第40話 幼女の定義判定が待たれる



 壁越しにも響いてくるセーナの咆哮と衝撃音。ここもそれほど長く保たないか……!


「ドキドキ様! これは一体何事ですか! カリエセーナ様は!?」


 廊下の奥から声が聞こえる。ハリシュたちが騒ぎを聞きつけてさすがに入ってきたようだ。


「セーナさんは野暮用中だ! 今はとにかく避難しろ!」 


 全員で屋敷の外に出る。地響きはまだ続き中からはセーナが破壊していると思しき衝撃音が何度も繰り返し響く。


 ひとまず敷地内の木陰に身を潜めた。ジェシカは自分のしでかしたことが思わぬ大きさになったせいか、あるいは単純にセーナの暴れっぷりにビビったせいか身体が震えていた。


 ハリシュが気づいてすぐにシーツを纏わせ、何か呟いた。するとシーツは留め具で止めたようにジェシカに固定された。服の代わりだ。


 しかしこのジェシカちゃん、事前情報にあった十九歳という年齢の割には結構大人びてるんだよな。印象というか、雰囲気が。


 異世界の人間ってそういうもんなのか。顔の造形は日本人とは違うから断言はできないが。


 そこで俺はふと思い出した。


 勇者も年齢は二十五歳のはずだが、実際に会った勇者の相貌は明らかにおっさんだった。

 物陰に隠れ、俺はハリシュたちにぼそりと訊ねた。


「なあ、ちっと聞きたいんだがハリシュ、ファリ。お前たちの誕生日っていつだ?」


 突拍子もない俺の質問に眉を顰める二人。


「誕生日ですか? なぜこんなときに?」

「いいから教えろよ。減るもんじゃないだろ」

「アタシは十五日」

「私の誕生日は王国の暦で言えば、の三日になりますが……」

「じゅ、十五月? 十九月?」


 あれ? 一年って十二ヶ月だよな。二人ともオーバーしてるんだが。


「ちょっと、ちょっと待ってくれ」


 俺が異世界で数日過ごした実感だと、一日の長さはほぼ地球と変わりない。時間の経過は地球と変わらないんだなとか呑気に考えていたほどだ。


「もいっこ聞きたいんだが、一ヶ月って何日間で一ヶ月になる?」

「およそ三十日です。月により多少前後いたしますが」

「そうだよな。そこは同じなんだよ。じゃあ、一年はその一ヶ月が何個あって一年になるんだ?」

ですが……」

「ふえッ……?」


 驚きすぎて俺らしからぬ可愛い声が漏れ出てしまった。


 一年の長さが二十四ヶ月。二倍の長さだ。異世界の一年で地球での二年分時間が経っているということだ。

 つまり人の年齢の数え方にも違いが出てくるということになる。


「ファリ、お前いま何歳だ?」

「さっきからなんでそんなこと聞くの? まあいいけど。アタシはだよ」

「はっ、さい?」


 どう見てもファリは幼女の体型じゃない。精神的な幼さはあるが高校生くらいが妥当だろう。つまり地球年齢なら十六歳程度ということになる。


 セーナは地球年齢換算で八十六歳で、ジェシカちゃんは三十四歳。勇者は……五十歳か? 逆にこの世界の年齢に換算すれば、俺の年齢は二十一歳強ってことか。


「火星かよ……」


 人間のじじばばでもエルフには若く思えるとかいう、エルフあるあるの定番に引っかかった挙げ句、そこの加味されるまさかの一年の長さが二倍という変化球。要するに一日の長さになる自転は地球と同じだが、公転は二倍ということだ。異世界ほぼまんま火星じゃねえか。


 ということは、これまで調べてきた時間感覚にもズレが生じる。


 地球感覚でいえば、勇者たちが魔王を退治したのは十年前だし、セーナが成人するのは四年後だ。


「異世界数日の俺にわかるかよ……。カレンダーくらい用意しとけってんだ」

「カレンダーとは?」

「暦の一覧だよ。この世界にはそういうのないのか? どうやって今日の日付を理解してるんだ?」

「日の精霊のお告げを届ける魔法具があります。おおよそ大半はそれで」

「ああもう、なんでもありだな魔法」


 通りでカレンダーらしいものなんて見かけなかったわけだ。


 俺のその日その日の日付しか気にしていなかったし、たまたま異世界に来た日付や調べている間に知った誰かの誕生日や記念日が十二月以前だったこともあって気づくことができなかったのだ。


 おそらくどこかには精霊のお告げとやらを紙媒体に掲示しているものもあるのだろうが、俺は文字が読めないからとそこを探ろうとしなかった。


 ある意味自業自得の事態だ。まあ別に、勇者が俺より年上のさらにおっさんだったってこと以外特に問題はないのだが。


 しかし今はそんなことを嘆いている場合じゃなかった。


「わぁっ!」


 ファリが悲鳴をあげる。館の壁がまた内側から壊され瓦礫が降ってきたのだ。右に左にと避けながら安全な場所に逃げる。


「このままじゃ館が倒壊するぞ。ど、どうしよう」


 さすがにセーナがここまで暴れ始めるのは想定外だ。

 そのとき、ハリシュが何かに気づいたように俺を促した。


「ドキドキ様、あちらを」

「ん?」


 言われて振り向いてみれば、シャオールを筆頭に、十人ほどの男たちが慌てた様子で駆けてきていた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る