第39話 キレると怖い部類のやつがキレたときの対処の仕方:キレさせたお前が悪いから甘んじてとにかく耐え続けろ



「〈――陽ヲ遮ル太古ノ巨影。ソノ右手ニ携エシハ、骨ノ大地ヨリ出デシ、古王ノ大槌〉………我ガ、手許ニ………………来タレ」


 セーナが静かだがいやに威圧感のある声で呟いた。

 そしてそれが聞こえていたらしい勇者が突然大声を上げて反応した。


「セーナ! それだけは呼び寄せては駄目である! 貴殿も止めよ! このままじゃとんでもないことになるぞ!」


 勇者はおっさんに似つかわしくない軽快な跳躍で俺たちから距離を取った。ぶらぶらと揺らしながら。


「いやとんでもないことになってんのはあんたの裸の方なんだが……とりあえずパンツはけよ」


 俺がそう突っ込んでいた直後のことだった。


 どごぉぉぉぉっん! と轟音が響き、館の壁が勢いよく突き破られた。


「なっ…………!」


 粉塵と衝撃波に襲われる。壁の穴から風が舞い込み、徐々に視界がまた明瞭さを取り戻していった。


 気づけばセーナが立っている後ろの床に、でっかい鉄の塊が突き刺さっていた。どうやらあれが外から壁を破壊して飛んできたらしい。


「な、なんだぁ? あの巨人用みたいなでっかいハンマーは……」


 そう、飛んできたのは人の身の丈の倍以上もある巨大なハンマーだったのだ。


「くっ、やむを得ん!」


 呆然とする俺の背後で、勇者は額のエルヴンサークレットに手を触れた。肖像画でも身に着けていたものと同じものだ。

 その直後、光り輝きはじめる。あれも魔法具のようだ。


 サークレットから光線が幾重も伸びたかと思いきや、それが勇者の身体に纏わり付く。そしてまるで魔法少女の変身シーンのように、手、足、胴体と順に鎧が出現していく。


 おお……、起動すれば自動的に鎧を着せてくれる魔法具か。重い鎧を運ばなくて済み、必要なときはすぐに取り出せる便利な道具だ。

 しかも鎧はプラチナのように輝き汚れ一つない。鎧自体もおそらく魔法具の一種なのだろう。


 セーナが巨大ハンマーに手を伸ばした。柄だけで丸太の太さもありそうな巨大なものだ。彼女の細腕で掴めるわけがない、と思ったのだが。


 どうやら柄の中にまた小さなハンドルが埋め込まれているようだ。セーナはそっちを掴み、そして、数十トンはありそうな巨大ハンマーを軽々しく持ち上げる。

 さらにそれをまるでガトリングガンのように構え、柄頭を勇者に向けた。


「皆、衝撃に備えよ!」


 勇者が叫び、両手を大きく広げた。


 そしてセーナが振りかぶり、跳んだ。俺の頭上を軽々と跳び越え、真っ直ぐに勇者へと突っ込んでいく。


「お、おい! 避けろ!」


 勇者もあんな大槌に殴られればひとたまりもないだろう。さすがに俺も不安になって心配するようなことを口走ってしまう。

 だが勇者は微動だにせず、大槌は真っ直ぐに振り下ろされた。


 大槌に爆弾でも仕込んでいたのかと思うほどの爆轟が巻き起こる。

 衝突のインパクトが伝播し衝撃波となって周囲の壁や屋根を吹き崩していた。立っていられないほどの暴風に、俺も後ろにでんぐり返った。


 しかし勇者の周囲半径十メートルほどの床や壁は無傷だった。勇者は防護壁を展開していたのだ。それが衝撃が届くのを防いだ。


 魔法具の鎧。一瞬にして身に纏い、周囲一体もろとも脅威から防ぐ強力な魔法が組み込まれたもののようだ。

 ちなみに見てたからわかるけどあの鎧の中フルチンだからな。あの魔法具、アンダーウェアはついてこないみたいだ。


「ここは小生が時間を稼ぐ! 巻き込まれる前に貴殿ははやくジェシカちゃんを連れてここから逃げるのである!」


 勇者が叫ぶ。するとセーナがぴたりと動きを止めた。


「ジェ、シカチャン…………? ユウ、シャサマ…………!!!?」


 勇者がジェシカの名前を呼んだことが聞こえていたらしい。セーナの声にさらに狂気が宿っていく。


「ドオシテ、ソノオンナをマモルのデスカ……? ドオシテ、フタリトモ、ハダカ、なのデスカ……!?」


 地響き……? いや、館自体が震えているのか。まるでセーナの怒りに呼応しているかのように、俺たちのいる場所一帯が振動しはじめていた。


「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」


 獣のような咆哮をあげ、軽々とハンマーを構えて勇者に突進する。


「クソ、火に油注ぎやがって!」


 ばぎぃぃぃぃっぃぃん! という硬質な音が周囲に拡がる。勇者が押し止めてくれているが、セーナの勢いは些かも衰えない。

 繰り返し殴りつけ、今にも防護壁が割れるんじゃないかというほどの衝撃が俺にも届く。


 やべえ。やべえやべえ。争いごとは当事者同士に任せてさっさと逃げたいところだが、破壊の規模が大きすぎる。放っておくわけにもいかねえか。


「おい、あんたこっちにこい! そこにいると危ねえぞ!」


 部屋の隅に避難していたジェシカは慌てて俺の方に近付いてくる。

 セーナが勇者しか見えていないうちに崩れた壁の中に入り、廊下に抜けた。






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