第27話 おばさん、散る
新しい年になり、雪も降り、本格的に冬。
去年、パソコンが逝ってしまわれ、書いていた話を公開する術もなく、一体何ヶ月が過ぎたんやろうか。
そして気がつく。
あれ、スマオで投稿できるんちゃうん?
おばさん、文明の利器を活用できずに鮮度の落ちている話をさっき公開しました。
バイクの免許を取る話でした。
この話には実は衝撃の結末(いや、まだ結末ちゃうしなっていう自己ツッコミ)があるっていう。
今日はその話を書いていこうかな、と。
あれは去年の秋。思い起こせば遠い日。でも数ヶ月前の話なんやねえ。
もう風が冷たくなってきて、それでも日向は温かい天気が続いていて、免許取り立てのおばちゃんは意気揚々、愛車の黄色いカブにまたがったわけですよ。
天気は晴れ。少し寒いかなってくらいで、まだ紅葉している木々が美しい世界。
言うなれば、絶好のツーリング日和。
免許を取得して一週間も立っていないおばちゃんは、運転に慣れるために早朝近所をぐるぐる周遊しただけの超初心者。
だって公道デビューが怖くて、朝5時頃起きてご近所周遊3日ほどしか乗ってないから、車が走っている道路に出るのは初めてで、時速30キロ出したことが感動の無垢なライダーなのです。良いように言ってるけど、音痴なライダーなんやねんな。
さて、流石に一人で遠出は心配なので、バイク歴の長い旦那様に付き添ってもらって、京都から滋賀県の実家へツーリングへ行くことへ相成りました。
インカムをつけて会話ができるようにして、エンジンスタート。前走り、と言われたのを強固に辞退して後ろから付いていく、と主張。
進路を確認し、十五分ほど乗っていたその時、まさしく悪魔の罠にハマったのでした。いや、自分が悪いねんけどな。
旦那様が、
「あ、あそこで給油して行くわ」
とガススタを指差し(実際にはやってない)、そこで信号が赤に。
「先行ってるし、ゆっくり来て」
「はい!」
教習所の教官への応答並に良い返事を返す。
前には一台車が。後ろには原付きと何台か車がやってきた。
その時プチッと音がしてインカムが切れた。おやおや、と思いつつ、近くのガススタで給油をしている旦那様を目で探すが見えない。
上を見上げると、信号は赤やけど直進の矢印で前へ進めるはずなのに、誰も動かない。
「?」
そこでやっと気がつく。
「やば、左折専用レーンや」
周りを見回して、曲がるしかないか、と思うが、隣に広い歩道が。
確かエンジン切ってバイクを押せば立派な歩行者に早変わりやと思い、歩道に入るためにエンジンを切ろうとした瞬間。
おばさん、散る。
黄色いクロスカブちゃんが唸りを上げて歩道に突っ込む。
おばちゃんを引きづりながら……。
歩道には誰もおらず、幸いにしてけが人はおばちゃん本人だけ。
何が起こったのか考える前にエンジン切って、すぐバイクを起こして安全確保。
バイクを移動させるのに動かそうと必死に押すけど、動かない。
おいおいおい、なんでやねんなあ。
泣きそうになって、は、と気がつく。ギアが一速に入ってるんやわ、と慌ててニュートラルに戻して、隅っこに移動。
ほええ、と胸をなでおろしていると、惨劇を目撃したおじいちゃんが近づいてきた。
「あんた、大丈夫かいな」
「はい、大丈夫です」
即答する私におじいちゃんは複雑そうな表情で去っていった。
ジリリリ……と電話が鳴っている。
今忙しいねん、と無視しようとして、信号を渡った先の前方の歩道で電話をしてくる旦那様を目撃。
「はいはい」
「遅いけど、大丈夫?」
インカムが繋がらないから電話してきたらしい。
「ちょっとそこで待っててや」
そう言いおいて、横断歩道を渡って旦那様のそばまで行くと顔色が変わる旦那様。
「ちょ、なにそれ」
くるくる回っているミラーと変な方向向いている後ろの指示器。
「ジーンズ破れてるやん」
ん?
