第34話 獣人少女に猫のように甘えられたい人生だった



「ファリ、この部屋の中に動いてる魔法具はあるか?」

「ええと、特にないかな」


 ファリが部屋中をキョロキョロと見回すが警備魔法具らしきものは見当たらない。さすがに自分の部屋まで魔法具で埋めてはいないようだ。


「にしても、でけえベッドだな。これが勇者の寝床か」


 部屋の中央に鎮座するのはこれまた豪奢なベッドだ。下手すりゃ昔俺が住んでたぼろいワンルームより広いかもしれない。寝返り打ち放題だな。


 ブランケットが雑に放ってあるところを見ると、ベッドメイキングする魔法具なんかもないようだ。


「でもさー、魔法具取引するのにこんなとこでするかな? 別の部屋の方がいいんじゃないの?」


 ここにきていきなり根本的な疑問を呈してきやがるファリ。


「いやお前、それはあれだよ、ほら、その……勇者も自分の寝室なら油断して『ふふふ、とうとう手に入れたぞ。念願の魔法具を!』とか独り言いって言質取れるかもしれねえじゃん」

「ふーん。まあいっか」


 すぐ納得するあたりファリはちょっと足りてない感が漂うが、まあいっか。


「えいっ」


 なんか掛け声が聞こえたと思って振り返ったら、ファリがベッドの上に跳び乗っていた。


「あっ! こら、勝手に乗るな」

「大丈夫だよー。魔法具ないんだし」


 ファリは俺の制止も構わずごろごろしはじめる。


「ね、コースケも一緒に寝ちゃう? きもちーよ」


 ファリはそう言いながら誘うように両手両足を広げ蠱惑的な笑みを浮かべてくる。


「あほか。俺たちが来たってバレるだろ。はやくどけどけ」


 しっしと手を振るとファリはこれまでで一番不満そうな顔を向けてくる。


「コースケのケチー」

「ケチじゃない。そういう誰も見てないからやっちゃおう的な油断が一番怖いんだぞ。勇者みたいに男女の痴情に溺れるやつが概して持ってる自分の世界に入りたがる自惚れだからな。俺は何人もそういうやつを見てきたんだ」


 言うと、ファリは小首を傾げる。


「コースケ、何の話をしてるの? 勇者さんの魔法具取引を見張るために来たのに、男女の痴情?」

「アッ」


 やべやべ。思わず説教モードに入って口が滑った。


「も、物の例えってやつだ。悪いことをしたら誰か見てないと思ってもいつかバレるぞっていうな」

「ふーん」

「だからふざけてないでさっさと仕事に取りかかるぞ、ほら」

「ねね、コースケは誰かとそういう関係になりたいって思わないの?」

「い、今は俺は関係ないだろ」

「ねえ、ないの?」


 今度はベッドの上で四つん這いになり、顔を上げて近づけてきてしつこいくらいに追及してくる。

 なんで勇者の寝室で俺の恋愛話なんてしなきゃいけないんだ……。


「いいからはやくカメラを仕掛ける場所を探してここから出るぞ。のんびりしてる暇はないんだから」


 誤魔化していそいそと背を向けてベッド周りを探しはじめる俺。


 ベッド周りは結構整然としてるから、小さなキューブとはいえ下手に置けばすぐに見つかりそうだ。


 どこか隙間はないかな、と片膝立ちでキャビネットを探っていたときだった。


「えいっ」

「うわっ、お、おい。なんだよ。急に飛びついてくるな」

「んー、だって、コースケの背中おっきかったから」


 ファリが俺の背中に跳び乗ってきたのだ。首に腕を回し落ちないようにしがみついてくる。


「いいから離れろって」

「やーだもーん」


 小柄で軽いからあんまり苦しくはないんだが、とにかく動きづらい。


「んー、こーしゅけ~」

「おい、頭を擦り付けてくるな。動けないだろ」


 なんでこいつ急に猫みたいに懐いてくるようになったんだ? 獣人の習性なのか?


