第4話 予言
カヒが十一のとき、集落は奇禍に見舞われた。
百日も雨がなかった。
かねてより水の乏しい土地で、用水の頼みであった谷川は枯れ、やがて水神の池まで干上がってしまった。
そこで男たちは五里も先の泉へと出向き、大桶にすくった水を運んで田畑に濯いだが、それとて虚しき労を重ねるばかりであった。
やがて作物は萎れ、人々は飢えた。
そして次第に諍いが起こり始めた。
民はわずかな水と芋を奪い合い、そして口汚く罵り合った。
このままではいずれ殺し合いになる。
族長がそう危ぶみ、けれど打つべき手もなく、途方にくれて炎天を睨んでいた矢先、突如、集落の中央を行く道に巨大なつむじ風が立った。
その勢いは凄まじく、乾き切った地面からは空が煙るほどの土埃が舞い上がり、ひとしきり辺り一面を覆った。
そして砂塵が霧散すると、その場所にはあるはずのない妙なものが忽然と現れていた。
それは男三人が両腕を繋ぎ伸ばしてもひと抱えでは足りぬほどの胴回りを持つ白い水甕であった。
しかも見たところ甕はその広い口までなみなみと水を満たしているようである。
民らは恐れおののき、しばらく遠巻きに眺めていたが、やがて一人の老婆が近づき柄杓でその水をすくった。
そしておもむろに水を口に含んだ老婆は恍惚と皺を弛ませて甘露と呟いた。
歓声が上がった。
人々はその水を皆で分け、飲み、あるいは畑に撒いて瞬く間に甕は空になった。
しかし明朝、起き出した民が甕を覗き込むと、なんとふたたび水が満々としている。
人々は首を傾げながらも、きっと水神様の霊験だと喜び、干上がった池に手を合わせて跪いた。
そのように大甕は来る日も来る日も水を満たし続けた。
そして秋の気配が匂う頃になって、ようやく驟雨が大地に音を立てると、その姿を忽然と消したのだった。
結果、稲は枯れたが、麦と芋はなんとか育ち、集落は冬備えの目処を立てた。
けれど民が胸をなでおろす中、族長はひとり密かに憂えていた。
カヒのことである。
つむじ風の巻き起こったあの日、カヒは前触れもなく母屋の床を背に眠りはじめた。
家人が肩を揺すっても、族長が頬を張っても目を覚まさず、粥はおろか水さえ摂らずにこんこんと眠った。
けれど天井に向けた顔にはいつも通りの涼やかな笑みが浮かび、また肉体が痩せ衰えることもなかった。
ただ眠っているカヒの白い首筋に木の葉に似た形の黒い痣が浮くようになった。
また痣は日にひとつずつ数を重ね、あたかも魚鱗のようなそれが全身を覆い尽くしてしまうかと思われた矢先、雨雲が到来し、大甕は消えた。
そしてカヒはまるで午睡でもしていたかのような顔をして眠りから覚め、痣はいつのまにか跡形もなく消えていた。
族長はカヒの正体に戦慄し、そして古来より伝わる予言に憂えた。
精霊、降臨せしは此れ災厄の兆しなり。
彼は眉を寄せ、柔らかなカヒの相貌をジッと見つめた。
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