膝っ子象を見てみると、確かにジーンズが破れて真っ赤になっている。
「げげ。お気に入りのジーンズやのに」
「いやいや、怪我したん?見せてみ」
見ようとする旦那様を拒否して、それより、とバイクを指す。
「直せる?」
くるくる回っちゃうミラーだと交通ルール違反だったはず。
「何したん」
困り顔で聞く旦那様に、事情を説明。そして盛大なため息。
「やっぱり一人にしたあかんかってんな。前走らせたら良かった」
自分を責めている様子。
「いやいや。アクセルがね、回っちゃってんな。手袋二重にしてたしかなあ」
「はあ!?」
初心者はアクセルに慣れるまで手袋は感覚の分かるものじゃないとあかん、という説教が始まり、最初からアクセル握り過ぎる癖があるんやから気をつけんと、と怒られ、ブツブツ言いながらもバイクを応急処置してくれる旦那様。
「とりあえず、一回帰ろう」
「うん。着替えたらまた行こうか」
「行けるの?」
心配そうな顔で見つめられて、うん、と大きく返事した私。
家に戻る途中、おまわりさんのバイクが横に来て、まだクルクル回るミラーがバレませんように、と念じながら帰宅。
指示器とミラーを直してもらっている間に着替える。
膝を見ると穴が開いているのか、というくらい真っ赤で、なんか分からない汁も出てきている。これってやばめ?と思いながらも、家で一番大きな絆創膏を貼る。
長女が部活でよく怪我をするお陰で絆創膏や包帯関連のグッズは常備してあって助かった。
でも、着替えた途端、絆創膏からあふれる血が。
慌てて張り替える。よく見ると傷口は打ち身と擦り傷もあって、穴以外のところも真っ赤になっている。
キモチワル、と思いながら、汁がたれないようにそこら中を傷パッドで止めて、何食わぬ顔で旦那様のもとへ。
「ほんまに大丈夫なん?」
「平気やで」
「怪我したてはアドレナリンが出て痛くないけど、乗ってる途中で痛くなるで?」
「平気〜」
にこにこ答えると、仕方なさそうにバイクを見る。
「一応、ペダルも曲がってたし直したよ。曲がってるのに乗って変な癖ついたらあかんしな」
「ありがとう。カブちゃんが無事で良かったわ」
思い返せば、とりあえずブレーキ、とハンドルを放さなかったのはまずかった。ブレーキせずとも、ハンドル放せば勝手に止まるし、自分自身も引きづられて怪我はしなかった。
教習所でも言われてた注意事項やったのに、と猛省する。
慎重にアクセル操作をするも、旦那さまから「もっとスピード出して」と何十回も言われた。
「交通の流れに乗らんと危ないから」に始まり、
「隅っこ寄って。抜かしてもらうのに端に寄らな」まで、同じ言葉が繰り返される。
初心者、必死でスピード出すも、寒い!とにかく寒い!
寒いって聞いてたから厚着したけど、秋冬のバイクツーリング、舐めてました。
怪我したことより、寒いことが衝撃だった。
抜かしてもらうときは端になんとか寄って、法定速度まではなんとか出して、道のど真ん中走る黄色いクロスカブがいたら、それは私です。
なんとかかんとか実家に行って、すぐ帰って絆創膏交換。溢れ出す体液。
キモ。
それしかない。
その日から数日、バイキンが怖いので、傷口をちゃんと洗って絆創膏交換して、を繰り返したものの、体液の出る量が半端ない。やばいやつかも、とキズパワーパッドを買ってきて貼ってみても、体液の多さに剥がれてくる。
これはあかんわ、と病院へ行く決意をする。
結果、キズパワーパッドを貼ったことを怒られて、毎日消毒とガーゼの交換へ病院へ行く羽目に。
念の為に撮ってもらったレントゲンでは右肩と右の肋骨にヒビが入っていて全治三週間。
なんとも馬鹿な自損事故をしてしまった、おばちゃんでした。
そして、今、骨は治ったのに、腱が傷んでいて、右腕が使い物にならないという現実が。憧れだったクロスカブに乗れない日々が続いていて、鬱憤のたまることこの上ない、という……。
あとには無念のおばちゃんの残骸が残ったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます