第2話 蛇

目醒めると染みのない純白の天井が視界全面に広がる。同時に鼻腔を吹き抜ける穏やかな部屋の匂いが心地良さを一緒に運んでくる。


左側から一定の感覚で洩らす寝息を穂隆の耳が音を拾い、首だけを動かし寝息の音のする方向へと動かす。


綺麗に生え揃った睫毛に小さな顔、見るからに潤って柔らかそうな唇、一本一本の毛が滑らかで艶やかな灰茶色の髪


灰茶色の髪の女性は無防備な寝顔を曝け出したまま眠りについている。

思わず、無意識に灰茶色の髪の毛に手が伸び触れていた。手櫛に引っかからないほど滑らかで柔らかい髪質に驚きを得た。

髪の毛から手は女性の頬に流れて触れた

ひんやりとしながらも熱を帯びた柔らかい素肌


「穂隆くんは寝ている女性に手を出す狼なのか、覚えておくね。」


灰茶色の髪の女性は薄らと口角を上げ、閉ざしていた瞼を開きながら意地の悪い声色を漏らす。


「ごめん、そんなつもり、無意識に撫でてたというか‪──‬」


弁解しようと言葉を探すも

寝顔を魅入っていた等、言える筈もなく‪──‬

何よりも女性の部屋で、付き合ってもいない女性のベッドでまるで恋人のように添い寝をして一晩明かしていた現実に声が消失して何も言えなかった。


「冗談だから固まらなくていいの。」


灰茶色の髪の女性は優しく微笑み男性の体に腕を伸ばし、背中をそっと押して互いの体を密着させた。

秋月穂隆は年齢=彼女いない歴つまり生粋の童貞

こんな場面は初めてであり、女性の肌の質感に加えて肌から伝達される熱に心臓が高鳴る。


「温かいでしょ…。触れ合う事で血液が循環してる感覚や互いの体温を直に感じられるの。昨夜起きたことが暫くは続くだろう、だけど安心していいよ。私が守る

から」


ベッド内で互いの身を寄せ合い抱き締め合う状況

普通ならば喜ばしい気持ちでいっぱいな筈

胸は今も高鳴っているのだが‪──‬


「僕を助けるメリットが貴女にあるんですか?」


穂隆は問いを投げた。

純粋に浮かぶ一つの疑問。昨晩、妖に襲われ命を奪われそうになった状況で見ず知らずの人間を助けてくれた灰茶色の髪の女性へ向けて‪──‬


ところが灰茶色の髪の女性は抱き寄せた体をゆっくり離して穂高の顔をまじまじと見つめて優しく微笑んだ

まるで、母親が我が子に向けるような慈愛に満ちた穏やかな顔付きで‪──‬

穂隆の頬はみるみる内に林檎のような真紅色に染まった。


「そうね。助ける理由なら幾つかあるけど、大部分を占めているのは秋月穂隆くん、私は君に惚れているからよ」


灰茶色の髪の女性は続けた


「君を初めて見た時からずっと想いを寄せてた。今回はタイミングがタイミングだから言うけど、私も君を襲った子蜘蛛と『親』を始末するつもりだったから。安心してほしい君を喰べたりしないから」


「告白が告白だけに僕の頭が混乱してます。とりあえず朝ご飯を食べながら脳を整理整頓をしたいです。朝食何食べますか?」


「そうね…ふっ…冷蔵庫に鯖があるから塩焼きにして食べましょう…ふふふ」


鉄砲玉を食らった鳩のように目を点にしながら、幾度も瞬きを繰り返す姿が面白くて仕方のない灰茶色の髪の女性はちょくちょく笑い声を零れ落とし、呆然としながらキッチンを借りて朝食の用意をする姿が蛇の眼に写る


 木のお椀に注がれた蒸気を漂わせ、汁に沈む一口大に切られた豆腐とわかめの味噌汁啜る。

啜る音共に舌に広がる味噌と出汁の交わった味わい深さを堪能しながら、灰茶色の髪の女性は口を開く


「秋の月明かりを受けて穀物は花を実を宿し栄える。秋月穂隆、とても綺麗な名前ね」


「穂隆は親の趣味とか語呂の良さから付けたって行ってましたよ」


そこまで言って焼き鯖を口に運び粗食する穂隆の姿を横目に灰茶色の髪の女性は透明のグラスに汲まれた麦茶を一口飲んでふっと息を吐きだしてからそっと口を開く


「改めて私の名前ね。姓は𢌞神えがみ。𢌞ると云う字に神様の神で𢌞神。那緒なお那落ならくの那にヘソの緒の緒で那緒って書くの」


食卓のテーブルに置かれた可愛らしい猫の模様が記された正方形のメモ帳に字を書き記し説明した灰茶色の髪の女性改め『𢌞神那緒えがみなお


「それからね‪──‬」


𢌞神那緒は紙の隅っこに書き出す

綺麗に文字として、言葉と共に形成されていく


「女編にようと書いて『妖』と読む。それに付け加えて虫編にそれと書いて『蛇』」


女性はペンをメモ帳の上にそっと置きながら続ける


「私は蛇の妖‪──真名まな咲夜大蛇さくやおろち‬」


三白眼の瞳孔は幅が細まり鋭利な縦型の楕円形を描く初めて見た昨晩と同じ蛇眼だと脳が即座に理解した。𢌞神那緒えがみなおは正真正銘の妖である、と。


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蛇ト糸ト鋏 新美 @niimi_02

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