第44話 ヒロインがラスボス……ってこと!?



「勇者! 俺の魔法具でセーナさんを縛って止める! 少しの間でいい! 注意を引き付けてくれ!」 

「あいわかった!」


 威勢の良い返事とともに、勇者はセーナの間合いに自ら飛び込んでいく。


 俺はその間にセーナの背後に回った。セーナが勇者に思いきり大槌を振り下ろし、その衝撃でわずかに動きが止まった瞬間を狙う。


「セーナさん! 痛くても許してくれよ!」


 グレイプニルを放つ。突き出した両腕から縄がそれぞれ同時に飛び出て真っ直ぐ突き進む。


 狙いはセーナの前腕だ。ミョルゲニクスを握っている腕を痺れさせられれば取り落とすかもしれない。

だがその見立ては甘かった。


「ラァアアアアアア!」

「弾かれた!?」


 背後から縄の飛来を察知したセーナはミョルゲニクスを回転するように振り回し、グレイプニルを同時に弾き飛ばした。勘が鋭すぎる。さすがに大人しく捕まってはくれないか。


「勇者! もう一度だ!」

「小生もそろそろ限界だ。次で頼むぞ!」

「旦那になんならあれくらい何度でも受け止めてやれや!」

「無茶を言うな!」


 自分の婚約者が大変なときに弱音なんか吐いてんじゃねえ! と追加で罵倒する。勇者には強気な俺。


 シャオールにも手を貸して欲しいが、セーナを建物から引き離さないとまた瓦礫があらぬ方向に飛んでいくかもしれない。すでに余波で破片が四方に飛び散っている。


 範囲を狭めてセーナを追い込むことも考えたが、すぐに却下した。飛んでくる瓦礫は堰き止められても、セーナの攻撃を直接防ぐことはできないだろう。


 あまりに近づきすぎて魔力防壁の方にセーナが反応すれば、彼女は宮廷魔術師たちに攻撃を加えるかもしれない。壁を維持している彼らは無防備だ。ひとたまりもない。


 ここにいる面子で押し止めねえと。


「ちくしょう。動きが速すぎる」


 勇者はセーナの脇をすり抜け外に出ていた。館から庭に出て障害物がなくなったせいで、セーナの動きを阻害するものが何もない。


 巨大なハンマーを担いでいるとは思えない身軽さだ。グレイプニルを撃ち放とうとしたときにはもう数メートル動いている。


「はやくするのだ! そう長くは保たん!」


 くそ。わかってんよ。

 だが狙いがぶれる。勇者に追撃を加えるセーナは人間離れした動きで俺を翻弄する。


 動体視力はそう衰えたつもりはないんだが、俺はシューティングゲームは苦手なんだ。


「頼む……! 少しでいいから止まってくれ」


 無駄撃ちしてもさっきみたいに弾かれるのがオチだ。高確率で当てられるような隙を見つけねえと。


 もう何度目かもわからないほど勇者とセーナの攻防を見送った。


 最初に比べたら勇者の動きも大分悪くなっている。だが急げと思うほど焦り狙いが定まらない。


 何か支援が欲しい。例えば、ハリシュの魔法で少しでもセーナの動きを止められたら。


 ちら、と俺は視線を横にずらす。歯噛みしているハリシュの顔が見えた。


 いくら無差別に暴れていようとも、彼にとってはセーナは主人。自分が力で押さえつけることに抵抗があるのだ。彼自身も手を出しあぐねている。


 今の彼に期待はできない。数秒でもセーナの動きを止めてくれたらワンチャンあるかと思ったが、そんなことですら英雄相手には難しい。迷いが隙を生めば致命的になるのはハリシュの方だ。


 とはいえ、いつまでも勇者と俺だけでなんとかなる相手でもない。


 そこに一つの人影が割り込んだ。


 ファリが、セーナがミョルゲニクスを振り下ろした直後のわずかに動きが止まった瞬間を狙い、あろうことかミョルゲニクスに跳び乗りセーナの片腕を蹴飛ばしたのだ。


「コースケ、今だよ!」


 獣人ならではのダイナミックな体術。セーナの片腕が跳ね上がり、大きな隙ができた。

 すかさずそこを狙う。


「やるじゃねえか!」


 放った縄は狙い通りセーナの右手首を捉えた。


「――――!!」


 セーナが電気を浴びたように大きく仰け反る。


 効いた。だがまだ十分ではない。セーナはミョルゲニクスを握ったままだ。


「ガアアアアッ!」


 セーナは捻った体勢から左腕だけでミョルゲニクスを振り抜いた。


 しかしファリはミョルゲニクスを踏み台にし勢いを利用して大きく後ろに宙返りする。


 さすがのセーナも片腕だけであの質量を完全にコントロールすることはできない。幾分か慣性に引っ張られて動きが緩慢になった。


 この瞬間を逃しはしない。続けざまに俺はもう片方も放つ。


 セーナのミョルゲニクスを握る左の前腕に巻き付いた。成功だ。セーナの両腕をグレイプニルが捕捉した!


「キャアアアアアアアアアアア!!」


 両方繋げば電撃も強くなるようだ。セーナの痛々しい悲鳴が響き渡った。








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