第42話 エルフ×バーサーカーみたいなギャップのある組み合わせも好き




「ピャアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 セーナのまるでハーピーがするような金切り声の咆哮が俺の元にも聞こえた。


 その直後だ。とうとうセーナの一撃をまともに食らったのか、勇者が館の中から壁を突き破って俺たちの近くまで吹き飛んできた。


「お、おい勇者さんよ。大丈夫か?」

「く、鎧を展開する瞬間の見極めをしくじった。だが心配は無用。小生とて凡夫ではない」

「そりゃ結構なことだが、何かセーナさんを止める方法は無いのか?」

「アリオーシュがいればまだなんとかなったのだが、小生だけではあの状態のセーナを御することは難しい」

「アリオーシュってあんたの昔の仲間か。確か行方不明なんだろ。じゃあどうすんだよ!」

「このままセーナの魔力切れを待つのが最善だ。というよりそれ以外に方法がない……」


 そんな情けない解決案を後ろめたそうに話す勇者を遮るように、セーナが勇者を追って跳躍してきた。


 大槌の質量も相まって地面に着地しただけで、ズン……と俺まで跳び上がりそうな震動が起こる。


 つーかあの可憐なセーナさんの口から煙みたいなもんが吐かれてんだけど。


「フゥゥゥゥゥウ……!」


 こりゃ相当お冠だ。


「んなの待ってられるかよ! くそっ、カメラなんかじゃ役に立たないな。おい! 勝手に部屋ん中漁るぞ! 魔法具貯め込んでんだろ!」

「待て。何をする気だ。小生の魔法具だぞ!」

「うるせえ! 俺たちが探している間、セーナさんから俺たちをきっちり守っとけクソ勇者!」


 このまま放っておけば犠牲者がでかねない。それはセーナだって望むことじゃないはずだ。勇者の館だけの被害で済んでいるうちに、なんとか止めねえと。


「ハリシュ、ファリ! 怒りで我を忘れているセーナさんを止めるために何か使えそうな魔法具を見つけるんだ!」

「わ、わかったけど……」

「しかし、どんなものを?」

「なんでもいい! とにかく壊れていないものを俺のところへ持ってきてくれ!」


 セーナが暴れまくっているせいで、館にあった魔法具は散らばりその多くがすでに割れたりして壊れているか、瓦礫に隠れてどこにあるかもわからない。


 俺もジェシカを離れた場所に誘導した後、自分でも探しにいく。


 上手いこと見つかってくれることを願うしかない。特に魔力嗅覚に鋭いファリならすぐに見つけられるんじゃないかと思っていた矢先、予想通り彼女が小走りで戻ってきた。


「コースケ! これはどうかな!」


 ファリが宝石の埋め込まれた腕輪を保ってきた。見たところ損傷はなさそうだ。


「ファリ、これに魔力はまだ宿ってるか?」

「うん。どこも壊れてないよ」


 ファリが腕輪をクンクンと嗅いで確かめる。


「よし、貸してくれ!」

「なにするの?」


 魔法具が生きてるなら可能性はある。と期待を込めたが。


「ちっ、詠唱が必要なタイプか」


 魔法具には詠唱が必要な種類とそうでないものがある。


 魔力灯のように自分の任意のタイミングで発動するタイプには詠唱を要する場合が多いようだ。逆に魔力蔵や霊剣ダインスレイフのような恒常的な作用をもたらすものには必要ない。


 俺は起動詠唱がわからない。俺でも使える魔法具を見つけ出さなくては。


「だめだ。次のやつを見つけてくれ!」

「何したいかわかんないけど、コースケが欲しいならわかったよ!」


 そうしてファリやハリシュが見つけてくれた魔法具を次々と試す。中には詠唱が不要なものもあったが、どれを使っても俺の能力が発動してくれない。


 単に魔法具なだけでは駄目ってことか。霊剣ダインスレイフのように強力なものじゃないと。


 成果を得られないまま数分経ったころだ。今度はセーナの方に変化が起きた。


「どういうことだ? セーナさん、勇者の野郎じゃなくて屋敷を壊しはじめたぞ」


 傍にいたハリシュがすぐに答えをくれた。


「あの状態のカリエセーナ様は五覚ではなく周囲にあるより強い魔力に惹き付けられるのです」


 そして息を切らした勇者も下がってくる。


「小生も繰り返し鎧を起動したことで大分魔力を消耗した。そのため、より強い魔力の宿る魔法具に反応したのだろう」

「まさにバーサーカーだな。見境ないのか」

「貴殿は小生の魔法具で一体何をする気だったのだ?」

「あんたが止められねえなら、そこらじゅうにあるもんなんでも使ってセーナさんを止めるしかねえだろうが! 俺の狙いが上手くいけば、まだチャンスはある。いちいち許可なんか取んねえぞ! あんたが招いたことなんだからな!」

