第33話 美少女と侵入ミッション。それはラッキースケベェチャンス
「コースケ、止まって! そこに見えない何かがある」
「見えない何か?」
「うん。なんていうのかな……。光みたいにふわふわしてるんだけど、縄みたいに真っ直ぐで遮ってる。多分、横切ったらいけないやつだよ」
「赤外線センサーみたいなやつか。どこらへんを通ってるかわかるか?」
ファリは俺の横に立ち、少し前屈みになって鼻をくんくんとさせる。
「えっと、コースケの顔と、腰と、膝のあたりかな。そこを真横にまっすぐ走ってる」
なかなか絶妙な高さに配置されているな。
まず手始めに俺は、自分の手で光の線の上下を滑らせてみた。これでも反応するなら即座にミッション失敗で帰宅不可避だったが、やはり線に触れなければ反応しないようだ。
「一番下を潜ろう。ファリも後から続いてくれ」
五十センチほどの高さなら俺でも這っていけばいけるはずだ。
俺は万が一にも自分の天パが反応しないように、魔眼ダインスレイフのサークレットからはみ出る髪を片手で抑えながら匍匐前進した。
無事通り抜け、ファリに立っても平気か確認を取って立ち上がる。
続いてファリの番だ。彼女の小柄さと身体能力なら俺よりスムーズにいけるだろう。
と思ったのだが、ここにきて最初の難関にぶち当たった。
「お、おい。ファリ。待て。尻尾も寝かせないと線に当たるぞ」
「へっ?」
どうやらファリは這いつくばるとぺたんと尻尾を寝かせることが苦手らしい。どうやっても尻尾が浮き上がってしまうのだ。
ファリは今までその癖に自覚がなかったのか、困り顔で見つめてくる。
「ううー、どうしよ。コースケ」
「う、うーん」
仰向けなら尻尾も身体の下敷きになるだろうが、移動するには膝を立てないといけない。膝を立てれば確実に線に触れる。
「なら、仰向けになって腕をこっちに伸ばしてくれ。俺が引っ張る。それなら動かなくて済む。ちょっと触れるが、我慢してくれよ」
「うん、コースケなら大丈夫……」
言われた通りファリは線の向こうで寝そべって両腕を真っ直ぐ伸ばしてくる。
「はい。お願い」
「よし。ゆっくりいくぞ」
ファリに集中して俺がセンサーに引っ掛かってはつまらない。
ゆっくり、慎重にファリの前腕を掴んでずりずりと引っ張る。床は綺麗だが病院の床のように結構摩擦が強い。指で擦ったらキュッキュッと音がなるほどだ。
線がファリの顔を通り過ぎたあたりでふと気づいた。
「おっ、や、ば……!」
「どうしたの?」
ファリはまだ気づいていないようだった。俺は動揺を必死に隠す。
何に慌てたかというと、ファリの服装だ。
ファリは肩紐のないチューブトップの薄着を着ている。そのため、腕を引っ張って引き摺ると床の摩擦で下にずり落ちる。
気づいたときには、決して大きくはないが形のいい胸がすでに三分の一ほどはだけていた。
しかしここで止めるわけにもいかない。ファリに伝えて動揺で動かれても困る。
「な、ななな、なんでもない。ちょっと手が滑りそうになっただけだ」
「ん。じゃあはやく全部引っ張って。この床、尻尾の毛が引っ掛かってちょっと痛いの」
「お、おう」
ファリは自分の尻尾の方に気が向いているようだ。
今のうちに一気に引っ張りきるしかない。
だがそれが間違いだった。
「な、なんだとぉぉぉ……!」
「コースケ?」
急に強く引っ張ったせいで、襟がべろんとわずかに裏返ってしまったのだ。これで肌色面積が拡がるスピードが二倍になった。
しかしもう後戻りはできない。
引っ張るほどに、まるでつるりと剥ける果物の皮のように、服がめくられ双丘を登っていく。
ここで全貌が明らかになり、いきなりファリに怒られるのは非常によろしくない。まだ先は長いのだ。
頼む! 山頂で持ちこたえてくれ!
