生徒に指示を出して、一気に天井は明るくなった。しかしなぜか僕や夏目さんが座っている席の頭上にある蛍光灯だけは暗いままであった。

「おーいまだつけてないところがあるぞ」

「――先生全部つけましたよ」

 僕が天井のスイッチを押しに行ったその生徒を見ると、指でスイッチを指してアピールするようにそう言っていた。

「じゃあ蛍光灯がきれているのか、まあ授業も終わるからいいか」

 先生は、ビデオの解説と自分の考察を話すと終了のチャイムが鳴り一時間目の授業は終わった。


 1時間目が終わり僕が教室に戻ろうと視聴覚室を出ると。

「おい久しぶり有原」

 左の方向にいる高い身長の男が僕に話しかけて来た。そいつは、背が高く体格もいいのに律儀に手を挙げて、僕にアピールしていた。

「これはこれは生徒会長様。ご機嫌はいかがでございますか」

 僕は、現生徒会長であり生徒や先生から一目置かれている荒川正義にそう挨拶した。

 周りからは丁重に扱っている様に見えたと思うが、小学生から一緒の学校に通う腐れ縁の男であるため、僕が正義を馬鹿にした挨拶をしていることは彼にはわかっていた。

「うるさい、実習棟で授業か?」

「日本史がビデオ学習だった、お前は理科室か?」

 そう聞くと彼は頷いた。そして僕は自然に彼の進む方向に連れられ、視聴覚室より奥にある理科室向かって歩き始めた。

「文系は気楽なもんだな。そういえばお前進路は決めたのか」

「まあ、決めたり、決まらなかったりかな」

 曖昧なことを言って正義はうんざりとした顔をしていたが、彼はその後模試やオープンキャンパスなど進路に役に立ちそうなことを話していて、僕にアドバイスをしてきた。

 普段雅也やクラスメイトの人と日常の話はよくするが、進路の話などはお互いあまり話し合うことはない。しかし正義にはそういった相談をよくさせてもらっているし、なにより彼の話す情報は簡潔であるがわかりやすく信頼している。

 そして、話の区切りがつく頃には理科室の前までついていた。

「じゃあお前もそろそろ教室戻れよ」

 お前が、話しかけてきて、理科室に向かい歩きながら話してきたくせにと文句を言いたい気分だったが、それ以上に進路について聞けて満足した。

「ああ、また相談させてくれ」

 彼に今後も頼ることは何度もあるだろうと思いながら、教室へ向かおうと来た道を戻り始めた。


 視聴覚室の前付近まで行くとそこには夏目さんがノートを両手で広げながら立ち止まっていてそれを読んでいる最中であった。

 よく見ると、彼女はそのノートを読みながら、器用にペンケースともう一冊のノート持っていた。しかし、僕は彼女が授業中一冊しかノートを持ってきていないはずだと不思議に思った。

 また、夏目さんが読んでいるものはわからなかったが、僕は彼女は愛おしい顔をしてそのノートに夢中になっているように見えた。

 僕は、何を読んでいるんだろうと思ったが、休み時間はあと5分で終わろうとしていた。

「夏目さん?教室戻らないの?」

 視聴覚室のドアの前に立っている夏目さんにそう声をかけた。僕はその時、視聴覚室の中を確認したが、中には誰もいない――。

 声をかけたところで、やっと夏目さんは僕に気がついたようで。彼女は慌てて、中身を見られないようガードをするように両手でノートを広げながら胸元に押さえつけていた。

 僕がこれまで見たことがないような恥じらいの顔を彼女はしていて、とてもかわいらしかった。

 しかし、そんな気持ちもつかの間、広げているノートの表紙に目を移すと紛れもなくこう書かれていた。

『DIARY 松原 修』

 僕はこれが朝に雅也が言っていた噂の交換日記のことであると思った。ノートの表紙に書かれている文字「DIARY」は日記、そして表紙に書いてある名前は恐らく男性、条件は十分に当てはまっていた。僕は、見てはいけないものを見てしまった気分だったが彼女にそれを悟られたくなかった。

「もうすぐ休み時間終わっちゃうね、教室に戻ろう」

僕は何とか落ちつき、彼女の顔を見た。休み時間が終わることを気にしてるのか、あのノートを見られたことを気にしていつのかわからないが彼女は焦っている様だった。

「そうだね、行かなきゃ」

 彼女は読んでいた日記をたたみ、一緒に持っていたもう一冊のノートとペンケースを持って一緒に教室へ戻った。

 僕と夏目さんは会話をせず、教室まで戻っていたが、彼女は僕と距離を置くように少し後ろを歩いていた。

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