第32話 宮殿って実際問題住みづらいと思うの




「では中に入ります。僕の後ろから大きく離れないようにしてください。勇者どのの館の中は様々な魔法具によって守られています。いくら僕といえど、全てを制御できるわけではありません。大半は僕が頼まれて設置したものですが、勇者どのは自分でも趣味で集めた魔法具を追加で設置しているようですので」

「そこまでしてるのか。相当偏屈だな」

「昔から用心深い方ではありましたが、最近は念の入れようが凄まじいですね」

「逆に言えば後ろ暗いもんがあるってことだ。自分が認めたやつ以外絶対入れてやらんって意志がめちゃくちゃ強く感じられるな」


 五十メートルはありそうな長い廊下に等間隔に部屋が並んでいる。

 一体部屋が全部でいくつあるのか見当もつかない。俺はこの中から勇者の寝室――浮気相手との逢瀬の場を見つけ出さなければならない。


 とはいえ、セーナからどの辺りに寝室があるのかは聞いている。ただ正確な場所は実際に見てみないとわからない。思った以上に部屋が多く、一発で辿り着くのは難しそうだ。


 セーナの情報から、勇者が浮気相手を館に連れ込んでいる可能性が高いことはわかっている。


 浮気場所に自宅を選ぶのは割と大胆な選択だ。 


 出張や旅行の間に不倫相手を連れ込むのは定番だが、家族のいる不倫において自宅は結構発覚する危険の高い場所だ。

 それでも危険性の高い自宅になぜ連れ込むかといえば、それは支配欲から来ることが多い。


 自分の基地である家に浮気相手を連れ込めば家族になったかのような錯覚を覚えることもできるし、逆に自分が浮気相手の家に行けば侵略した気分に浸れる。


 まあ、単純にホテル代をケチってるって場合もあるけどな。


 だが勇者の場合はどうだろう。


 勇者ともなれば市井の一般人に顔を見られることも避けたがるのかもしれない。セーナも館に来るときは一言断るようにしていると言うし、これだけの部屋があれば突然やってきても隠しやすいだろう。

 だから勇者は比較的用心深い人間だと見ることもできる。


 俺はそんな分析をしつつ、シャオールの背を追った。

 豪奢な玄関から入って右手に曲がり、長い廊下をしばらく進んだころだ。ある扉の前でシャオールが立ち止まり、振り返った。


「ここが館にある侵入者排除のための魔法具制御室です」

「そんな場所があるのか」

「この館自体が、大きな一つの魔法具のようなものですから。元は魔王存命当時、王族や貴族、諸国の重要人物を匿うための施設でした。人間とエルフが協力して建造し、地下には魔力の流れやすい回路が埋め込まれています。それを利用して制御しているんです」


 なるほど。それで魔王がいなくなって不要になったから王都に住むことになったセーナに下賜されたのか。


 そして勇者が住み着くようになり、警護用魔法具を設置しまくり、図らずも俺にとってはそれが人工ダンジョンのような存在になったわけだ。


 部屋に入ると、そこはオルゴールの中に入ったような空間だった。壁一面に歯車やオートマチックの腕時計のような機械が配置されている。


「それでは、僕は魔法具の調整に入ります。それによって魔法具は一時的に機能を停止しますが、あくまで一部のものだけです。安心はしないでください。下手をすれば大怪我は免れないような魔法具が残っていますので」

「わかった」

「僕もここから奥へは行かないようにきつく言われています。まあ、行ってもバレはしないでしょうが、これ以上は宮廷魔術師との契約に関わりますので、僕はここでコースケどのたちが終わるのを待つことしかできません」


 真面目なやつだ。だがまあ、あまり無理は言えない。シャオールには俺にはない公的な立場というものがある。


「十分だ。後は俺とファリで探す」

「ほんとに大丈夫かなー……。アタシたちはどこを目指せばいいの?」

「この館の八割の部屋は空き室か魔法具倉庫だそうだ。勇者が人を招きいれるとしたら、応接間かダイニングか、あるいは……寝室だろう。とりあえずそのどれかを見つける」

「おっけ。頑張ってみるね」


 ファリには魔法具取引の商談相手がくる前提で話しているが、実際は浮気相手がどこに来るかを考える必要がある。


 エントランスや応接間、客間、ダイニングなど、候補はいくらでもあるが、言い逃れの余地を残さずに浮気の証拠を取るなら寝室以外にない。値打ちものの魔法具が眠っている宝物庫は全てスルーして、勇者が最も気を緩める部屋にむしろおたからを置いてこなくてはならない。

 制御室から出て廊下を見渡す。


「どうだ、ファリ。どこに動いてる魔法具があるかわかるか?」

「うん……。魔法具自体は数え切れないくらいあってどれがどれかっていうのはわからないけど、決まった間隔で魔力媒の強い匂いがするよ。多分それがそうなんだと思う」

「それがわかるだけでも上々だ。よし、ゆっくり進もう。何か反応しそうなものがあったらすぐに教えてくれ」

「待って。それならアタシが前に行くよ」

「いいんだよ。何かあったときに喰らうのは俺じゃないとな」

「……で、でも」

「気にすんな。年長者の義務ってやつだ。頼んでるのはこっちだしな。さあ、いくらでも時間があるってわけじゃない。いこうぜ」

「…………うん」


 制御室から二十メートルほど廊下を進んだときだった。さっそくまだ稼働中の罠に行き着いた。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る