第43話 サクリファイス・ノーズ・ブラッド

 



 お約束と言えばお約束だが、俺は無事だった。

 だが俺を守ってくれたのはハリシュたちでもなければ、手にした魔法具でもない。


 守護領域を展開し、セーナの大槌を一身に引き受ける勇者がそこにいた。


「勇者!」

「勇者として小生の目の前で人が傷つけられることを看過するわけにはいかないのだ。貴殿は小生が必ず守る。小生の目が届く限り誰も傷つけはさせん」


 セーナの一撃を受けてもびくともしないが、あの鎧は魔力を酷使するのだろう。勇者の顔からは、俺の友人の普段運動していないニートゲーマーのデブが一念発起して二十分ランニングしてたときぐらいの汗がだらだらと滝のように流れていた。体力の限界も近付いてきているのか、両脚はガクガクと震えていた。


 俺を守るために飛び込んできたのか。俺よりも白髪の多いおっさんのくせに。


「そのくらいで俺に感謝されると思ったら大間違いだからな! そんなセリフはすぐそこにいるセーナさんの心を傷つけたやつに言う資格はねえ!」


 捨て台詞を我慢できない時点で俺もガキみてえなもんだ。


 だが今はそんな反省をしている暇はない。俺は勇者から距離を取り、手に入れた魔法具を探る。


「頼む。頼むぜ。変化してくれ。ここで役に立たなきゃ、ここで俺がヒーローにならなきゃ、異世界まで来た意味がねえだろうが!」


 その願いが届いたのかどうかはわからない。


 だがその魔法具――中心にある赤く大きな宝石に縄上のものがぐるぐると巻き付いたそれは、突然目映いほどの強い光を放つ。


 ダインスレイフのときと同じ現象がいままさに。


 光は次第に収まっていった。俺の手元にあった魔法具は忽然と消え、別の形へと生まれ変わった魔法具が現れた。


その光景を見ていた勇者が唖然としていた。


「魔法具が、変化した? 貴殿のその力は一体……」

「俺は次元の稀人だ! 俺は魔法具を全く別の道具に変化させることができる!」

「なんと……! そうか、それで――」


 勇者が何を言おうとしたのかは最後まで聞き取れなかった。俺は魔法具の方に集中していたからだ。変化したからといって使い方がわかるわけではない。すぐに調べる必要があった。


「コースケ! 大丈夫!?」

「ああ。どうやら上手くいったらしい」

「今のがドキドキ様の能力……。まさか魔法具を変化させるとは」

「でもどんな効果があるの?」

「たしかにわかんねえな」


 改めて変化した魔法具を見る。


 俺の肘から前腕にかけて、複雑に絡まり合った縄状の魔法具がぐるぐるに巻き付いている。縛り付けられて痛むような感覚はないが、まるで封印された両腕みたいな中二溢れる姿になってしまった。


 つうか魔眼ダインスレイフといいなんで俺の身体に巻き付くもんばっかなんだよ。


「勇者! この魔法具は何に使うものだったんだ!?」


 勇者がセーナの一撃を防ぎながら叫び返してくる。


「それはグレイプニルという魔獣を捕縛拘束するための魔法具である! 魔王が死に絶え多くの上級魔獣も倒しきった今となっては無用の長物であった」


 なんでそんなもんが俺の方に巻き付いてんだ。逆だろと。


 しかし待て。ダインスレイフも剣がカメラになったように、俺の能力は魔法具の存在定義すら変換してしまう。このグレイプニルにも何かしらの機能的な変化が起きているはずだ。


 とはいえダインスレイフほどの見た目の変化は見られない。宝石に巻き付いていたものが俺の腕に移ったようなものだ。


 一本摘まんで解いてみようとしたが、あまりに堅く全く緩みもしなかった。自分で解いて使うわけではないのか。


 うーん……、縄、縄、縄。縄の使い方なんてそう多岐に亘るものじゃないと思うのだが。


 これはあれか。縄を飛ばす投げ縄みたいなやつか。


 試しに縄を飛ばす要領で腕を真っ直ぐ勢いよく伸ばしてみる。某ス○イダーマンみたいな感じで。


「あ」

「え」


 縄は予想通り腕から伸び、延長線上にいたファリに向かってそのまま身体をぐるぐると縛り付けた。


「コ、コースケ!?」

「わ、悪い!」


 すぐに解こうとして引っ張ったのだが、グレイプニルは解けるどころか、逆にそれでファリを引き寄せる形となってしまった。


「ひゃあっ!?」 

「おうふっ」


 勢いよく向かってくるファリとまともにぶつかってしまう。


 そのまま俺はファリの質量に押し倒され、どんな物理が働いたのか俺の顔の上にファリが跨がる格好となった。


「やだ、コースケ。どこに顔突っ込んでるの! 鼻がぁ、へんなとこ、あぅ……ふぁっ!」


 ファリが身体をびくっと震わせその場で力む。余計に太ももにぎゅっと挟まれて動けない。


「よぉーしわかった悪かったからはやくどいてくれ!」 


 こんなときに顔面騎乗ラッキースケベなんかに喜んでる場合じゃない。

 俺はファリをなんとかどかしてグレイプニルの解除を試みた。どうやら俺が『離せ』と強く願えば解けるようだ。


「うー、びくってした……」

「これは純然たる事故だからな。俺はわざとやったんではなく――」

「違うよ。その縄にが巻き付いてた場所がびりびりしたの。搾り取られるかと思ったー」


 ファリの説明では要領を得ないが、この魔法具はただ縛り付けるだけじゃないのか?


 搾り取られるようにびりびり――。つまり、電気のようなものが流れて筋肉が硬直したってことか。


 しかも俺はファリが飛んでくるほど引き寄せるつもりはなかった。軽い力で引っ張っただけで、俺の筋力を超えた牽引力を発揮したのだ。


 使い方はわかってきた。セーナと対峙する。


「俺の意志で縄を飛ばして捕まえる捕縛縄型スタンガンってわけだ。元が魔獣を束縛するほどのものなら、セーナさんにもワンチャン使えるかもしれない。いくぜ」

「ドキドキ様、お鼻血が」

「これは魔法具を造り替える俺の能力の代償だ!!」


 せっかくかっこつけてるのに横からほざいてくるハリシュに俺は即座に早口で強く言い切った。


「待たせたな! ここからが次元の稀人、推理賢者探偵百々目木耕介の大捕り物劇だ!」









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