第37話 魔王討伐の勇者。其の名も性なる雷鳴エルドラン・コグニクセン




「準備はいいか?」


 生唾を飲む音がセーナの白く細い喉から聞こえる。

 俺はダインスレイフで部屋の中に映像を映し出した。


「こ、これは……」


 セーナも初めての映像体験に戸惑っていたが、映し出された場所に見覚えたがあったのだろう、すぐに視線は一点に注がれた。あのだだっ広いベッドの上だ。


「これは本当に、現実なのですか……?」


 今はまだそれが本物であるかどうかの葛藤がセーナの中でぶつかっているのだろう。


 魔力灯が消されていて薄暗く顔がわかりにくいが、まだ外は明るく日光が二人の人間がベッドの上で寝そべっているシルエットを浮かび上がらせている。


 少し離れているせいで明瞭ではないが、男の声が途切れ途切れに俺たちのもとに届いた。


『――ジェシカちゃん。ようやく――長かった。会えない日々が――』


 浮気相手の名前を呼ぶ低い男の声。囁くように語りかけている。


「暗くて顔はよく見えないが、この声は勇者のもので間違いないか?」

「……はい」


 浮気を証明する証拠としては絶好のタイミングだ。様子から察するに、まだふたりはくつろいでいるだけだろう。これから何かもっと決定的な行動に移せば言い逃れはできない。


「……エルドラン、様……?」


 だがその程度でも婚約者であるセーナにはショックだろう。自分の婚約者が知らない人間の女と同じベッドで寝そべっているのだ。


 しかし、現実はさらに彼女に酷なことを見せた。

 聞こえはじめる男と女の甘い声と重なるシルエット。

 さっそくおっぱじめやがった。


「そんな……」


 横から意識が遠のきかけているようなセーナのか細い呟きが聞こえる。


 俺は拳を強く握る。セーナの心中を慮ると、俺の舌にも苦い味が広がるが、ここで止めるわけにはいかない。


 迷いはあるが続けるしかない。そう決めた直後だった。

 あれ? 急に勇者の動きが止まったんだが。


『ふぅ、ジェシカちゃん、気持ちよかったよ』


 はええええええぇぇぇ!? もうちょっと頑張れよ勇者! もしかして二つ名のホワイト・ライトニングってそういう意味なの!?


 思わぬ事態に言葉を失っていると、セーナが突然俺に振り向いた。


「コースケ様の魔法具は、今現在この時の出来事を映し出しているのでしたね」

「ああ。そうだ」

「なら……コースケ様。わたくし、エルドラン様に直接お伺いします!」

「えっ、ま、待ってくれ、セーナさん!」


 しかし俺の呼び止めはセーナを止められなかった。俺が咄嗟に掴もうとした彼女の腕はするりと抜け、あっという間に俺の部屋から出ていってしまった。


「カリエセーナ様……? どうされたのですか?! お待ちください!」


 外からハリシュの慌てた声が聞こえる。どうやら走り去るセーナを追ったようだ。


「ええい、ここまでくればなるようになれだ!」


 予想を遙かに下回るほど勇者の耐久力がなく予定が狂ったが、この程度なら計画はまだ修正可能範囲内だ。


 俺も彼女の後を追う。さすが魔王退治の英雄であるエルフ。俺より遙かに走る速度が速い。追いかけたハリシュの姿ももはや見えなくなっていた。


 俺も急ぎ追いかけようと走り出した。しかし、部屋の玄関を出て十秒も経たないうちに、ひとつの影が立ち塞がった。


 ひとりの獣人少女がそこにいたのだ。


「あっ、コースケ!」

「げっ、ファリ」

「げっ、ってなにさ! あれからなにも言ってこないから気になってきちゃったよ」


 そういや勇者の館にカメラを仕掛けてから一度もファリと連絡を取っていなかった。待ちきれずに俺んとこまで来てしまったのだ。

 今はそれどころじゃない。はやくセーナを追いかけなければ。


「悪い、ファリ! あとでな!」

「あっ! ねえ、待ってよ!」


 ファリも追いかけてくるが、構っている暇はない。セーナひとりで勇者の寝室に飛び込ませるわけにはいかない。


 幸い勇者の館の門の前でふたりには追いつくことができた。主人の狼狽ぶりに異変を感じたハリシュがなんとか落ち着かせようと引き留めていてくれたようだ。


「セーナさん! 待ってくれ!」

「コースケ様。止めないでください。わたくしはエルドラン様に――」

「ああ。止める気はない。だがひとりで行っちゃだめだ。俺がついていく。だから一度深呼吸をしよう」


 セーナは頷き、大人しく従ってくれた。目を瞑り大きく呼吸を繰り返す。

 その横から、ハリシュだ。


「一体どういうことですか。ドキドキ様。カリエセーナ様に何をしたのですか」


 ハリシュからしてみれば、セーナは俺と話したせいで取り乱したように見えるだろう。厳しい目を向けてくるのも無理はない。


「俺がセーナさんと中に入る。ハリシュはこの辺りで待て。これはセーナさんの危急で大切な用件だ。他の誰かに邪魔はさせたくない」

「だからドキドキ様に託せと? 主人が取り乱しているのに?」

「頼む。気に入らなければ後で俺を殴ったっていい。だが今だけは、俺を信じてセーナさんとふたりにしてくれ」


 ハリシュは抗議するようにセーナに目を向けるが、彼女が頷くと悔しげに顔を歪める。なんとか言うことは聞いてくれそうか。


「ファリもここで待っててくれ。何か異変があれば助けを呼ぶかもしれないから、そのときはよろしくな」

「う、うん。わかった。何が起こってるのかよくわかんないけど……気をつけてね」


 全てが解決したら、ちゃんと二人にも話さないとな。


「行こう。セーナさん」

「――はい」


 いざ、勇者とご対面だ。










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