「……………………………………ふう」
彼女のチューブトップはなんとか一線は越えず持ちこたえてくれた。俺は安堵の息を吐く。
「きゅるきゅるしていたかったぁー。とりあえず突破だね!」
身を起こしてさりげなくずれた服を整えるファリ。あまり気にはしていないようだ。ひとまず最初の危機は去ったか。
「この調子でがんばろ!」
「お、おう。そうだな」
なんだか別の要因で焦らされているような気はするが、ひとまず無事だったことに喝采をあげたい。
そうしてさらに奥に進んでいったとき、ファリが廊下の真ん中で立ち止まった。
「どした? また何か罠か?」
「コースケ……何か音がする」
「音? どんなだ?」
「なんか……たくさんのものがわさわさしてる感じ……。例えるなら、虫がいっぱい動いてるみたいな……」
「あんま良さそうな音じゃねえな。魔法具か?」
「この先の廊下の奥からだ! こっちにくるよ!」
ファリが叫んだ直後、その音は俺にも聞こえるほど大きくなった。それはまさに蠢く大軍が迫り来るような、無数の足音が折り重なったものだった。
「な、なんじゃありゃあ……!」
その正体は、バクテリオファージのような形をした多脚自動稼働型魔法具だった。大きさは掌に乗る程度だが、それがゆうに数百体。足を踏み入れる隙間もないほどひしめき合って廊下を波のごとく驀進している。
「あれ、知ってる! お金持ちのおうちによくあるお掃除用の魔法具だよ! でも、あんな数見たことないよ!」
「誰もいないのに埃も積もってないのはあれのせいか!」
だが掃除用にしては数が多すぎる。パトロールも兼ねているとすれば、無闇に触れるわけにはいかない。
「コースケ! あれにぶら下がってやり過ごそう!」
ファリが指し示したのは、柱の上方から突き出ている魔力灯の燭台だ。人がひとり掴んでぶら下がれるだけの蔓はあるが……。
「あんなとこに二人も無理だろ。急いで戻るしか……」
「大丈夫! アタシに考えがあるの!」
そう言ってファリは真っ先に魔力灯に飛びついて両手でしっかり握ってぶら下がる。
「ほら! 今度はコースケがアタシに飛びついて!」
「は、はぁ……?」
「コースケひとりくらい、アタシなら支えられるから大丈夫だよ!」
そういや獣人は人間より力も強いのだった。確かにそれなら俺の跳躍力でもファリに届けば床から離れられる。
しかし、おそらくファリは俺が重さの心配をしていると思っているのだろうが。
「いやでもな……」
体格的にも年齢的にも自分より二回りは違う少女に抱きついてぶら下がるというのはさすがに抵抗があった。
「ここで台無しにしちゃだめだよ! はやく!」
「くっ、すまん、ファリ!」
自動掃除魔法具の大軍が俺の足元に押し寄せる直前、俺は思いっきり跳びはねファリにしがみついた。
ファリの腹にしっかりと腕を回し、身体をぴったりとくっつけて支えた。
さすが獣人だ。華奢な身体のくせに安定して全く落ちる気配がない。
言っとくが少女に抱きついたからと胸を鷲掴みにするような無粋な真似はしないからな。俺は紳士なんだ。
……あっ、肋骨の感触が。
「ん、んんっ! ん~!」
比較的長身の男の俺の体重を、腕二本でぶら下がりながら支えるのはさすがに楽勝というわけにはいかないようだった。俺の頭上で耐え忍ぶ妙に色気のある呻き声が聞こえてくる。
「コ、コースケ……。もういった……?」
「まだだ。あいつら、なぜか念入りに俺たちが立ってた場所を洗ってやがる」
足跡の汚れにでも反応したのか。掃除用魔法具たちは徹底的に綺麗にしないと気が済まないようだ。
それが終わるのを待っていたら、ファリが笑いを堪えるような変な声をあげはじめた。
「んっ、くふっ、んんん」
「お、おい。何笑ってんだ?」
「コースケの髪が脇に当たってこしょばいのー!」
「それはスマン!」
「だめ。力が抜けちゃう!」
「おわぁ!」
ファリは耐えきれず両手を離し、俺たちは床に勢いよく落下した。
だがぎりぎり魔法具が掃除を終えて移動していたためぶつからずに済んだ。ファリもなんともないようだ。
「っぶねー。大丈夫か? ファリ」
「えへへ。危なかったね」
落ちたまま格好のまま動かず、俺に覆い被さって邪気無く笑うファリ。ちょっと赤くなってるのはずっと力んでいたからだろうと思う。
「あ、あり、ありありがとな。ファリ」
「ううん。よかったね」
なぜかファリは俺の目をじいっと見つめてどこうとしない。
「さ、さあ次にいこうか。またあの掃除魔法具が戻ってくるかもしれないし」
「うん。そうだね」
なんかいやに聞き分けがいい割に俺から離れようとしないんだが。急にどうしたんだ、こいつ?
その後も俺たちはいくつかの作動中の魔法具にぶちあたり、俺がファリを肩車したり、ツイスターゲームのように安全床のみを交互に踏み進めていったり、狭い隙間の中でぎゅうぎゅうに詰まって動く鎧をやり過ごしたりした。
割と密着攻略が多い勇者の館だったが、幾多の危機を乗り越え順調に奥まで進み、俺とファリはとうとう目的の部屋に辿り着いた。
二階の最奥。ここが勇者の寝室。浮気が行われている一番可能性の高い場所だ。
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