 仕方なく一向に離れようとしないファリを引き摺って俺はカメラを仕込む場所を探し続ける。


「さっき嬉しかったの。落ちたとき、咄嗟にクッションになってくれたでしょ?」

「え? ああ、柱にぶら下がってたときのか。あれはまあ咄嗟というか」

「あとね。シャオールがアタシに魔法を撃ったときも、コースケはアタシを受け止めてくれたのを思い出したんだ」

「ああ。そういやそんなことも、つうかあれも当たり前というか――あうふん!?」


 俺が釈明していると、ファリが突然俺の耳に息を吹きかけてきた。


「どお? どお? ドキッてした?」

「そ、そういうのは照れくさくなるからやめろって」

「照れた? 照れた? コースケ照れたの? そっかぁー、コースケ照れたんだー」


 ファリはやたら嬉しそうに俺の頬を引っ張ってくる。


「いい加減にしろって。シャオールだって待たせてるんだ。遊びたいなら後でつきやってやるから」

「別に遊びたいんじゃないんだけどー」


 ようやく諦めて下りてくれた。俺は安心してカメラを念入りに隠した。あとは実際に起動して具合を確かめてみるか。


「コースケ、コースケ」

「今度はなんだよ?」

「その魔法具って、さっきの四角いのの近くにあるものが見えるんだよね?」

「そうだ。何か気になるのか?」

「じゃあこっち、こっちきて。テストしよテスト」

「お、おい」


 腕を引っ張られて俺は部屋の壁際に追いやられ、壁と向かい合うように立たされる。


「コースケ、いいよ。そのまま後ろ向いてやってみて」

「一体なんなんだ?」


 言われるがままにその場でダインスレイフを起動する。実際の光景と解像度の変わらない映像が壁の向こうに拡がる。


「どお? どお? アタシのこと見える?」


 ファリはカメラの前に移動して、手を振ったりくるくる回ったりしはじめた。カメラの真ん前にいるものだから、まるで俺の目の前にいるかのような錯覚をする。


 うん、良い感じに撮れている。これならここで勇者が浮気をすればしっかり収められるだろう。


「ああ。問題なさそうだな。これなら部屋の大部分を見渡せるし」


 ダインスレイフのカメラが映し出せるのは、カメラのある場所を起点にして半径十五メートルくらいが限界だ。それ以上になると映像はドームの中から抜け出したように暗転してしまう。しかしこの部屋の大きさなら、角にいない限りは見えるだろう。


「じゃあさ…………こんなのも見える?」

「ん? ――ぶああぶるごっ!?」


 こともあろうにファリはいきなりカメラの前で自分の服をたくし上げた。

 服の下にある膨らみが、というか下乳がばっちり見えるほどに。


「ファ、ファリ。おまえ、いきなりなにして」

「アタシのためにここまでしてくれたコースケにちょっとしたお礼ー。なんて」

「いや、俺はファリのためってわけじゃ……」


 つい言い出しかけて、俺は口を噤む。

 ファリの視点では、俺が手紙の男を見つけるために粉骨砕身しているように見えているのかもしれない。


 違うんだけどな。とは言い出せなかった。


 ここまで大分嘘も吐いてきた俺だ。いまさらファリひとりに罪悪感を感じたからといって清算できるものじゃない。


「わ、わかったから服を直せって」

「コースケ顔赤いよ? まほーぐで何を見たの?」  

「いいから! もう切るぞ。動作確認は十分だ」


 だがまあ、ファリは俺に対してそれなりに好意というか、親しさは感じてくれているのだろう。元の世界じゃファリくらいの少女と話す機会自体ないのだ。こうして懐いてくれるのはひとりのおっさんとしては有り難い。


 決して俺は少女趣味があるわけではないが! でもやっぱり結構嬉しいもんである。

 最後にファリに確認しておく。


「ファリ。どうだ? 部屋の中からカメラの魔力は感知できるか?」

「うーん。よーく鼻をこらしてみればわからなくはないんだけど、薄すぎて人間じゃまず気づかないし、獣人でも一度近くで見てみないとどんなものか判別するのは難しいと思うよ」

「よし。それなら万が一勇者が魔力感知の能力を持っていたとしても気づかれる可能性は低いな。これで完了だ」


 無事に魔眼ダインスレイフは設置した。

 後は勇者が外征から帰還し、浮気相手を連れてくるのを待つだけだ。










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