「……返す言葉もない。魔法具がセーナに有効だとは思えんが、わずかなりでも可能性があるなら試す価値はあるか。承知した。好きに使え」


 当事者のくせに不遜な態度を崩さない勇者にまた一言ぶつけたくなったが、今は惜しい。後でまとめて全部ぶつけてやる。


「あの辺りの部屋には小生の所有する魔法具の中で秘蔵のものが集めてある」


 勇者がそう言いだした傍から、セーナが壁を破壊しその部屋の中に入ろうとしていた。


「だがその分、魔法具を守る一番強力な罠が……」


 そしてすぐさま、ドゥン! と小規模な爆発が起こる。セーナは外まで吹き飛ばされて地面の上を転がった。


「セーナさん!!」

「大丈夫だ。セーナはあれくらいでは死にはせん。それよりもはやくセーナを止める魔法具を」

「うるせえ! 婚約者なら少しはセーナさんを心配しろってんだ!」


 魔王を退治した英雄同士、互いの強さをよく知り信頼しているからのセリフなのだろうが、それでも、その勇者の態度は俺を苛つかせた。


「待てよ。セーナさんが反応したってことはつまり……」


 俺はそれに気づいて走り出していた。


「コースケ、そっちは危ないよ!」

「セーナさんが気にするほどなら、あそこに強力な魔法具があるってことだ!」


 爆発に吹き飛ばされまだ倒れているセーナに駆け寄りたい気持ちをぐっと抑え、俺は先にその部屋の中に走り込んだ。


 さすが勇者が一番価値のある魔法具をしまっている部屋と言うだけあって、中はショーケースのようなガラスの箱に魔法具が一つ一つ飾ってある。


「アタシも手伝うよ!」

「俺はこっち側だ! 奥を頼む!」


 俺は後に続いてきてくれたファリに指示を出してから手近にあった瓦礫を拾い、恐る恐るケースを割った。幸いケース自体に罠は仕掛けられていないようだ。中の魔法具を取り出してこねくり回してみる。


「くそ、これも駄目か」


 それは腕輪だったが、自分に嵌めてみてもなんら変化が起きない。


 ダインスレイフのように鞘から抜くだけで反応するなら、変化のきっかけはそれほど難しくないはずなのだが。


 そうしている間に、匂いを嗅ぎ魔法具を見分けていたファリが。


「コースケ! これ、さっきまでのと比じゃないくらいたくさん魔力が詰まってるよ!」

「こっちに投げてくれ! はやく!」


 ファリが魔法具を投げた。弧を描いたそれはわずかに俺には届かない位置に落ちる。俺は姿勢を低くして魔法具まで走った。滑り込むように掴み取る。


 だが誤算があった。


「ドキドキ様! 後ろです!」


 ハリシュの叫ぶ声。


 俺はハッとして振り向いた。眼前にぬっと現れる影。


 すでに起き上がり近付いてきていたセーナが俺を虚ろな目で見下ろしていたのだ。


「セーナさん!」


 呼びかけには応じず、セーナが大槌を振りかぶる。俺ごと魔法具を押し潰す気だ。


 やばい。近すぎる。


 彼女に俺の姿は見えていない。もはや目の前の魔力に反応するだけの獣のようになってしまっている。


 俺は体勢を崩していて、すぐに逃げられる状態ではなかった。


 ファリもハリシュも間に合わない。そもそも彼らではセーナの大槌は防げないだろう。巻き添えを食うだけだ。


 俺の異世界生活もここまでか。


 一瞬で自分の死を悟り、諦めスマイルでセーナを見上げる。


 あぁ……せめて異世界美少女とまぐわいたい人生だったなぁ。













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